第82話 故郷への帰還、悪意の魔法
――アースガルズ帝国・首都トリスディア。
「まさか、こんな形で戻ってくることになるとは……」
見覚えのある風景に混じる見覚えのない風景。
六年半振りに見る街並みを前にして、感傷に浸らざるを得なかった。
「そうだねって、言えるような立場じゃないけど、私も……」
互いに感じ方や想いは違えど、隣に立つアイリスも似たようなことを考えているようだった。
そう、此処は俺たちにとっての生まれ故郷。
良きにしろ悪しきにしろ、様々な思い出が詰まった場所。
「楽しそうなところ悪いですが……」
「はい、イチャイチャしなーい」
すると、セラとエゼルミア陛下――もとい、“ミアさん”が強引にカットイン。話の流れを現実に引き戻される。
まず、俺たちがこんな所にいる理由だが、“恤与眼”保持者に辿り着く手がかりとして、“失われた魔法技術”について調べる目的からだった。
特にニヴルヘイムは、対アースガルズ外交において他国の比ではない主導権を取ることができる。そもそも何の滞りもなく入国できているのがその証明だし、エゼルミア陛下のニヴルヘイム来訪に関しても、本当の思惑はそこにあった。
『ほら、ニーズヘッグ。ご挨拶を……』
『――!』
そして此処にいるのは、先日個室に集まった中からニーズヘッグを抜き、アルフヘイムの護衛を加えた面々。言うなれば少数精鋭の実働部隊。
シェーレに抱えられて半泣き状態のニーズヘッグに出発を見送られたのは、記憶に新しい。
その理由は当然、国の護り手として最終手段を残しておくべきだろうという判断から。
とはいえ、それを差し引いても国家元首二人が共に行動するという、とんでもないことになっているわけだが――これについても様々な偶然が重なった結果だった。
特にセラに関しては今日の明日で行動できるはずもなかったが、ソフィア殿下が“文学少女”の本領を発揮したが故の現状。
具体的に言えば、内政業務の優秀さが凄まじく、見事にアルバートの抜けた穴を埋めてくれたというもの。今まではやる必要がなかっただけであっさりこなす辺り、セラの姉は伊達じゃないということだろう。
戦力方面のニーズヘッグ。
内政方面のソフィア殿下。
他の全てを取りまとめる先代皇帝。
先の一件もあり、個々の意識も高い。
故に俺たちは国元を離れ、こうして行動できているわけだ。
一方、この入国には裏がある。それは王女同士の会話の中にも如実に表れており、現在進行形でエルフが人間の中に紛れていても騒ぎ一つ起こっていない理由でもあった。
「私とアールヴ卿は宮殿で話を付けてきます。ヴァンとエゼル……ミア卿たちは、しばらく休んでいてください」
「はーい、セラフィーナ陛下」
まず今のエゼルミア陛下とエルフ一派は、この国の平民と大差ない私服姿。それだけでは焼け石に水の変装ではあるが、“認識阻害魔法”も併用している。
つまりアルフヘイムの一団は、ニヴルヘイム一般兵士として今ここにいるわけだ。
俺たちは戦いに来たわけではないし、アースガルズとアルフヘイムには因縁がある。だからエゼルミア陛下たちはセラに同行せず、俺も監視役として残されたというわけだった。
「さて、せっかく世界一の国に来たことだし、ちょっと観光でもしましょうか」
「エゼ……ん、んっ! あまり歩き回られては困ります。敵国の真ん中であることには変わりないのですから……」
「人を隠すなら人の中……別に裏路地や地下に行くわけでもないし、ドーンと構えてればいいのよ」
「いえ、流石に堂々とし過ぎです」
といっても、あの王女様が穏やかに“待て”をするはずもなく、筆頭護衛役の男エルフ――アムラス・リンドールが苦言を呈する。俺たち以上に陛下の呼び方に慣れていないのは、ご愛敬だろう。
まあ自国の王は責任を持って手綱を引いてもらうしかない。
「――それにしても、随分と変わったな。│此処も……」
振り返れば、黄金宮殿から少し離れた大通り。
俺にとっても通り慣れたはずの道。
確かに無力なヴァン・ユグドラシルは死んだ。
でも、その軌跡がなかったことになるわけじゃない。この道で笑い、走り、泣き――日常を過ごしてきたことは紛れもない事実。
周囲の光景が面影を残しながらも様変わりしていることによって、否が応でも時の流れを実感させられる。
そうして二度目の感傷に浸っていると、思わぬ光景が視界に飛び込んできた。
「家が……」
大通りから少しばかり外れた場所に大きな家が見える。そこはかつて俺が暮らしていたユグドラシル邸――だったが、扉を開いて出てきたのは弟でも母親でもない赤の他人親子。
両親に連れられる仲の良さそうな兄弟――それは掃除・手伝い業者というには、│あまりにも《・・・・・》生活感に溢れすぎているし、こんな高級住宅街まで子連れで仕事に来るわけない。
つまりあの家には、もうユグドラシル一家は住んでいない。いや、住めなくなった――が正しいのだろう。あれから何があったのかは分からない。わざわざ調べる気も同情する気も皆無だが、何も感じないといえば嘘になる。
嬉しいわけでもなく、悲しいわけでもない。
そんな何とも言えない感情に襲われながら視線を逸らそうとした時、なんと旧ユグドラシル邸の前にいる幸せそうな家族目掛けて、どこかの馬鹿が魔法を撃ち放った。
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