第79話 正義の果てに見えたもの
「竜の吐息!?」
「■■■■■■■!!!!」
アルバートの口元から濁った砲撃が撃ち放たれる。
「退がれ!」
蒼穹の眼光が瞬き、その砲撃を消し飛ばす。
だが奴はそのままの勢いで首を上に振り、天井を割断。両翼を以て飛び立った。
「上には宮殿が!」
「分かっている。後を追うぞ!」
奴を逃がせば、被害がどこまで広がるのか分からない。俺は黒翼を生成してセラを抱えると、そのまま奴の後を追って宙を駆ける。
「■、■■■■!!」
「これまで通りの鱗、背中の針を打ち出し、尻尾の蛇頭から毒液を射出。もう人間じゃない……というか、あれは自然界の何物ですらない」
「――!」
後ろ向きから適当に弾幕をばら撒いて来るアルバートに対し、ニーズヘッグが火球の嵐で迎撃。進路を確保していく。
「“恤与眼”であちこちから力を付与された、ツギハギの魔物ということですか!」
更に腕の中のセラが斬撃一閃。
上方一方向にしか進めないアルバートを蒼銀の光で灼き尽くす。
「■■■――!?」
直後、地上へ到達。
豪勢な宮殿の一角は、既に奴の初撃によって炎に包まれていた。
一方、セラの斬撃に煽られ、片翼を喪失したアルバートが燃える床の上を転がりながら外へ弾き出される。
俺たちも後を追えば、そこにはフヴェルゲルミルの街並みと、数多くの人々が佇んでいた。
「ヴァン、セラフィーナさん!? これは……」
「ロエル、祭司なのですか!?」
上に残った連中も、辛うじて奴の身体に張り付いている法衣服から状況を察してくれたようだが、驚くなというのは無理な話。
まあそれは目の前に広がる光景を前にした俺たちも、同じ思いであるわけだが――。
「この宮殿区画以外が鎮火されている?」
「よくこの短時間でここまで……」
何故なら、つい今しがた上がった俺たちの進行地点以外の炎が全て鎮火されていたから。俺たちがいなくとも、この国は強い。そう思わせてくれるような状況だった。
「水流・氷結系の魔法が得意な人を中心に……ね」
「おう、街の皆も協力してくれてな。その洗脳とかってのが解けてねぇ連中は、まだ縛ったまんまだが……」
「後はこの人を残すだけです」
そしてニヴルヘイムの英傑たちが、全身から黒煙を上げて跪くアルバートを包囲する。奴が上位種モンスターを遥かに超える力を得たとて、どうにかなる様な状況ではないということ。
「私■、■の国に裁か■■のか? 私は■■国のために……正■のた■■……」
「いや、本当ならお前自身が創り、憂えてきた法律……お前は自らの神によって裁かれるべきだった。でも……」
奴の身体は内側から頭部を貫く結晶体以外にも、全身に裂傷と鮮血が滴っている。俺たちが手を下さずとも、もう二分と持たず自壊するだろう。
それに眼球が破裂しており、理性までも吹っ飛んでいる以上、新たな情報を得るのは不可能と判断せざるを得ない。それなら――。
「介錯なんて大層なことを言うつもりはない。終わりにしよう」
「神■が私を否定■■のか!? 私は受■入れられなけ■■■なら■■いうのに!!」
これは救いの刃じゃない。
咎人への断罪の刃でもない。
俺自身の意思で振り下ろす刃。いつもと何も変わらない――。
「“女神の御心は我に在り”――ゥゥ!!」
頭蓋の結晶が翡翠に輝き、鮮血と共に砕け散る。同時に両腕部が破損から再生したばかりか、魔力を纏って肥大化。巨大な爪剣を形成すると、渦を纏いて迫り来る。
「“天柩穿つ叛逆の剣”――」
セラの前に立ちはだかると、“レーヴァテイン”を一閃。ここまでの戦いで吸収してきた魔力を炸裂させる。
交錯は一瞬。
濁った爪剣はいとも容易く砕け散った。
「あ■……うっ、あう■っ……!」
「これが正義の執行者の成れの果てとは……哀れだな」
アルバートはよろめきながら俺の隣を抜けていく。爪剣諸共、両腕は砕け散り、奴はセラの眼前で跪いた。
まるで奴にこれまで教えを乞うてきた罪人のように――。
「アルバート・ロエル。この国の誰もが、貴方に少なからず助けられた。確かに貴方は我が国の英雄でした。ですが私は神でもなければ、聖女でもない。私に貴方は救えない」
「そん■■……ぁっ!?」
「貴方へ下す判決は死刑。せめてニヴルヘイムの民として逝きなさい」
セラはそんなアルバートを悲しそうに見下ろしながら静かに言葉を紡ぐ。間違いなく奴は、国のために尽くした忠臣には違いないのだから無理もない。たとえ、その原動力が自分への歪んだ愛憎だったのだとしても。
直後、アルバート・ロエルだったモノは、硝子が砕け散るように灰と化した。
確かに奴のしたことは許せない。擁護する気など一切ない。でも、奴が起こした一連の流れは、ここから先のニヴルヘイムに向けての大きな問題提起となったのも事実。
英雄は国を作り、守ることはできても、栄華を保たせ続けることはできない。何故なら、実際に国に住むのは、無力な国民だからだ。戦場も国も個で決するものではない。所詮一人の力など高が知れている。
聖剣を自在に操る一騎当千のセラや神話の時代より復活したニーズヘッグ。
この国の人々は先の大戦を経て、良くも悪くも最後には英雄がいる――と、希望を持ってしまうようになってしまった。要はどこかで責任を放棄し、重荷を他者に背負わせていたのだろう。
多くの人間が天冥教団に篭絡された心の弱さ、先代皇帝が一人倒れたこともその証明。
でも今は違う。国民が一丸となって、この国の中枢を守り抜いた。その事実に希望を見出すしかない。
「ニーズヘッグ、ありがとう。私は大丈夫です」
先皇やオーダー卿の指示を受け、皆が協力して事後処理に当たる傍ら、風に乗って飛んでいく法衣服の切れ端を憂い気に一瞥したセラを見ながら、そんなことを感じていた。
その先にあった真実に辿り着けぬまま――。
「――あら、タイミング悪く全て終わってしまったようね。せっかく援軍に来たというのに……」
だが事態が収束しかけていた最中、突如として謎の集団が姿を現す。それはニヴルヘイムでは、まず見られない装飾品を纏った一団であり、一様に耳の先端が俺たちより尖っている。
そして、先頭に立つブロンド髪の美女は、目元を覆い隠す形状をしたバイザーを身に着け、悠然と佇んでいた。
これにて第3章完結となります。
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