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第72話 たった一人の異邦者

 日が沈み、夜――。

 街は光で照らされ、人々のボルテージも最高潮。

 祭りを楽しんだ記憶などない俺が見ても、少しばかり浮足立ってしまうほどだ。正しく最高のイベントだと断言してもいいのだろう。


 そして、この祭りを盛り上げる最後の宴が始まった。


「――皇帝陛下、ご入来!」


 宮殿の前に備え付けられた特設舞台には、本国の高官一同が整列しており、そのド真ん中をラウル陛下が介助無し(・・・・)で堂々と横断。舞台の中央に立ち、民衆を見下ろした。


「皆の者、随分と久しい顔合わせとなってしまったな。まずは数々の困難に立ち向かう貴様らの先頭に立てなかったことを詫びるべきなのかもしれん。故に今、ようやくその理由を明かそう」


 ラウル陛下の口から語られるのは、これまでの経緯(いきさつ)――そして、彼自身と国の現状。それはつまり、陛下はもう先が永くないことを国民の前で明かしたということ。

 あれほど熱気に溢れていた人々の表情が不安と悲しみに染まったのは言うまでもない。これが人徳。戦うことしか出来ない俺には無い力。


「そう心配することはない。この国を担う次の世代は、既に見出されている。いや、それは私よりも、共に不安と困難を乗り越えた貴様らの方がよく分かっているはずだ」


 下を向く人々の顔を上げさせ、その感情を鼓舞する力も。


「第一〇四代皇帝ラウル・ニヴルヘイムは、今日よりこの立場を退く。そして、我が娘……セラフィーナ・ニヴルヘイムを次期皇帝に任命する! 今日この日、この時を(もっ)て、ニヴルヘイムは生まれ変わるのだ!」


 蒼銀の髪が舞い流れる。

 夜闇の中を月華の美女が優雅に歩く。


 セラは()皇帝となったラウル先皇の隣に凛と佇んでいた。


 皇帝の生前譲位。

 女流皇帝の誕生。

 第一皇女を差し置いてセラの即位。


 歴史にない事態が多発している衝撃の公布ではあったのだろうが、国民たちは歓喜に包まれていた。

 何故なら、神獣種(アンドラス)襲来以降のセラの働きと戦果を誰もが知っているからだろう。

 セラならば、安心して国を任せられる。

 セラならば、自分たちを導いてくれる。


 そういう期待と閉塞した時代の終わりを感じ取っての歓喜。()しくも、先のアースガルズとの大戦を始めとした一連の苦悩が、セラを誰もが認める皇帝の座まで押し上げたということだ。

 それがセラにとって良いことなのかは分からない。だが、俺のやることは変わらない。

 たとえ、この手を血で汚してでも自分の意志を貫く。

 セラを――皆を護る。


 舞台の端で、そんな覚悟を確かにしていた。


 一方、熱気冷めやらぬ内とばかりに、セラから次期政権の人事が発表されていく。


 高官と言っても人の子。同じ国で暮らしている以上、住民と面識もある。故にあの人は出世した――という感じで、ちょっとした試験結果発表のような盛り上がりも内包していた。

 といっても、やはり特にセラが自分の肩に乗っているニーズヘッグを紹介した時などは、竜皇の帰還と聖剣の新皇帝のツーショットということで凄まじい盛り上がりっぷりだった。英雄と守護神が今代に揃い踏みなのだから無理もないだろう。


 これで唯一の懸念事項だった人々の心は完全に掴んだ。後は最後まで流れで行けば、ニヴルヘイム復活の意味も込めたエーリヴァーガル祭は完全成功――誰もがそう思っていた。

 しかし、人事発表の最後に事件が起こる。


「――そして我が騎士、ヴァン・ユグドラシル。今後も私のパートナーとして、公私共に支えて貰う」


 ここまで見たこともないような熱気を放っていた民衆が静まり返る。

 理由は最早言うまでもない。といっても、子供のお遊戯発表の様に一人一人決意表明をするわけでもなし。所詮(しょせん)は一瞬の沈黙――。


「セラフィーナ陛下! 発言をお許しいただいてもよろしいでしょうか?」

「ロエル祭司……いいでしょう。発言を許可します」

「はっ!」


 だが突如として、アルバートが割り込んで来る。

 普段からクールで感情を表に出さないセラではあるが、その硬質な声が奴を歓迎していないのを物語っていた。だが臣下の口を上から(ふさ)げば、新たな門出にケチが付いてしまうとあって、アルバートの発言を了承。奴は舞台の中央に立って弁舌を振るい始める。


「こうした祝いの場で皆の前に立てることを誇りに思う。故に私が執政の大骨を担う宰相(さいしょう)として何を思っているのか。これからどのような国を作っていくのか……皆と同じ目線に立って全てを語ろう」


 流石は本職。よく口が回る――と、舞台の端で半眼を向ける。


「まずはこの国が抱く基本理念。そして伝統と格式を重んじ、皆が笑顔で暮らせる国を維持、更に発展させていかなければならない。それは単純であるが困難。かのアースガルズですら成し得なかった! だがニヴルヘイムには、その困難を乗り切る力と能力があると確信している!」


 一方、アルバートが話し始めて以降、会場は再び熱気を取り戻していた。いや、もしかしたらセラや先皇の時以上の興奮に包まれているのかもしれない。


「何故なら、我らの皇帝陛下は聖剣に見初められ、大陸全体を見ても有数な力を持っているからだ! 先皇も健在であるし、彼の大国を退けた月華騎士団(ヴァーガルナイツ)がニヴルヘイムを守る! 何より、耐え難きを耐え、忍び難きを忍べる強さを持つ皆がいる!」


 大多数の民衆が歓喜の声を上げる。

 民衆からしてみれば、セラのような絶対的カリスマよりも“貴方たちが凄いのだ”と言われる方が支持しやすい。古今東西、弱者が既得権益を持つ強者を倒す成り上がりが大衆に流行る以上、間違いないだろう。

 人心掌握(じんしんしょうあく)鼓舞(こぶ)という意味では、これ以上ない程の戦果だった。少々煽りすぎな気がしないでもないが。

 しかし、ここに来て一気に風向きが変わる。


「だがこの国が発展を遂げる為には、強大な障害が明確にして存在している。それを打破せねば、ニヴルヘイムに未来はない!」


 セラは目を細め、他の高官も顔を見合わせ合う。

 あれほど熱気立っていた民衆も気付けば静まり返っており、口を開いた雛鳥(ひなどり)の様に次の言葉を待っている。正しくこの場はアルバートに支配されていた。


「では障害とは何か……。それは皆が縛られている法律……いや、ルールを守っていないにもかかわらず、我が物顔で要職に就いている者がいるからだ! そう、ヴァン・ユグドラシル卿という異邦者(ストレンジャー)がな!」


 その直後、この場にある何十万どころではない視線が俺を射抜いた。

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[一言] そのヴァンのおかげで今があると言うに(ーー;) このアホ司祭
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