第75話 裸の宰相
「なんだ、こいつはっ!?」
「フヴェルゲルミルの街が……燃えている!?」
グレイブとコーデリアが驚愕の表情を浮かべながら叫ぶ。
驚愕の理由は、視界を埋め尽くす灼熱の炎。
とはいえ、流石に本職の実力者が揃っているとあって行動は早い。離反宣言が冗談かどうか――は置いておいても、大多数が罪のない民衆である以上、行動を起こさない理由はないということだ。
「月華騎士団、警務部隊と連携して事に当たれ! 火の手を食い止めるのだ!」
「宮殿周りの無事な区画で人々を受け入れましょう。そのように指示を……」
「全く、父上も姉上もはしゃいでいないで避難してください。ここは危険ですから」
祭りの会場という人口密集地で大火が上がったとあって、凄まじい動乱が巻き起こっている。皆も対処に当たるものの、民衆や友軍へのフレンドリーファイアを考えれば、大技による消火は厳しい。つまり人々が肉の壁となって、自由に動けない。消火活動は難航を極めているわけだ。
「法皇様の崇高な教えを理解出来ぬ異教徒に裁きの鉄槌を!」
「な……止めろっ!?」
そんな中、虚ろな目をした一部の民衆が消火・避難活動を行う騎士団に向かって魔法を撃ち始めた。それは住民の中で発生した聖冥教団の団員。
自分たちの教えが皇族とニーズヘッグ自らに否定されて気でも狂ったのか、それとも――。
「くっ……!」
「逃がすと……ちっ!?」
アルバートは法衣服の裾を引きずりながら、突如として逃げ去る。追いかけようとするが、消火活動の影響で甘くなった包囲網を突破してきた暴徒が押し寄せ、進行を阻まれた。
「法皇様の為にィ!」
「私たちの自由を奪わないで!」
「戦場に出て来るなよ、一般人。この人数相手に手加減できるほど器用な魔眼じゃないんだがな!」
“叛逆眼”は、対象に触れただけで相手を喰い殺せる戦闘に特化した魔眼。殺傷能力が高すぎて、不殺の闘いには向いていない。よって、一人一人を当身で倒していかなければならず、余りにも非効率的過ぎる。
「ヴァン!」
「分かってる。あのインテリを追うぞ!」
だがそれなら、相手にしなければいい。
故に急加速し、連中の反応速度を超えて一気に暴徒の包囲網をぶち破った。以前一〇万の兵士の中を駆け抜けたことを思えば、造作もない。更には並走してきたセラ、その隣を小さな姿で飛ぶニーズヘッグと共に宮殿への道をひた走る。
向かう先は、アルバートが逃げ込んだ宮殿地下――あの水晶の遺跡。
「具体的な策は?」
「多分、奴の右目を潰せば、全てに決着がつく」
「“恤与眼”……自らの思想を他者に植え付け、意のままに操っていると?」
「だろうな。少なくとも、気の狂った暴徒がしょっぱいクレーマー程度の脅威に成り下がることは確実。その後の鎮圧は容易だろう。この大火も放ち手がいなくなるんだから、自然と収まるはずだ。まあ、奴のアレが本当に“恤与眼”なら……」
「ヴァン?」
「急ごう。手遅れになる前に……」
「――!」
駆け始めて程なく、俺たちは目的地へと到達した。
「頭隠して尻隠さず……というところでしょうか。自分から閉鎖空間である宮殿に逃れるなど、貴方らしくもない短慮でしたね。アルバート・ロエル宰相?」
アルバートがいたのは遺跡を超えた先にある暗がりの通路――。まるで腰が抜けたかのような体勢で、かつて炎獄魔神の試練の時に通った扉に頭を擦り付けていた。
他の二人がどうかは知らないが、現状この扉を開けるのはセラの唄のみ。資質を持たない奴にとってみれば、完全な行き止まり。
一方、珍しく毒を吐くセラに見下ろされる形となると、突如として発狂する。
「ふざけるな! 貴様の所為だ!」
「随分な口ぶりですね」
あれだけ皇族を神格化している男が、セラを怒鳴りつけた。それは驚愕して然るべきであり、奴を包囲した俺たちも思わず動きを止めてしまっている。
「私は正しい! 私は美しい! そんな私が自分を歪めて、神の教えに背いてまで求めたというのに、どうしてお前は私のモノにならない!?」
「一体、何を言っているのですか?」
「そう! これは許されない欲望。最低最悪の純愛! 私は禍罪の炎に身を焼かれる覚悟を決めてお前を求めたというのに! 何故、我が想いに応えないのだァ!?」
アルバートはまるで自分自身に酔いしれる様に叫びを上げる。両腕を広げ、遺跡の中を歩き回り始めた。それは渦中のセラですら、口を挟めないほどの激しさ。一方的な感情の発露。
「私が悪いのか!? いや、悪いのは私ではない。聖皇の乙女が私を虜にしてしまった。そう、お前は女神であり悪魔! 正義よりも強いのだ! 私では勝てない! だから、正義の神に助けを求めたというのに……気が狂いそうなほど身を焦がす貴女への想いを留めることができない!」
「完全に支離滅裂、だな……」
「神は私を守ってくれない! 私にセラフィーナを与える力がない! だが、それでも私一人のモノにしてみせる! たとえ、この国全てを灼き払ってでも! あぁ、神よ……赦し給え!」
いや、これは奴の唄。それとも決意表明。
どちらにしろ、かつてこの場で紡がれたセラの旋律とは比べるまでもなく、最低の唄だ。今すぐ自分の耳を削ぎ落したい気分にさせられるほどの――。
「だが私のモノになるのが嫌だと言うのなら、せめてこの腕の中で……共に地上を彩る禍罪の炎に灼かれよう!」
すると直後、アルバートはクリスクォーツの細剣を抜いたかと思えば、その薄紅の魔力を宿した切っ先をセラに向けて突き出した。普段なら何てことない一撃だが、今回ばかりは話が別。
アルバートが最低の一人演劇を繰り広げながら歩き回っていた影響で、俺たちは既に奴の間合いの中にいたからだ。それに奇行からの豹変かつ、攻撃速度に優れる細剣の特性が相まって、完全に虚を突かれたと言ってもいい。
だが、これまで経験して来た死闘に比べれば、脅威足り得ることはないだろう。
「本当に良く回る口だな。全く――」
即座に反応して“レーヴァテイン”の切っ先を当てがう形で反撃刺突を放つ。両剣の切っ先同士が激突するも、細剣だけが破片に変わる。
「おぐぁっ!?」
更にアルバートは、側頭部にセラの足刀蹴りを受けて吹き飛ばされ、洞窟の壁面と熱い抱擁を交わしていた。
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