第8話 ニヴルヘイム皇国
――ニヴルヘイム皇国・首都フヴェルゲルミル。
神獣種――インフェルノケルベロスとの死闘を終えた俺は、自国へ戻るセラフィーナたちに帯同。彼女の血脈が国家元首を務めるニヴルヘイム皇国の王宮にて、客人用の一室を宛がわれていた。
「――これが王宮か……豪華過ぎて落ち着かん。夕食の豪華さと寝台の柔らかさだけは大歓迎だが……」
自給自足の辺境ハンターライフから一転、豪勢な王宮での一夜。数日後には、また野宿か、極貧民宿か――と思うと、何とも言えない感情が湧き上がってしまうのは致し方ないだろう。
心地良すぎる寝台に腰かけてそんなことを考えていると、扉の叩かれる音と共に凛とした声音が響く。聞き覚えのある声に誘われて扉を開けば、蒼銀の皇女が佇んでいた。
「セラフィーナ……?」
「お加減はいかがですか? 色々と急だったので、十分におもてなし出来なかったのが心苦しいのですが……」
「いや、申し訳なくなるぐらいには、充分過ぎるレベルだったと思うけど」
「そうですか? お世辞だとしても、ご満足いただけたのなら何よりです」
セラフィーナは誰もが見惚れてしまうであろう優麗な笑みを浮かべている。普段の凛とした雰囲気とのギャップで凄まじい破壊力だ。
更にやり取りはここまで――というわけではなかった。セラフィーナは立ち去るわけでもなく、俺のいる客室に入ろうとするでもなく、どこか居心地が悪そうに扉の前で立ったまま。
更に一瞬の瞑目。
そして、セラフィーナは意を決したように言葉を紡いだ。
「お疲れのところ申し訳ありません。できるのなら、少しお付き合いいただきたいのですが?」
「別に、構わないけど……」
「感謝します」
戦場もかくやと言わんばかりに意志の強そうな眼差しを向けられ、真夜中のお散歩へと誘われる。
見知らぬ土地。
それも出奔したとはいえ、元敵国中枢。その上、俺が魔眼保持者であることを踏まえれば警戒して然るべきだが、ここまで来た時点で今更だ。別にセラフィーナを信用したというわけじゃない。それは多分、向こうも同じ。
だが災厄と禁忌を宿した俺に対し、笑みすら浮かべて相対したセラフィーナへの言い知れぬ感情を捨てきれなかったのだろう。気まぐれと言ってしまえば、それまでだが――。
そうして俺とセラフィーナは客室を離れ、夜の宮殿を歩き出す。
見慣れぬ豪勢な景色。
奇異の混じった多くの視線。
隣り合って歩くのは蒼銀の皇女。
自分が置かれている状況が、これまでとは一線を画すものであることを改めて思い知らされる。そんな調子で歩いていると、王宮の中庭を抜けて何やら厳重に警備されている遺跡の様な場所に通された。
「――こちらです」
困惑と驚愕はあるが、セラフィーナに促されて薄暗い洞窟に足を踏み入れる。行く先は地下への一本道。足場や壁面の装飾や手入れの具合から、ただの洞窟ではないというだけは確かだった。
「よくもまあ、ここまで丁寧に洞窟を切り拓いたもんだな。しかも、わざわざ地下に向かって……」
「それに関しては同感です。しかし、この遺跡は先人たちの叡智の結晶。そして全てに意味がある。だからこそ、貴方を此処に連れて来た」
大分下層に降りて来たかと思えば、セラフィーナは突如足を止める。
「これは……?」
俺たちの眼前に立ちはだかるのは、巨大な扉。その扉には、銀の装飾と規則的な彫りが成されていた。異形であり、神秘的な光景。
「行きます……!」
セラフィーナが手をかざせば、蒼銀の光が煌めく。彼女に呼応して、扉や壁面の彫りまでも光を放ち始めた。
「洞窟全体が魔力に共鳴している?」
そして全ての彫りに魔力光が満ちれば、金属が擦れ合う轟音と共に扉が左右に開き始める。
つまり、この扉は魔力に反応して作用する絡繰り。だとしても、ここまで巨大な物体を規則的に動かせる仕組みは聞いたことがない。それは現代魔導技術の範疇を超えた代物――言うなれば、失われた先史技術。
しかし俺を驚かせたのは、それだけではなかった。
「この乱反射する薄蒼の輝きは……!?」
扉の向こう側には、大きな空間が広がっている。だが武骨な石の部屋などではなく、壁面各所から蒼白い結晶が突き出ている幻想的な空間。薄蒼の淡い光が、光源が無いはずの遺跡壁面を一欠片も残すことなく彩っていた。
「ええ、此処は、我が国における“クリスクォーツ鋼石”発掘場の一つ。といっても、王宮地下であるこの地で採掘作業は行われていませんが……」
「そうか……でも、いくらニヴルヘイム皇国が希少な鉱物資源の産地として知られているとはいえ、この量は流石に……」
まずさっきから話題に出ている“クリスクォーツ鋼石”についてだが、一言で表すなら“超”稀少鉱物。当然ながら発見されることも稀であり、小粒でもかなりの値が付くとあって一種の宝石も同然だ。
そんな鋼石が視界一杯に広がっている上に、他にも確保できる採掘場があると聞かされたのだから、驚かないわけがない。
一方、それはそれとして、俺の心中には思わぬ焦燥感が込み上げて来ていた。
「それなら俺が神獣種との戦いで使った剣は……」
「確かに先の戦闘で貴方が用いた剣は、この“クリスクォーツ鋼石”を加工したものということになりますね」
「硬度と魔力の伝導性に優れる稀少鉱石……加工できるものなのか? 超が付く難しさって聞いてるけど……」
「我が国以外では、不可能でしょう」
「なるほど、この扉と同じ特異技術の産物……」
「言い得て妙……どちらかと言えば、伝統技術とするのが正しいのでしょう。他国では、まず見かけない光景でしょうからね。コレは……」
クリスクォーツは希少価値が高い。だが出土数が少なくて見た目が美しいだけが、稀少価値の理由じゃない。
真の理由は、剛性・耐久性・魔力伝導――全てにおいて、鋼鉄や他の物質を遥かに上回っているからだ。その上でそもそもの希少性が高いのだから、価値と性能は推して知るべし。
「どうりで……やたら頑丈で使いやすいわけだ。い、一応、壊したことは謝った方がいいか?」
「不要です。多くの将兵を救っていただいた恩に比べれば、剣の一本や二本など安いものですから」
「でもアレ一本売っただけで、一〇年は遊んで暮らせるレベルの代物だろ? 場所を選べば、文字通りのお宝だぞ……」
セラフィーナの言う通り、損失に見合うだけの戦果を挙げた自負はあるが、それはそれ、これはこれ――。
周りから見れば、空から降って来た乱入者が魔眼保持者だった挙句、国の稀少技術の塊をぶっ壊しながら神獣種と大立ち回りを繰り広げていたわけだ。確かに兵士たちがあそこまで警戒するのも当然だろう。どちらかと言えば、この皇女様の方が異質だ。
同時に自分の間の悪さに内心で嘆息を漏らすが、セラフィーナの言葉を受けて、そんな感情は四散してしまう。
「だとしても、喪われた命は戻らない。そして、剣はまた打ち直せばいい。少なくとも、今はまだそれができるのですから……」
淡い光を帯びる水晶鋼石。
その蒼光を一身に浴びて、切なげに水晶を見上げる彼女の姿があまりに美しかったから――。
だからこそ、確かに感じ取りながらも見落としてしまったのかもしれない。今にも消えてしまいそうなセラフィーナが発した声無き慟哭を――。
「皇女殿下ッ! 敵襲です!」
だが渋滞する感情を処理するよりも早く、俺たちは現実に引き戻されることとなった。
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