第7話 皇女との語らい
「旅の御仁とお見受けしましたが、違いましたか?」
「あ、いや……」
セラフィーナが首を傾げながら顔を覗き込んで来る。そんな彼女を前に固まっている理由は、彼女が敵勢国家の皇女だというところにあるのは言うまでもない。
いや、アースガルズを追放された俺からすれば、敵勢国家だったが正しいわけだが、とにかく神話の怪物と他国の皇女が一気に押し寄せて来たのだから、凄まじい驚きには変わりない。
そんな調子で、出逢った時の焼き直しのように視線をぶつけ合わせることとなった。
「いけませんぞ、姫様! その者から離れて下され!!」
しかし俺達の接近戦は、突如響き渡った怒号によって終わりを迎える。
怒号の方向へ向き直れば、セラフィーナが率いていたであろう兵士たちが鋭い眼差しで俺を射抜き、武器を向けて来ていた。その先頭に立っているのは、初老一歩手前に見える貫録のある男。ケルベロスを退けたにもかかわらず、未だ戦闘態勢を解いていない。
「オーダー卿! 皆も恩人に刃を向けるなど何事か!?」
「いえ! たとえ姫様に糾弾されようとも、ここは退けません! 魔眼を持つ者は、災厄を告げる使者。その少年は危険です! 早くお逃げください!!」
神話の伝承――その中には、六種の魔眼について記されている項目も存在する。どの文献にも共通しているのは、二つの事象。
曰く、歴史の分岐点に魔眼保持者が現れるということ。
魔眼保持者が現れると世界が災いに見舞われるということ。
つまり俺は不吉と災厄を振り撒く、禁忌の存在でしかない。そんな人間が皇族の傍に在るなんて、兵士にとっては許し難い状況だというわけだ。
「俺が根無し草の旅人なのは間違いないけど、こっちが勝手に首を突っ込んだだけだ。恩謝は必要ない。流石に黙って斬られるつもりはないが……」
「なりません。このまま貴方を返すなど、我が国の沽券に関わる重要問題。刃を向けるなど言語道断です」
ただ俺としても戦闘に参加したのは完全な成り行きであり、打算はない。さっさと立ち去ろうとしたが、どこか食い気味な皇女様によって呼び止められる。
自国の忠臣に反してまで、即断で義理を通そうとする彼女の姿に思わず目を丸くしてしまった。
「姫ッ! 心苦しいのは皆も同じです! ですが……!」
「なりません」
魔眼を知られた以上、刃を向けられるのは覚悟していた。根拠のない言い伝えなのだとしても、それが魔眼保持者に対する正常な反応だからだ。
しかしセラフィーナは違う。
災厄の象徴である俺を普通の人間であるかのように扱おうとしている。魔眼の存在をアイリスにすら伝えていなかったということもあり、その反応は正しく予想外。青天の霹靂だった。
無論、周囲に受け入れられるかは別問題だが――。
「姫様! 親衛隊隊長――ゼーセル・オーダーを含め、皆がその者を国に招き入れるなど認められませぬ!」
「貴方たちの日々の活躍には感謝していますが、これは皇女としての決定です。異論は認めません」
「姫様ァ!!」
「くどいですよ。ゼーセル。退がりなさい」
「――っ、ッ!?」
だが凛とした声音によって、怯えと共に黙りこくった。周囲の空気が張り詰めていくのが肌で分かる。
「ニヴルヘイム皇国・第二皇女――セラフィーナ・ニヴルヘイムが命じます。総員武器を下げなさい」
「ぐっ……!?」
セラフィーナは絶対零度の覇気を放ち、臣下を一蹴した。彼女に逆らえる者はおらず、一人、また一人と武器を下ろしていく。
最後まで粘っていたのは親衛隊の隊長を名乗った男性だったが、それも時間の問題。程なくして、全員がセラフィーナに捻じ伏せられた。
「臣下の非礼と皇女故、貴方に頭を下げられぬことをお詫びします。それで、私が提示した件は考えてくれましたか?」
「さっきも言った通り、別に謝礼目的じゃないんだが……」
セラフィーナの厚意が嬉しくないと言えば嘘になるが、俺という存在が不和の源になるのなら消えるべき。そう伝えると、どこか不安そうだった彼女の表情が悲し気に変わる。
だがセラフィーナは折れなかった。
「それなら我が国で休んでいかれては、如何ですか? この闘いで少なからず消耗したはずですし……理由はどうであれ貴方の尽力によって、私たちは窮地を脱しました。そんな恩人を黙って行かせるわけにはいきません」
強い意志を感じさせる眼差しで射抜かれる。
梃子でも動きそうもないセラフィーナを前にして、俺は自然と了承の言葉を紡いでいた。立場と状況を考えれば、黙って立ち去るのが最善なのに――。
「――分かった。そういうことなら少しだけ立ち寄らせてもらうよ。どの道、行く当てもなく彷徨ってただけだしな」
「それは良かった。精一杯、おもてなしさせていただきますね」
だが月華が咲き誇るような微笑を目の当たりにしてしまえば、少しばかりの後悔など一瞬で消え去ってしまう。
戦う理由も生きる意味も失った俺には、何も残されていない。
故にこの旅自体にも意味はない。そんなことは初めから分かっている。
なら、少しだけこの少女の親切に付き合うのも悪くないのかもしれない。俺はセラフィーナと共に彼女の国に向かうことを選択した。
「そういえば、貴方の名は?」
「ヴァン・ユグドラシルだ。セラフィーナ・ニヴルヘイム……皇女殿下?」
本来なら偽名でも名乗るべきなのだろうが、何故か彼女には嘘を付く気は起きなかった。どの道、あの国には恩義も未練もない。それなら、変に気負う必要もないだろう。
「分かりました。では、ヴァンと……。私はセラで構わない。敬称も必要ありませんよ。その代わりに、私も普段の口調で……」
「ひ、姫様!? こんなどこの馬の骨とも知らぬ輩に……はしたないですぞォ!」
「オーダー卿、少し黙っていただけますか? 今は私が彼と話しています」
「ぐふぅ、っ!?」
これが、全ての始まりであるとも知らずに――。
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