第81話 可愛いは正義
「――先ほどの言葉の意味、お聞かせ願いたいのですが?」
五人と一匹になれば、開口一番セラが言い放つ。
内容は無論、エゼルミア陛下がアイリスにかけた意味深な言葉について。
「そこの勇者さんには、借りがあってね」
「借り……?」
「前に数百人ほど兵士を吹き飛ばされたっていう関係かしら?」
その意味を知るのは、元々アースガルズにいた俺と敵国であった、アルフヘイムの人々のみ。セラが知らないのは当然のことだろう。とはいえ、彼女も将、それ以上の言葉は必要ない。
「なるほど、理解はしました。ですが戦争の中です。誰にでも相手を討つ理由がある。故に否定も肯定もしませんし、彼女に責任の是非を問うな……とも言いません。しかし……」
「そんなことは分かってる。ちょっと揶揄っただけよ。そんなに怒らないで。でも、誰もが割り切っているわけじゃない。国としてどうこうするつもりはないけれど、因縁を付けられることはあるでしょう?」
「アースガルズが関連している以上、彼女の協力は必須事項……。揉め事になるのが最初から分かっているから忠告したと? もう少しマシな言い方もあったでしょうに……」
二人の王が視線を交錯させ合う。
敵意ではないが、鋭く冷たい感情の刃が行き交っており、護衛の男もアイリスに鋭い眼差しを向けている。いつでも腰の杖を抜けるようにしているのは、流石というべきか。まあ、同じく護衛役である俺も戦闘態勢を取れる状態で、静観を貫いているわけだが――。
一方、ニーズヘッグは珍しくアイリスの肩に乗り、元気とは言い難い彼女を身振り手振りで励ましていた。
「アールヴ卿への忠告は分かりましたが、我々だけと話したいこととは、一体何なのですか?」
「それは……コレよ」
そんな時、エゼルミア陛下は突如として自らのバイザーを外し、両瞳を外気に晒した。露わになったのは、折り重なった四枚翼の紋様が刻まれた両眼。紋様の色は紫紺。
「“天召眼”。これが私の宿した災厄。魔眼の一種」
彼女の瞳を前に、こちら側の誰もが言葉を失う。
「――一国の主に魔眼保持者がいるとは驚きですが……何故、今ここでそれを明かしたのですか?」
「一応、協力するに当たっての誠意つもりなのだけど? この一件に関しては、隠し事は無しってね。勿論、有象無象に見せるつもりはないから、退席してもらったけど」
「はい、我が領内でも一般には明かされていない特記事項であります故、他言無用でお願い致します」
すると、エゼルミア陛下の背後で控えていた男性エルフが、どこか不機嫌そうに口添えをした。女王本人からは為政者としての底知れなさを感じるが、彼は表情が顔に出るタイプ。その様子から察するに、事実と見てほぼ間違いないのだろう。
「まあ、同類と会えるというのが一番大きかったのかもしれないけどね。“叛逆眼”の使い手君?」
「そうですね。自分も他の魔眼保持者との接触は事実上初めてですので、不思議な感覚ではあります」
劣化魔眼は別にして正当な魔眼保持者と接触するのは、完全に未知の体験。畏怖や警戒の感情が主ではあるが、エゼルミア陛下の瞳に全く興味がないと言えば嘘になる。
そうして視線を交錯させれば、彼女の手に収まっているバイザーにふと違和感を覚えた。
「ああ、これ? 私の魔眼は、君のとは別ベクトルで狂暴なの。おかげでオンオフが出来ないのよねぇ」
「それに関しては自分も似たようなものです。この呪いからは逃れられないのだから……」
「魔眼が呪い……ふふっ、一〇万のアースガルズ軍と正面切って戦った少年……って聞いていたから、もっと青い熱血君かと思ってたけど結構見どころがありそうね」
眼光自体が引っ込められようと、常に魔法が使えないのは俺も同じ。互いに望んで得た力ではないのだから、妙な共感が強まったのは事実だったが――。
「……ふぅん、ウチに欲しくなっちゃったわ。ねぇ、この子くれない? 魔眼持ち同士お似合いよね?」
「はァ……っ!?」
「――!」
エゼルミア陛下が唐突に爆弾を落とす。アイリスとニーズヘッグ、向こうの男性エルフが同時に声を上げたのは言うまでもない。
無論、こんな強引な引き抜きがあるのか――と、俺も色んな意味で言葉を失っていた。
「フフッ、面白いことを言いますね。“妖精女王”殿は御冗談が好きなようだ」
「あら、結構本気よ。結構強そうだし、可愛いし?」
そうして誰もが呆然としていると、二人の女王が突如席から立ち上がった。何事かと思えば、互いに歩み寄っていく。
「ヴァンと貴女が並んでも親子にしか見えませんよ?」
女王の相対。
セラとエゼルミア陛下は正面から大きな胸を突き合わせると至近距離で睨み合う。
「貴女とこの子が並んでもお飯事にしか見えないわよ?」
すると、互いに相手の股座に肉付きの良い太腿を差し入れ、抱き合う様に身体を密着させ合った。
「それに魔眼は災厄と惹かれ合う。貴女には荷が重いんじゃないかしら?」
「いえ、ご心配なく。私は強いですから」
それは超が付く美貌を持つ二人がキス手前まで顔を密着させ、巨大な胸を│圧し潰し合いながら抱擁を交わすという光景。一見、目の保養でしかないように思えるが――ギチギチ、ミチミチと音が聞こえてきそうな鯖折り合戦というか乳相撲は物騒極まりない。
お互いに負けず嫌いと言うかなんというか――。
「年長者の忠告は素直に聞いた方が身の為よ。ちんちくりんなお嬢さん」
「年を取ると優しさとお節介の境界も分からなくなるのですね。年増……いえ、オ・バ・サ・マ」
直後、空気が凍り付いた。
お互いの瞳が完全に据わり、ドス黒いオーラを撒き散らしながら笑みを浮かべ合っている。気づけば、とんでもない毒の吐き合いに発展していた。
まあ、元々にこやかな場だったのかと言われれば、決してそういうわけでもないのだが――。
「喧嘩と閨事……好きな方を選んでいいわよ。どっちが格上か教えて上げる」
「あら、実力負けしたら年齢マウントすら取れなくなってしまいますが、よろしいのですか?」
「大丈夫、そんな未来はあり得ないもの」
「あら、初めて気が合いましたね」
うふふ――と、淑女の笑みを浮かべながら、おっぱじめようとする二人の女王。どうにか二人の暴走を鎮められたのは、ここから三〇分ほど後のこと。
どれぐらい大変だったのかと言えば、とうとうギャン泣きしたニーズヘッグを二人が宥める方向にシフトしなければ、ニヴルヘイムの地図が書き換わっていたこと請け合い無しというレベル。
まあ、可愛いは正義ということか。
因みにこの後に決まった、此処にいる面々でアースガルズに向かうという重大事項は、完全に霞んでしまっていた。
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