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第66話 聖冥教団動乱

 早朝、フヴェルゲルミルの街には怒号と悲鳴が響き渡っていた。


「皇女様を解放しろ!」

「解放しろ!」

「皇女様を返せー!」

「返せ!」


 宮殿の前に集まるのは、一〇万を超えんばかりの人々。

 連中が聖冥教団(せいめいきょうだん)の大部隊であるというのは言うまでもないだろう。


「皇女様を前線に立たせる無能な国はもう要らない! 今度は我々が先頭に立ち、完璧な国を作っていく!」

「そうだ! 我らの血税を食い漁っている分際で皇女様を利用しようなど!」

「我々に刃を向けるなど、神に逆らう蛮行!」

「皇女様たちを解放しろ!」


 人々は主義主張を書き殴った巨大なカードを持ち、周囲の目も気にせずに叫びまくる。

 シェーレやグレイブ、オーダー卿を始めとした騎士団が対応に当たっているが、この数だけあって止まることはない。

 文字通り肉の盾――というか人の波は、騎士団のバリケードと接触寸前の緊張状態となっていた。


「これは……ちょっと、凄いことになってるね」

「この程度は予想の範囲内だ。まあ予想よりも、大分早いお出迎えではあるが……」


 そして、絶対に護らなければならない王――セラ、ソフィア殿下、ニーズヘッグは宮殿内に引っ込んだままであり、俺とアイリスが護衛についている。


 皇帝を含めた三人が、説得に動かない理由は単純明快。連中を刺激し過ぎないようにする為だ。

 何故なら、あの連中が騎士団の最終防衛線(バリケード)を超えた瞬間、制圧ないし、殲滅以外の選択肢がなくなってしまう。あの中の大多数が弱みに付け込まれて洗脳されただけの人々であるのなら、これ以上残酷で無意味な闘いはない。


「しかし、この程度のデモ行進で済んでよかったと見るべきかもな」

「どういうこと?」


 アイリスが小首を傾げる。


「こちらの不安を煽り、事態を攪乱(かくらん)する。それが連中の狙いだ」

「わざと組織の尻尾を掴ませたってこと? でも隠れてた方が安全なのに……」

「隠れながら団員を集めるには限界があるし、人が増えれば見つかるリスクも当然上がる」

「だったら開き直って、ガンガン活動して行こうってこと?」

「ああ、首謀者の隠れ(みの)にもなるしな。何より、俺たちが実情の分からない相手に浮き足立てば、普段隙の無い騎士団や国の中心人物を抱き込める可能性も上がる」

「それならどうして、今この状態でここまで大きな活動をしてるの? 確かに人数は凄いけど、それだけっていうか……国に喧嘩を売るなら、もうちょっと潜伏してた方が良い気がするんだけど……」

「連中にとっても予想外のことが起きているのさ」

「予想外……?」


 会話の流れを読み取れなかったのか、アイリスが怪訝(けげん)そうな表情を浮かべる。


「それは国の首脳陣に自分たちが脅威だと、明確(・・)に認識されてしまったことだ」

「……まさか、私たちがあの集会に潜入したのが原因なの?」

「恐らくな。まあ、人間を爆弾扱いする辺りからして、潜入されるの自体は予想の上だったんだろうが……現実は、ほぼ無傷で乗り切られた挙句に一網打尽……証拠隠滅(しょうこいんめつ)し損なったわけだ」

「つまり小刻みに断片的な情報を渡して事態をコントロールするはずが、予想外の大流出。それに……」

「ニーズヘッグのお手柄が決定打になった。自分から政務官に団員が混じっていることをバラすメリットがないからな」

「その所為(せい)で国側が対処せざるを得なくなって、教団への締め付けも強くなっていく。だから正体がバレる前に動かざるを得なかった? 計画を前倒しにしてでも……」


 恐らく連中としては、まだ勢力の拡大に努めたい時期だったはず。同時にその行動は、水面下で騎士団と政務官を取り込んで皇族を孤立させることにも繋がっている。

 故にこの大規模デモを慣行するのはもっと後の局面であり、現状は連中にとっても本意でないと予測される。付け入る隙はいくらでもあるはずだ。


「我々は白き竜の意思に従う正義の使徒! 紛い物の騎士など消え失せよ!」

「そうだ! 我々は正しい!」

「皇女様! 竜神様! お顔を見せて下さい!」


 この状況に心を痛めている皇女二人。デモ隊の中に知り合いがいるであろう騎士団の面々。重苦しい雰囲気が宮殿付近に立ち込めていく。


「それにしても、随分と好き勝手言われてるぞ。連中に(さら)ってくださいとでも、お願いでもしたのか?」

「――!」


 そんな雰囲気を払拭(ふっしょく)すべく、冗談交じりにニーズヘッグに声をかければ、瞬間でプク顔。グリグリと頭を擦り付けて不満を訴えて来た。そうこうしてじゃれ合っていると、少しだけこの部屋の緊張が弛緩(しかん)していくのを感じる。


「そんなに怒るな。分かってるよ」

「――!」

「とはいえ、最悪の状況は回避できたが、どうやって鎮めるべきなのか……」


 暴徒となった連中の様子からして、皇族を前に出すのは逆効果だ。よって、この騒乱を鎮める反撃手段(カウンターパート)となり得るのは、一般市民と繋がりが薄い俺とアイリスになるのだろう。

 故に誰を潰せばこの行進が止まるのかと、上から連中の全体像を見ていた時――俺の全身を戦慄が駆け抜けた。


 何故、これほどの規模と財源を築ける地下組織でありながら、最後にはこんな杜撰(ずさん)な大侵攻を仕掛けて来たのか。

 全身を駆け抜けた戦慄は、ずっと感じていた違和感の答えだったのかもしれない。


 戦後の混乱に乗じての成り上がりを画策(かくさく)し、実際に政務官を取り込むほどの手腕を持つ首謀者なら、勝機のない戦いなど行わない。地下に戻って体勢を立て直すなり、他国に逃れるなり賢い選択を出来るはず。

 顔と名前を見せないのも、その逃げ道を残しておく為だったはずだ。

 それに、もっとゲリラ的なテロを起こすなり、住民を人質にするなり、戦うにしてもやりようはある。いくら大多数が民衆だから軍側が戦いづらいとはいえ、最終的な結果は明白。そこまでのキレ者が、破れかぶれの特攻に出るのだろうか。

 首謀者の顔が知られていないのだから、逃げる為の目くらましなんて必要ない。いずれ戻って来た時の為、潜在的な信者は残しておいた方がいいはずなのに――。


「まさか、そういうことか……ッ!」

「ヴァン!?」

「アイリスとニーズヘッグはセラとソフィア殿下の傍から離れるな! 俺はこの馬鹿げた行進をどうにかする!」


 自分でも焦っているのが分かる。

 だが、今は心配そうな皆を振り切ってでも走るしかない。


「だったら私も!」

「駄目だ! そもそもこのデモ行進自体、最初から(・・・・)失敗する(・・・・)ことを想定とした計画……そして、下はギチギチに人が詰まった超人口密集地。食い止められるのは、“叛逆眼(カルネージ・リベルタ)”だけだ!」

「ヴァンッ!」


 アイリスとセラの言葉を置き去りにする形で宮殿の窓枠を蹴り飛ばし、勢いよく宙を駆ける。狙いは騎士団と民衆の境界。


 不可解な戦略。

 顔の見えない指導者。

 翡翠の眼光。


 一刻も早くこの狂った行進を止めなければならない。

 今ならまだ間に合う。


 どんなことしてでも、騎士団(・・・)民衆(・・)を戦わせて(・・・・・)はいけない(・・・・・)

 たとえ、この手を血で汚すことになってでも――。

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