第74話 暴かれた真実
「こ、この私が、なぜ……何故こんなァ!?」
アルバートはカチカチと歯を震わせながら、呆然と周囲を見回した。
奴を射抜くのは、冷たい眼差し。
共に声を上げた味方も戸惑いに震えている。
いや正確には、度重なる計画変更を重ねて強行したは良いものの、最後の詰めでとうとう完全破綻したというべきか。
「――どうやら当てが外れたようだな」
「貴様、何をッ!?」
「皇帝に成り上がるんじゃなく、宰相の座から国を操ろうとしたのは賢いのかもしれないが、人間はお前が思っているほど完璧じゃないし、そもそも世界はそんなに優しくはない」
「この私が新皇帝を傀儡にするだと? 一体、誰に許しを得て、そんなことを言っている!?」
「そう熱くなるなよ。仮にも聖櫃冥府教団のトップを名乗っているのに」
「な……っ!?」
アルバートが目を見開く。
他の連中も信じられないようなものを見る様に俺に視線を寄越して来る。
この国で最も誠実でやり手なアルバート。
街中を悪い意味で賑わせる狂人の集団。
分かりやすく言うなれば、正義と悪。
真逆というか、絶対に結び付きようのない組み合わせとあって、周りが驚愕するのは当然だろう。
「聖冥教団の教義は、神の加護を得て自分たちも高位の存在に昇華すること。その為に起こす行動は全て正義であり、自分たちはその執行者。そして、完璧な世界を作る。今にして思えば、全てお前の言動と合致する。これがずっと感じていた違和感の正体……」
「ふざけるな! そのような痴れ者共と、この私を……っ!」
「そうだな。お前にとって、聖冥教団はただの手足。思い通りに動かせる私兵であり、都合のいい信奉者でしかない。何故なら、連中のテロ行為は最初から失敗するように仕組まれていたから。要は体のいいスケープゴートだな」
「世迷言を!」
「聖冥教団は戦後の混乱に乗じて一気に勢力を拡大した。そのタイミングでセラと連中をぶつけて、教団の存在を示唆。俺たちに危機感を煽らせ、内部の動きを攪乱させる。これが第一段階」
聖冥教団が現れて以来、身近な脅威に誰もが混乱していたのは事実。そして困惑と不安は伝染する。それも関わる人数が多いほど、急速かつ深刻に――。
アースガルズとの闘いと同じだ。
「……更に次は、聖冥教団の集会が行われると騎士団に自分でリークした。末端団員の捕縛に乗り出させて、一騒動起こさせるためにな」
「仮に私が狂人団体のトップだったとして、どうして味方を身売りする必要がある!? そんな愚かな行為が……」
「騎士団の突入で心が折れれば、師様とやらが周囲を巻き込んで自爆する。口封じも兼ねてな。そうなれば、護り手である騎士団に原因不明の犠牲が出たことで、更に混乱が広がっていく。教団の連中が民間人という事実もあって尚更……これが第二段階」
そう、俺たちが街で聖冥教団と遭遇してからの一連の出来事は全て繋がっている。
この男の仕組んだ計画の上で――。
「そして第三段階として、勢力が拡大した聖冥教団に大規模デモ行進を起こさせる。その動乱で犠牲者が出る中、颯爽と現れた自分自身が指揮を執って速攻解決。自作自演も良い所だが、これで救国の英雄が誕生するわけだ。となれば、誰もが皇族と釣り合うと認めざるを得ない。これがお前の目的……」
そもそも前提が間違っていた。
聖冥教団が現政権を廃して皇族を擁立するんじゃない。
暗躍者自身が好き放題に執政を行う為、聖冥教団を組織・利用しているだけだったということ。
蓋を開けてみれば、子供向けヒーローものと同レベルの脚本ではあるが、実際に命が失われるとあって笑いごとじゃない。
正しく、人々の対立構造を煽った巧妙な策だろう。
「だが、その中で色々と計算外が起こった。だからお前は、そうして膝を折っている」
「ぐ……っ!」
「具体的に言えば、集会での口封じが失敗して聖冥教団の存在が急激に危険視されたこと。その所為で包囲が厳しくなり、目標の規模に達する前にデモ行進を前倒しせざるを得なかった。更にその行進も即時鎮圧されたと来れば、さあ大変……。団員の受け入れや社会復帰、洗脳解除に尽力してはみたものの、英雄と呼ばれるには一歩足りない結果に終わったわけだ。でも……」
「国一番の祭典で新皇帝が発表されることとなった。それを利用したということですか? 国民の総意という数の暴力によって自らを英雄に仕立て上げ、ヴァンを追放する為に?」
俺の思考――意図に気が付いたセラが援護射撃を加えて来る。
この男の正義は鋭利で歪。
かつてセラが、そう称した理由が本当の意味で分かった気がする。
「出鱈目だ! そんなものは! 一体何の根拠があって……」
「自分の理想を穢されることが許せなかったんだろう? 清廉潔白な完璧な国家……世界……本来排斥されるべき俺が皇女の騎士として在り続けるなんて、お前からすれば最悪のルール違反なんだからな」
聖剣を冠する無双の皇女。
帰還した白き竜皇。
非戦を訴える正義の国。
アースガルズを退けた今のニヴルヘイムは、誰もが認める理想の国家なのだろう。端から見れば、完璧・完全。そんな言葉が相応しい程に。
それは神の教えを説き、罪人に判決を下す立場にあるアルバートにとっては、この上なく喜ばしいことに違いない。
だが、そんな完璧な世界に特大の異端分子が紛れ込んだ挙句、象徴である皇女の隣で我が物顔。つまり自惚れでなければ、皇女から信頼されてしまっているわけだ。
その上、上官の指示を聞かずに独断専行してもお咎めなし。更に崇拝すべき皇族からは、特例として直接様々なことを任されている。それは奴にとって、崇高で完璧な正義に対する裏切りであり、最も許されざる行動。
故に自分の教えをお遊びか何かで広めるだけだったであろう地下集団――聖冥教団を暴徒化させたわけだ。
「素直に宰相の席に座って、嫌味だけ言っていればよかったものを……。全く、正義が聞いて呆れるな。所詮、人を導く器じゃなかったんだよ」
「黙れ、魔眼を宿した異端者風情が!」
「独断専行して怒られたから、こうして皆に報告したってのに散々な言われ様だな」
「貴様ァ!」
探偵の真似事をして推理ショーなどしたくはなかったが、アルバートの反応からして恐らく事実。だが、解せないところもいくつかある。
それは奴の言う通りであり――。
「……証拠は!? 証拠もなく、妄想を並び立てるんじゃあない!」
そう、それは確固たる証拠と、奴がどうやって教団を暴徒化させたのかについてだ。
尤も粗方の予想は付いているし、その証拠はアルバートの右目に浮かび上がっているわけだが――。
しかし、それを指摘する寸前――悲鳴と共に爆炎が夜空を彩った。
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