第93話 ミズガルズ軍崩壊
「首は刎ねたはずだが?」
「念の為、死に戻りできるようにしといたんだよ! 全く、なんでこの俺がこんな目に……!」
「死に、戻り……? 事情はよく分からんが、生き返ったということか……。本当にめちゃくちゃだな」
よくよく考えれば、奴を倒した後もずっと魔法が使えない状態が続いていたのを不審に思うべきだったんだろう。
完全に理解を超えた超常の力を前に、皆の表情が鋭さを増す。
「死者を蘇生する能力など聞いたことがない。それも任意で時限式……。完全に人間の領域を超えていますね」
「ええ、魔法や能力というより、まるで自然現象……。世界がそう在ろうとしているのか、世界を歪めているのか……」
俺の眼光が蒼穹の十字を刻むのに合わせ、セラの“グラム”も抜剣される。
更にバイザー越しにでも、紫紺の翼が力を放ったのがはっきりと分かった。
決着寸前でのどんでん返し。
さっきの様な力を凝縮しての一点突破――不意打ちも二度は通じないだろう。俺たちが厳しい戦いを前に戦意を研ぎ澄ましていく傍ら、奴はこちらに駆け出して来る。
「お前ら……絶対許さねぇ! そっちのヤローは絶対にぶち殺す! 女共もヒロイン扱いしてやらねぇ! ベッドの上でたっぷりと躾てやるよ!」
「は……?」
一方、俺たちは三人揃って間の抜けたような声を漏らしていた。
でもそれは傍若無人な発言に対しての驚愕じゃない。
「“デュランダル”……こいつだけは、ミズガルズの自前だぜ! うおおおおっっ!!!!」
奴が手にした蒼金の長剣。一目で高位の“聖剣”だと理解できる。
だが何より俺たちを驚かせたのは、翔真自身の挙動。
具体的に言ってしまえば、奴の動きがあまりにも遅すぎる。更に得物の自重すら支え切れず、剣本体どころか腕自体がダレていた。
「ヴァン……?」
「事情は分からないが……今は!」
困惑した様子のセラが横目で視線を寄越して来るが、それは俺も同じ。
とりあえず罠の可能性も考え、後ろの二人が巻き込まれないように突出。鬼の形相に靴底を叩き込む。
「へぶぅっ!?」
すると、奴は反応一つせずに吹き飛び、零れ落ちた“デュランダル”は俺の目の前に突き刺さる。折角の聖剣ではあったが、随分と物悲しそうな有様だった。
「何もない……のか?」
「くそっ!? この俺を蹴飛ばすなんて……どうなってんだ!?」
奴は顔を抑えながら起き上がる。
その後、またも虚空を指で弾き始めたかと思えば、突如として絶叫した。
「ハァ!? 嘘だろ!? おい!! なんで俺のレベルが一桁になってんだよ!? それにステータスだってカンストしてたはずなのに、ほとんど初期値じゃねぇか! どうなってんだよぉぉっ!!!!」
「彼には、何か視えているのでしょうか?」
「さあ? どこかで頭でもぶつけたんじゃないかしら? いや、さっきヴァンに顔面蹴っ飛ばされてたわね」
さっきまでの自信はどこへやら――。
俺たちの訝しむ視線にすら気づいていない。
「ああ……! “オートレベルアッパー”が壊れてる!? だから、貯めこんだレベルが……俺のステータスが……くそっ、いつだよッ!」
絶望の感情がありありと感じられる一方、奴は袖をまくって手首を露出させると、大量に巻かれているアクセサリー類を見ながら発狂した。
「そういえば、さっき首を吹っ飛ばす時に手首を掴んだような記憶が……」
奴の手首付近に巻かれているブレスレットやガントレットの一部は、潰れた様に変形している。少なくとも、吹き飛ばされて転がった時にぶつけた――という壊れ方じゃないのは明らかだった。
「ヴァンに能力強化系の魔法具を壊されたということですか? でもそれにしては……」
「ちょっと変な感じよね」
二人の言う通り、余程大事な魔法具の類だったのか――と、発狂する奴を警戒しながら眺めていると、地震もかくやという勢いで周囲の空間が激震する。
「は……へっ?」
更に突如として奴が物を収納していた異空間が開き、内側から投げ出された“ディメンジョン・フィールド”と呼ばれていた物体が砕けて塵へと変わった。
それは奴からすれば驚愕極まりない、俺たちからすれば予想の範囲内の減少だった。
直後、アースガルズの空は、黄金の光に包まれた。
「勇者様!」
二つの同じ声が内と外で同時に響く。
直後、空を彩った黄金の光が降り注ぎ、アムラスたちが戦っているミズガルズ兵の大半を灼き払う。
「――お待たせ、でいいのかな?」
「テメェは……!」
再び相対する二人の聖剣の勇者。
「確かに……随分と遅い登場だったな」
「ごめん、全員捕まえるのにちょっと手間取っちゃって……」
姿を見せたのは、言うまでもなくアイリス。
背後には、アースガルズ兵に捕らえられた大量のミズガルズ兵の姿がある。
「……んだ、よ、これッ!?」
そんな光景を前に、翔真は大口を空けて視線を右往左往させるのみだった。
「しかし、随分な手土産だ」
「あはは、成り行きで……」
何があったかを一言で表すのなら、かつてニヴルヘイムに来たばかりの頃、俺とセラでユリオンたちを捕らえたのと同じことをしたというのが適当だろう。今回は規模が大きかったというだけ。
とはいえ、いくら有事でも他国の人間となったアイリスが聖剣――“プルトガング”を手に戻って来たのは、流石に予想外ではあったが――。
「まあ、何にせよ……ここまでだな」
「この場で滅せられるか、全てを話すか……好きな方を選びなさい」
「ぐっ……!?」
魔眼保持者と聖剣保持者が二人ずつ。
更にエルフの実力者、数多くのアースガルズ兵と怒りに震える一般人が残された連中を取り囲む。
最早詰んでいる――様に見えるが、未だ油断は禁物。
奴は神話級の武器をいくつも持ち出してきた。
それに文明を超えた武器に加えて、都合の良い魔法封じや空間断裂に関連するアイテム、極めつけが死者蘇生まで可能とするような相手なのだから当然だろう。
奥の手を隠していて然るべき――。
「ざけんじゃねぇ! テンプレファンタジーにこんな負けイベントがあるかよ! 俺は主人公なんだぞ! この世界は俺の為にあるんだぞ!? それなのに……!」
「返答はイエスかノーだ。お前の事情は眼中にない」
「は、はははっ……! ふざけんじゃねーぞ! オイっ! 俺がどんだけ辛い思いをしてここまで来たと思ってやがる! あんなクソみたいな世界から抜け出して、やっと主役になれたってのに……お前らみたいに何も考えず、役割を遂行するだけのモブキャラとは違うんだよォ! ここからの成り上がりがあるんだよ!」
だが奴は、堰を切った様に喚き散らすのみだった。
対話は不可能。
奴が誰で、どこから来て、どんな力を持っているのかについて興味はあるが、神にも等しい万能の魔法具がどこかに流出でもすれば、新たな戦争の火種にもなりかねない。
答えは一つ。全てを滅却するだけ。
「そうだ……これはきっと覚醒イベだ! きっと……がぎぃ、っ!?」
“レーヴァテイン”の切っ先を奴に向けようとした瞬間、アイリスと同様に魔力無効範囲外から飛来した何者かが翔真の両腕をへし折った。
「ぐ、ぼぉっ!? は、はっ、ハァっ!? い、いだっ、あああああ――あああぁぁっっ!!!!」
だが翔真の絶叫に耳を貸す者は、誰一人としていない。
何故なら襲撃者の瞳には、真紅の光を放つ紋様が刻まれていたからだ。
続きが気になる方、更新のモチベーションとなりますので、【評価】と【なろう内でのブックマーク】をどうかお願いします!
下部の星マークで評価できます。
☆☆☆☆☆→★★★★★
こうして頂くと号泣して喜びます!




