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第73話 叛逆の軌跡

「ロエル祭司、貴方は何の話をしているのですか?」


 ここまで静観を貫いていたセラがそう呟く。

 恐らくそれは、この場にいる誰もの総意。皆がアルバートの次の言葉を待っている。


「度重なる独断専行に加え、強引な捜査。極めつけが罪のない民衆に刃を向けて一方的に戦闘を展開した! 伝統を破壊し、調和を反故(ほご)にしたばかりか、戦果を挙げたからお(とが)めなし? そんなことが許されていいのだろうか!?」


 奴が紡ぐのは、これまでの俺の軌跡。

 良く言えば破天荒、悪く言えば傍若無人。

 つまりは特例(イレギュラー)塗れの経歴。


「軍や国は、彼一人の為にあるわけではない! 仮に君たちが同じことをしたとして、同じように許されるのか!? 彼だから許されたのではないのか!? しかしセラフィーナ皇女殿下の騎士だからといって、何をしても許されるわけではない!」


 それはそうだ――といってしまえば、確かにそうだ。

 先のデモ行進で感じた通り、俺の特異な経歴は戦争を控えていた非常事態だからこそまかり通るもの。平和になった世界において、強大な力は恐怖と混乱しか生まないということ。

 俺の居場所は平和の中にない。

 この力が真価を発揮するのは、混沌と惨劇の中だけ。


「完璧な執政を成す以上、我々は絶対正義ではなければならないのだ! 故に彼は新皇帝陛下の騎士に相応しくない! よって、ここに彼の騎士の座とニヴルヘイムにおける居住権の是非(ぜひ)を問う弾劾裁判(だんがいさいばん)敢行(かんこう)しようと思う! 今回の裁判官は、この国の人間全てだ!」


 アルバートの発言を受け、人々が混乱に包まれる。

 だが、国民も参加させるというところが琴線に触れたのだろう。混乱はそのままに下の連中も軽く熱気を取り戻し始めていた。


「まあ、いけ好かない奴だったのは事実だし……」

「いきなり来た余所者(よそもの)が皇女の騎士になって好き放題だもんな」

「いくら強いって言っても、またあんな風に武器を向けられたらと思うと……」

「ちょっと限度はあるよな。流石にさ」


 そんな空気の中、集団の各所からポツポツと不満の声が漏れ始める。

 程なくして、不満の感情が爆発した。


「しかも元とはいえ、アースガルズ軍高官の息子なんだろ!? スパイかもしれないじゃないか!」

「そもそも訳の分からない事件が起こり始めたのだって、そいつが来てからのことだ!」

「やっぱり魔眼の持ち主ってのが悪いんじゃ……」

「そうだ! 民衆に武器を向ける様な奴は、皇女殿下の騎士には相応しくない!」

「この国から出ていけ!」


 そこから始まったのは、“出ていけ”、“辞めろ”の大合唱。手拍子を交え、その場で飛び回りながら声を揃えて叫びまくっている。

 アースガルズの人々が特別異常だったわけじゃない。これが人間の本質。

 かつては魔法が使えない異常者だから追放され、今度は力が強大過ぎて怖いから出ていけ――などと、皮肉も良いところだろう。

 あの頃と何も変わらない。まあ、今更驚くようなことでもないのだが。


「――そうですね。では私も辞めて、この国から出て行きましょうか?」


 だがセラが満面の笑みを浮かべながら呟いたことよって、辺り一帯が絶対零度に包まれる。


「こ、皇女殿……」

「皆がこれほどまでに不満を持っていることは分かりました。つまり私に人を見る目がないということなのでしょう? なら皇帝の座に就くには、相応(ふさわ)しくありませんので責任を取りますね」


 アルバートと民衆が唖然(あぜん)とする中、セラはにっこりと笑みを深めながら更に言葉を紡いでいく。その声音はあまりに冷たく、俺の中の怒りやら虚無やらがガッチリ肩を組んで走り去ってしまった。


「そういうことですので、代わりに姉上が皇帝になっていただいて構いませんよ」

「えー、いやよ。だって気に入らないことがあったら、デモ行進と弾劾裁判でしょう? それならセラについて行こうかな。じゃあ、父上(パパうえ)にバトンタッチってことで!」

「全く、退いた病人を引っ張り出すんじゃない。というか、私は誰にパスすればいいんだ?」


 セラからソフィア殿下、先皇へ――皇帝の座でお手玉するなと、ツッコミを入れたくなる場面だったが、テンポの良いやり取りが繰り広げられている最中、再び皆の視線が俺を射抜く。


「そもそも、またこうして歩き回れるようになったのは、ユグドラシル卿のおかげ。それに私の指示でも色々と動いてもらっている以上、皆と行動が違うのは当然というものだ」

「え、それって……」

「ヴァン?」


 全ては先代皇帝の下に招かれた時の最後のやり取りに関係しているものだった。


「……病気には様々な原因がある。俺も専門家じゃないが、ウイルス系に関しては大きく二つ。自然発生か、魔力を(ともな)うのか……。先皇の病魔(ウイルス)はその複合型であり、後者の割合が大きかった」

「魔力を(ともな)う発生……ヴァン、貴方の……!?」

「そういうことだ」

「えっと、お姉ちゃんにもわかりやすく説明してくれると嬉しいんだけど?」

「つまり魔力に起因するウイルスであれば、ヴァンの“叛逆眼(カルネージ・リベルタ)”で滅却できるということです」

「それって、まさか……!」

「ええ、少なくとも明日をも知れぬ命ではなくなりました。とはいえ、俺の魔眼に人を癒す力はない。壊れていたものが治るわけでもなく、完治したというわけでもありません。これからも絶対安静と継続的な魔法治療は必要ですが」


 ソフィア殿下の瞳に涙が浮かぶ。

 セラの瞳も心なしか揺れているように見える。


 勿論、さっき自分で言っていたように先皇が現役復帰するのは無理だろうし、今後も予断を許さない状況は続く。寿命だって五年延びたのか、一〇年伸びたのかも分からない。だが天へのお迎えが明日来るのか、一週間後なのか――少なくとも、そんな状況から脱却はできたというところ。

 それでも感極まってしまうのは無理もないのかもしれない。


「いったい何を……こんなっ!」


 一方、俺と先皇の関係に加え、皇帝の座を(なす)り付け合う姉妹に対し、アルバートを含めた面々が狼狽(ろうばい)を極めている。

 そうして良くも悪くも流れが変わり始めた時、見知った顔ぶれが舞台(ステージ)の上に姿を現した。


「――そりゃあ、めでたい話だ。俺たちの知らないところで、そんなことが起こってたとはなァ」

「き、貴様! 一兵卒の分際で、我らと同じ舞台(ステージ)上がるなど……!」

「おや、市民と同じ目線に立つって割には、随分な口ぶりだな。インテリエリートさんよォ」


 今日も整えられたリーゼントスタイル。現れたのは、登壇(とうだん)予定などあるはずのないグレイブだった。

 (もっと)も、その表情は奴らしからぬ重苦しさに包まれており、誰もが混乱の感情を抱いてしまう。


「俺は札付きの(ワル)だった。自分の居場所なんてねぇし、家族からも見放されかけてた。そんな俺がこうして騎士としてやってられるのは、この街の温けぇ人たちのお陰だってのは間違いない話だ。でもだからこそ、その所為(せい)で視野が狭まってた。聖剣を持つ皇帝……皇女殿下が神で俺たちは何も考えずに戦うだけでいいってな」

「何の話だ、貴様!」

「そんな中、旦那は外界と上の次元を自分の存在で示してくれた。俺は井の中のなんちゃらだってな。そして皇女殿下はスゲェお人だが、都合の良い神様じゃねぇってことも同じだ。そんな二人は俺たちの及びもつかねぇところで戦っている」

戯言(ざれごと)を……貴様一人の主張で何が変わるというのだ!?」

「何も変わらねぇだろう。でも、俺は旦那と皇女殿下が創り、護る世界こそが、真に過ごしやすいもんになると思った。その為にこそ、命を懸ける! どこまでも付いて行くってことだよ!」

「そ、そんな一時の感情で……!」


 実力も確かで信頼も厚いグレイブによる事実上の離反宣言。

 奴はこういった場で前に立つようなキャリア組じゃないが、ニヴルヘイム有数の騎士が放った言葉は周囲を大いに動揺させていた。


宰相(さいしょう)閣下……お言葉ですが、ユグドラシル卿は我欲を満たす為に力を振るったことは一度もありません。戦うのは常に誰かの為……。それは彼がこの国に来て以降、監視役として行動を共にしたからこそ言えることです」

「新米風情が知った風な口を利くんじゃない!」

「……確かに、いけ好かない奴であるのは事実です。目つきも悪いし、立場も(わきま)えないし、これ以上ない程に腹が立つ。でもそれは、僕たちでは辿り着けない領域に到達しているから。皆が皇女殿下の騎士や……騎士団の中で上り詰めていこうとしている時に、突然現れた奴に対する屈折した感情でしかない。嫉妬はしても、守られた僕たちが追い出すなんて口が裂けても言えません」


 次に現れたのは、コーデリアとリアン。

 平時であれば、互いに恥ずかしさで気が狂いそうなことを平然と言ってのけた。


「……せやねぇ。あっちに付いてく方が楽しそうや! ウチも抜けるわ!」

「仕える主君と護るべき物は自分で見定める。信頼関係が壊れたのならそこまで……」

「魔眼を持っていようが、ユグドラシル卿の行動が無かったことになるわけではありません。ルールを重んじることは大切ですが、それ以上に信ずるものもある。私たちはそう思っています」


 更には第七小隊の三人までもが姿を見せる。いや、三人が先頭というだけであり、殆どの騎士団員が後ろに続いていた。


「若き騎士たちの言う通りかもしれぬ」

「何を!」

「生い立ちはどうあれ、この国を守った戦士をこのような形で追い出すなど、騎士の名折れだ。ましてや彼は最も危険な戦場で命を張って戦った。皇女殿下を守ってくれたことは純然たる事実。何より、我らは剣を捧げた皇族の方々と、彼らが信ずるものに付き従うのが道理なのだから」


 それはアルバートの隣に立つオーダー卿まで――。


 この状況、明らかにこの舞台を用意した者にとっては、大きな誤算。予想外過ぎる状況なのだろう。その上、拍車をかけるように民衆側でも声が上がる。


「私たちの村は、この少年と皇女殿下によって救われました。そして今も首都に住まわせていただいている者も沢山います」

「外国の人が皇女様の騎士になる事自体がおかしいなら……その人に助けてもらった私たちは死んでた方が良かったの?」


 それはニヴルヘイムに来た当初、セラと共に出撃して戦った小さな村に住む人々だった。かつてアメリアの狂刃から救った少女の瞳が、連中の勢いを削ぎ落してしまう。


「私たちは間違えた側なので、あまり偉そうなことは言えません。でも、その方のお陰でやり直す機会をいただきました」

「リーナ……」

「勿論、祭司のお力を借りたことにも感謝していますし、言っていることの全てが間違っているとは思いません。でも、命を懸けて私たちを守ってくれたのは事実なんです。それに引っ込み思案な私の友人がこれだけ信頼している人ですから……」


 偶然にも村の人々の近くにいたのだろう。シェーレの友人を先頭に元聖冥教団の団員たちまでもが、彼らに賛同の声を上げていた。


「若いもんたちが情けないねぇ。アタシらは戦えやしないけど、あの坊やがグレイブちゃんや仲間たちと一緒に街から出て、疲れて戻って来るとこを見て来た。この間の戦争だって大活躍したんだろう? どうしてそれを素直に喜べないもんかねぇ?」

「大方いきなり出てきた余所者(よそもの)ばっかり褒められて面白くないんだろうさ? ちっちゃい連中だよ、全く……」

「そ、それは……」

「だったら、あの子が戦ってるとき、自分たちは何をしてた? 必死に強くなろうとしたのかい? 違うだろ? 世間への不満を吐き出すのに他人を巻き込むんじゃないよ! そんなもんは、ただのエゴだ! ちゃんちゃらおかしいさね!」


 空気が変わりゆく中、我慢の限界とばかりにグレイブと親しくしていた住民たちがピシャリと言い放った。熱気高く騒いでいた連中は、母親に叱られた子供の様に肩を落として居場所を失っていく。


「それを言うなら、私だって余所者(よそもの)で裏切り者。それに、この国でヴァンが何をしてきたのかを実際に見たわけじゃない。でも、貴方たちの言動を黙って見過ごせるほどお人好しじゃないよ」

「アイリス……」

「ヴァンは自分が国を追放されてでも私を守ってくれた。無意味に人を傷つけるようなことは絶対にしない」

「き、貴様ら……次から次へと! 奴は天から降り注ぐ災厄を……魔眼を持つ者なのだぞ!? まさか、邪悪な力で惑わされているのか!?」


 確かにこの国に来てから慌ただしい日々を過ごして来た。

 それは特例と異常に(まみ)れており、所謂(いわゆる)普通の人々から見れば、“ズルい”と思われても仕方ない部分も大いにある。

 といっても、これまで散々な人生を過ごして来た上、神獣種(ケルベロス)との戦いやアースガルズとの戦争に巻き込まれたのだから、正直割には合っていない。それでも周りから見れば、皇女に重用されて英雄という立場に酔いしれる若造に映るのだろう。

 更には魔眼保持者への差別は今も根深い。

 正義の使徒(・・・・・)から見れば、これほど許せない存在もないということ。


 だとしても、人々はこうして声を上げてくれている。俺本人よりも怒りを露わにして――。

 確かに口汚い合唱は起こったが、地を震わせるような激動の波ではなかった。つまりアルバートの新派と、その場のノリで叫んだ一部の連中だけが起こした行動であり、奴の演説は大多数の普通の人々を納得させるに至らなかったということ。

 それは多分、俺が起こしたこれまでの行動に筋が通っていたという証明だったのかもしれない。


「――!」

「な……っ!?」


 そんな時、俯いてプルプルと震えていたニーズヘッグがセラの肩を飛び立つ。

 アルバートは驚愕に目を見開くが、奴を嘲笑うようにその姿が変わっていく。


「■、■■■■■……!!」


 そして白竜皇が真の姿を取り戻し、猛々しく咆哮。夜空に白い灼熱を放った。


「ひ、ひぃっ!?」


 ニーズヘッグの蒼瞳は怒りに染まり、アルバートとそれに連なる者を射抜く。

 神獣種に勝るとも劣らない殺気(プレッシャー)。文官であるアルバートに耐えられるはずもなく、奴の股に染みが広がっていく。


莫迦(バカ)な……どうして、こんなっ!?」


 しかし、奴は腰が抜けたように尻餅(しりもち)を付いて震えるのみ。トレードマークである法衣帽子が吹き飛んだことにすら気づいていない有様だった。


「――そういうことか」


 そんなアルバートを見ていると、何故このタイミングで奴がこんな行動に出たのか――という結論に行き付く。

 それは断片的だった真実が、全て(・・)繋がった瞬間でもあった。

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[良い点] ちょっぴり重い鬱展開が来るかな?と思ってましたが結構軽めで、速攻でほぼ解決されるから気楽に読めるので楽しいです。人によるのでしょうがあまり重すぎず気楽に楽しみながらさくさく読める小説が好き…
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