第68話 ニヴルヘイムの皇帝
聖冥教団動乱から数日――。
暴走した団員たちは良心の呵責に苛まれながらも、アルバートが勤める教会で心身のケアを受けている。それはこれまで捕らえた団員も同様であり、順調に快復へと向かっている様だった。
何故、テロ組織に参加した彼らがお咎めなしで日常に戻りかけているのかと言えば、実際に向こう側から手を出す前に事態が収束したから。加えて洗脳のことまで考えれば、情状酌量の余地ありということなのだろう。
尤も、これは予想の範囲内。というか、この為に聖冥教団との闘いに臨んできたのだから、成果は上々というところか。
本来普通に生活していて刑罰を受けるような行為をする極悪人が団員内に何人いたのか――と考えれば、それが答えになるだろう。
無論、教団に参加した連中にも非はある。全員が無罪放免というわけじゃないのは、言うまでもない。
ただ一つの予定外は、大多数の人間がこの一件について収束へ向かっていると思い始めていることだった。まだ何も終わってなどいないというのに――。
ともあれ、聖冥教団の一件が少し落ち着いたのは事実。
再び偽りの平和が始まる中、このニヴルヘイム皇国には激震が走っていた。
「――皇帝陛下ッ!」
「こんな……どうして!」
宮殿の一室に呼び出された俺たち三人と一体。
アルバートやオーダー卿を始めとした各界の重鎮が集い、誰もが悲嘆にくれた表情を浮かべている。
その中央の寝台には、血色の悪い男性が横たわっていた。
「お父様……」
「父上……」
「ソフィアとセラフィーナか……できれば、このような姿は見せたくなかったのだが……」
掠れた声が響き、皇女たちの顔つきが悲嘆に染まる。
「そして、君が例の……」
その男性は床に臥せていながらも高貴な雰囲気を隠しきれていない。彼がどんな身分であるかなど、最早想像するまでもないだろう。
「私は、ラウル・ニヴルヘイム……この国の皇帝と呼ばれている」
だが皇帝――その存在を認識すると、改めて息を呑む。
それはこの男性がセラとソフィア殿下の父親だというだけではなく、彼の状態の悪さへの驚きも秘めていたのだろう。
「君には娘たちが随分と世話になっているようだ」
「いえ、それよりも……」
「ふっ、少々体調を崩していてね……今では立って歩くのも一苦労さ」
ラウル陛下を何人もの術者が取り囲み、今も治療を続けている様子からして予断を許さない状況なのは明白。本来神秘的なはずの魔法の光も、どこか陳腐に映ってしまう。それほどまでに重篤さを感じさせる姿だった。
「――さて、本題に入るとしようか。でなければ、今も混乱を極めているこの国で君たち高官を集めたりはしない。つまり……」
そんな状態で言葉を紡ぐ陛下を目の当たりにして、今度はこの部屋の誰もが息を呑む。
「私はもう、永くない。この国の行く先を見定めねば……死んでも死に切れんからな」
「陛下、お気を確かにしてください!」
「そうです! まだお若いというのに!」
アルバートとオーダー卿が条件反射で叫んだ。
それは多分、誰もが目を背けてきた現実。
初めて会った俺ですら――。
「自分の身体だ。もう限界なのは、私自身がよく分かっているよ。だからこそ、最後に戦わなければならない。貴様らが私の遺志を継ぎ、この国を護っていく為にな……」
「父上……」
「――」
セラの腕が僅かに震える。そんな様子を受けてか、抱かれているニーズヘッグも元気がない。
「と言っても、外敵への対処は先の大戦を思えば、十分過ぎるほどよくやってくれている。後は私亡き後、貴様らが揺るがなければ、何も問題はない」
「はっ! 月華騎士団の名に懸けて、陛下のご期待に応えて見せましょうぞ!」
オーダー卿が泣きながら叫ぶ。
普段は生真面目で暑苦しいオッサンだが、今回ばかりは俺も同じ想いだった。
「既に国の運営に関しても、私は相談役程度としてしか関わっておらん。現体制のままでも構わんだろう。文官の負担も増えるだろうが……」
「無論、この私が執り仕切りましょう」
「ああ、任せよう。期待している」
「御意!」
今度はアルバートが騎士の礼で応える。
文官・武官共に隙のない布陣。執政に関して言えば、それほど問題はないのかもしれない。後は精神的な部分と、恐らくこの場にいる誰も――いや、国中が固唾を呑むであろう最も大切な部分。
そしてラウル陛下が言葉を紡ぐ。
「ニヴルヘイム皇国……この国の次期皇帝は、セラフィーナ……お前に任せる」
それはどんな選択であるにしろ、俺たちを驚愕させるに足る物だった。
続きが気になる方、更新のモチベーションとなりますので、【評価】と【ブックマーク】をどうかお願いします!
下部の星マークで評価できます。
☆☆☆☆☆→★★★★★
こうして頂くと号泣して喜びます!




