第77話 接触禁止の女帝
「異形の姿、魔眼が暴走している……ということなのですか?」
「多分な。でも、魔眼は素養のある者に宿る先天性……。この男が真の魔眼保持者じゃないのは、ほぼ確定と言っていい。右目だけで不完全に発現して、その力すら抑えられなくなっているのなら……」
「この男の右眼球に秘密がありそうですね。でも……」
セラは聖剣を手に、変質したアルバートを睨み付ける。
「お■だけは、ワ■シの■ノ■■に■……! その男か■離れ■■■ォォ!!!!」
三メートル近くまで巨大化した肉体と薄白い鱗。
口元から覗く牙、手足には鋭く伸びた爪。
更には唯一開かれている左目の瞳孔は縦長に割れており、背には双翼までも備えている。
“竜人”――そんな言葉が相応しい。
人成らざる者への変質。
これを進化と呼ぶべきなのか、変化と呼ぶべきなのかは分からない。だが奴のフォルムや色合いは、俺たちにとって見覚えのあるものだった。
「完全に理性が飛んでいる……というか、ニーズヘッグに似てるのか?」
「ええ、どことなく雰囲気は……」
「――!!」
とはいえ、当の本人からすれば、あんなのと一緒にされるなんてたまったもんじゃないんだろう。頬を膨らませてプク顔になったニーズヘッグは、全身をジタバタさせて不満を訴えて来た。
だが、俺たちの前で愛らしく怒るニーズヘッグの姿こそ、更なる真実を解き明かす要因となる。
「これが魔眼の暴走なのは間違いない。でも右目が開いてないってことは、それだけが原因じゃないはず……」
「この感覚、以前もどこかで……」
ニーズヘッグとの出会いは戦場。
そして、“失われた魔法技術”の解呪。
「普通の魔法で、人間の構成が変質したりはしない。それに素養を持って生まれてきた魔眼保持者が暴走したなら、こんな程度で済まないはず」
「厄介ですね。事は既にこの国だけの問題ではない。世界の闇が私たちの近くで渦巻いているとは……」
つまり俺たちの目前で吼えている隻眼の竜人は、“恤与眼”保持者から劣化魔眼を植え付けられた挙句、何らかの“失われた魔法技術”の影響を受けた状態にあるということ。
「法皇を気取って他人を操ったつもりが、誰かの掌の上で踊っていただけだったとは皮肉な話だ」
「こんな男とはいえ、我が国の重鎮だったことには変わりない。真の暗躍者には、その落とし前を付けさせねばなりませんね」
「黙■ェェ! 私を見■■ォォっ!!」
突如肉薄され、拳が振り抜かれた。
いとも容易く洞窟の外壁が砕け散る。
「貴様の■いだ! 貴様さえ■■ければァァ!!」
爪拳、足撃、テールアタック。
流れるように強烈な攻撃が次々と繰り出されていく。
「この力……普通ではありません。人間としての制限が外れているようですね。色々と……っ!」
膂力、速度――共に、さっきまでとは比べ物にならない領域へと達している。それこそ、俺やセラでもまともに受ければ危ういレベルだ。素のアルバートから考えれば、明らかに異常すぎる。
「私を穢■て正■■奪い、その尊厳■■も愚弄し■のだ! 総て贖って■■■!!」
「妄想するのは勝手だが、周りを巻き込むな。お前の身勝手な考えが国を揺るがし、多くの人間の未来を奪った。そして何より、セラを悲しませた」
“レーヴァテイン”を逆手に持ち替えて一閃。アルバートが撃ち出した鱗の小矢を纏めて斬り伏せる。
「ふ■■るな! 貴■がセラフィーナを語るんじゃない!」
直後、今度は奴自身の魔力と翡翠色が入り混じって鈍い光を放つ。腕全体が歪な刃へと変質し、一気に迫り来る。
「俺も……ここでお前と論じ合うつもりはない。ついさっき、アイリスやグレイブたちに全部言われてしまったからな」
セラは都合のいい神様なんかじゃない。
俺も望んでこの力を得たわけじゃない。
どこも皆と変わらない。ただの一人の人間。
今はそれを受け入れてくれる人たちが多くいる。だから、そんな人たちを死なせるわけにはいかない。この戦いは、その為のもの。
「また■の私を愚弄■■か!? セ■フィーナは私と在るべきだ■■うのに! それ■正し■姿なのだ!」
「全く、人の気も知らないで適当に言ってくれますね」
今度は上手に持ち替えた魔剣で巨爪と鍔是り合う傍ら、逆サイドでは同様にセラが聖剣を用いてアルバートの進軍を食い止める。
「まず私たちでは年齢が違いすぎる。それに気が合わないのは、ご存じの通りでしょう? 神の遣いだのなんだのと大層持ち上げてくれていたようですが、甚だ迷惑な話です」
「ふ■けるな! この私が半生を賭■て、よう■く隣に立て■ところまで来たというのに!」
「既に血と災厄の盟約は結ばれている。私を好きにできる者は、この世界で一人だけ……でも、それは貴方ではない。断じてっ!!」
ここは宮殿の地下深く。
崩落の危険を考えて、かなり出力を落として戦っていたはずだが、突如セラの戦意が爆発。蒼銀の一閃でアルバートを押し返しながら、その腕に大きな裂け目を入れていた。
「ぐ、お■■おお■ぉっっ!?」
一方、奴の傷は、既に塞がりかけていた。凡そ人間の再生力じゃないが、今はそれすらも些末な問題だった。
「――とはいえ、貴方も我が国民には変わりない。それほどまでに私が欲しいというのなら、最初で最後のチャンスを上げましょう。ルールは簡単、この私を屈服させればいいのです。その暁には、この身を好きにしても構いませんよ」
セラは無表情の上に、少しばかり加虐的な笑みを張り付けながら、そう言い放って見せる。その様はあまりに妖艶であり、狂気に呑まれたアルバートですら一瞬呆然としてしまうほど――。
「ほら、力づくで組み敷いて、思う存分堪能すれば良いではないですか。生憎と実際の経験はありませんが、抱き心地は極上かもしれませんよ?」
「■■■■■■■――!!!!」
そんなセラの言葉を挑発と捉えたのか、理性を破壊する最後のトリガーにしてしまったのかは定かじゃない。
だがアルバートは、これまで以上の速度で肉薄。筋骨隆々となった肉体で死のハグを繰り出した。
次の瞬間――。
「■、■■■■――!?」
魔眼を得た竜人は、殆ど垂直に上へと吹き飛び、首から上が天井に埋まって宙吊り状態と化していた。
「――!?」
そしてギャン泣き一歩手前のニーズヘッグは、ヒシっと俺に抱き着きながら怯えている。
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