第65話 恤与眼《ギフレイン・ドグマ》
目の前に広がった光景に思わず絶句してしまう。
「これは……」
視界を埋め尽くすのは、本、本、本――正しく智慧の山脈。
「どうですか? 我がニヴルヘイムが誇る中央図書館は」
「いや、凄いんじゃないのか。これは……」
無論、きちんと本棚に整頓されて収まってはいるものの、本の山が発する圧迫感は中々のものだ。流石は国家中枢に備え付けられた文化の結晶というところか。圧巻と言わざるを得ない。
「ほら、ニーズヘッグちゃん。私の胸の中に……」
「――!」
因みに中央図書館にいるのは、俺とセラに加え、ソフィア殿下とニーズヘッグ。
何故ソフィア殿下までいるのかと言えば、昨日から俺たち三人の誰かと一緒に行動を共にしているからだ。一方、常に全員でいられない理由は、殿下を軍部の仕事に参加させるわけにはいかないという思惑あってのもの。
何をしでかすか分からない相手なのだから、皇族が集結して警戒に当たっている――などと、必要以上に刺激するわけにはいかない。
まあ、殿下本人はセラと風呂に入ったり、一緒に寝たりとかなりご機嫌な様子なのが救いだった。ニーズヘッグにウザがられているのは、見たままの通りだが。
「それで……集めなければならないのは、魔眼についての情報でしたね」
「でも魔眼の成り立ちを考えれば、詳細な資料は残ってないはずだ」
「となれば、神話や御伽噺を当たっていくしかなさそうですね」
「ああ、結果がどうなるかは分からんが、それでも闇雲に外を駆け回るよりは役に立つはずだ」
そして、俺たちがこんなところに来た理由は単純明快。先日俺が遭遇した人間爆弾――もといローブ姿の男の瞳に浮かんでいた紋様についての情報収集。
実際に見た感触を踏まえて個人で調べてみたところ、やはり魔眼である可能性が高いという結論に至った。しかし俺一人では、そこで手詰まり。よってセラに相談した結果、この図書館に招かれたということだ。
「でも資料が多いのは助かるけど、この数は……」
「中々骨の折れる作業になりそうですね」
とはいえ、セラですら全貌を把握しきれていない大図書館。この作業自体が徒労に終わる可能性もある。正直労力に見合う保証はないが、今はやるしかない。意気込んで本棚を睨み付ける俺たちだったが、明後日の方向から気の抜けたような声が響く。
「神話が読みたいのよねー?」
「え、ええ……」
「それなら左端の奥の棚にまとまって入ってるわよ。ほらほら、二人もニーズヘッグちゃんもついて来て」
ソフィア殿下はそう言い放つと勝手知ったるとばかりに図書館の奥へと歩いて行ってしまう。
「なあ、セラの姉さんって……」
「言われてみれば、姉上は本の虫。この図書館は庭のようなものかもしれない」
「ほら、二人共速くー!」
「――」
何にせよ、作業が効率化できるのは嬉しい誤算に変わりない。俺たちも殿下の後を追い、魔眼に関係しそうな神話・伝承を片っ端から当たっていく。よくよく考えれば、皇女二人に作業を手伝わせるのはヤバイ気がしないでもないが、今は緊急事態のため割愛する。
因みにニーズヘッグはパタパタと空を飛びながら、本の運搬を担当してくれていた。こっちも神話の竜皇相手に大概罰当たりだが、様子が愛らしいので良しとしよう。
「ん……あ、これって!」
そうして何冊か目を通していく内、ソフィア殿下が声を上げる。釣られて分厚い本を覗き込めば――。
「翡翠の紋様を持つ魔眼。そして、この形状……間違いない」
「えっと、“恤与眼”。関係ありそうな文脈を繋げていくと……対象同士の間で力を増幅して行き来させる力……ということになるのかしら? なんだかよく分からないわねぇ」
「そうですね。読み取れるのは、凡そのところまで……」
“恤与眼”――文献を読む限りでは、直接戦闘系の能力ではないと思われる。もう少し具体的に言語化するなら、対象物に力を付与・共有して増幅する能力。
効果範囲や作用する力がどれほどなのか――など、詳細までは分からなかったが、司るのは力の循環であるのは明白。
そして、初めて聞く名だった。
「でも……」
男の瞳を実際に見た俺の記憶とは、微妙に形状が違う。
まあ、これに関しては伝承が全て正しいという保証も無いし、同じ魔眼でも発現する人間ごとに紋様の形状が微妙に異なるのかもしれない。実際、俺も他の“叛逆眼”保持者に会ったことがないのだから確証はないが。
ただ気になるのは、あのローブの男――魔眼の光を宿していたのは片目だけだった。紋様が両目に発現する俺とは決定的に違う点だろう。故にそれらの差異を検証するため、独自に情報を集めていたわけだった。
「――そういえば、ヴァン君も魔眼が使えるのよね?」
「ええ、意図して得たわけではありませんが……」
信憑性の高い情報を得られたことで事態は前に進んだが、全てを鵜吞みにするわけにはいかない。次の文献を探ろうとした俺にソフィア殿下が声をかけて来る。
「ねぇ、ちょっとだけ見せてくれないかな?」
「見ても面白いようなもんじゃないと思いますけど」
「これでも文学少女だから、実物が気になるのよ。さっきみたいな神話だって、ちょこちょこは読んでたわけだし……聖剣、竜皇と来たら、ね……」
すると肩を寄せ、上目遣いで顔を覗き込んできた。ソフィア殿下の私服センスはセラ譲り――というか、妹がこちらに似ているのかもしれないが、色々と目に毒な光景であるのは言うまでもないだろう。
「全く、人が真面目に調べものをしているというのに、破廉恥極まりないですね」
「あらー」
そうこうしていると、セラから絶対零度の眼差しを向けられる。
図書館の一角で男女が顔を寄せ合っていれば、勘ぐってしまうのも無くはない話なのかもしれない。まあ、今回の場合は遊んでいると思われても仕方ないわけだが。
更には悪ふざけを始めたソフィア殿下にも挟まれ、昨日と同じく揉みくちゃにされることとなる。
「――」
ニーズヘッグは俺たちを見て、両手で本を抱えたまま小首を傾げていた。
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