第64話 ニヴルヘイムの皇族
ソフィア殿下を守る役目を後から呼びつけたリアンとコーデリアに任せて一端退出した俺は、会話の内容が漏れぬ様にセラの自室に招かれていた。
「流石は皇族……というか、セラの姉だ。別の方向で大物だな。あの人も……」
「むぅ、是非とも詳しく聞きたい発言ですが、今は不問にしておきましょう」
「――」
セラは膝の上で寛ぐニーズヘッグの腹を撫でながらジト目を向けて来るが、ひとまずはそれまで。こんな視線を向けられる原因はあのお姉さんだが、助かった要因もあのお姉さんという何とも言えない構図が出来上がっていた。
「改めてだけど、どうして今になって俺とあの人を引き合わせたんだ? というか、あれだけ活動力に溢れる人が何故表に出てこない? 他の皇族もだが……。流石にこの状況だと聞かざるを得ないというか……」
「そうですね。私も色々とお話しするつもりで招いたつもりです。まずこの国に残された皇族ですが、皇帝と私たち姉妹だけ……母は私が五つの時に……」
「そう、か……」
「元々身体が弱かったそうですが、私を産んだ後に体調が悪化したようで、そのまま……」
セラは目を伏せ、やりきれなさを滲ませる口調で声を絞り出した。
「それと見ていただいた通り、姉は昼から床に臥せねばならない状況にあります。それは母に似て病弱な体質だから。まあそのせいもあってか、皇位継承問題の中で私たちが拗れなかったというのは皮肉な話ですが」
「やっぱりニヴルヘイムでも、そういうのがあるのか?」
「ええ、姉と私……それぞれを次期皇妃に擁立したい派閥同士による政争が繰り広げられていたこともありました。無論、当人である私たちを置き去りにして……」
「なるほど、高貴な生まれも大変ってことか……それで、今はどうなってるんだ?」
「政務や軍部に差し支える状況になり始めたので、父の一喝で強制終了となりました。といっても、現在進行形で色々とやっているようですがね。ただ、今や父も我武者羅に政務に打ち込んだ反動で半隠居状態……表立って活動できる体力はありません」
「だから、アースガルズとの闘いでも前に出てこなかったと……」
会話の中、自分でも怪訝な表情を浮かべているのが分かる。
まず皇族は世継ぎを多く残さなければならない立場にある。それにセラやソフィア殿下から年齢を考えれば、この国の皇帝は精々中年に入りたてぐらいのはず。
先の大戦でセラにかかっていた重責を思えば、隠居しているような年齢じゃない。それなのに――。
「亡くなった先代皇帝……私からすれば祖父に当たる人物は、お世辞にも優れた為政者ではありませんでした。父は揺らいだ信頼と権威を取り戻すために奔走し、家庭を顧みなかった。文字通り血反吐を吐きながら……」
「そうか、その間にセラの母親が亡くなってしまって、現皇帝も限界を迎えた」
「ええ、元々私の父は、先代が築いた酒池肉林……多くの妻が生んだ子供たちによる政争を勝ち抜き、今の立場に収まりました。望まずとも……」
「腹違い、実の兄姉弟妹同士による殺し合いか……」
「その上、なりたくもない為政者に祭り上げられて先代の負の遺産を押し付けられた挙句、激務の中で妻は病死。長女は病弱……筆舌し難い苦悩があったのでしょう。私には父を責めることはできません」
セラは自嘲交じりに笑みを浮かべた。明らかに無理をしているのが見て取れる。
「強いて言うなら、父の直系で腹違いの兄妹がいないというのが吉報でしょうか。立場の弱い姉を脅かす皇位継承者がいないということですから……。まあ、これまで人のドス黒い部分は、これでもかと見せられましたがね」
つまり先のアースガルズ襲来――この国は本当に限界寸前だったのだろう。
それこそ、たった一人絶望的な状況に残された皇女が、災厄を告げる存在に望みを託さなければならないほどに――。
「――それで、とりあえず皇位継承の問題はストップしているみたいだが、継承権の優先度合いはやはりお姉さんが上なのか?」
「暫定では、そういうことになっています。とはいえ、アースガルズを退けた一件もあり、今は私を擁立する声の方が大きいのではないでしょうか」
「聖剣の皇女……今や大戦の英雄だからな」
「姉は愛想のない私と違って凄まじい支持を得ていますが、荒事には向いていない。今の世論を思えば、包容力より武力が求められてしまう。誰が呼んだか、“夢幻の皇女”とは言い得て妙ですね」
大衆受けの良い穏やかな女性。
孤高ながら一騎当千の少女。
平和な世ならソフィア殿下。
乱世ならセラのような人材が上に立つべきなのは、誰が見ても明らかだろう。だが、外野が勝手に盛り上がった上に、当人たちを巻き込むなど質が悪いどころの話じゃない。
実際、セラ一人に政治闘争と外敵対処の負荷を背負わせるような状況だったのだから尚更だ。
同時にこれまで他二人の皇族と、セラの専任騎士である俺との接触が全くなかった理由についても得心がいった瞬間だった。
「そういう意味では、先代政権からの忠臣であるオーダー卿……父の不在を新進気鋭ながら埋めてくれているロエル祭司には、感謝すべきなのでしょうね。無論、私を支えてくれたヴァンにも……」
「セラ……」
甘い香りが鼻腔を擽る。
セラは頭を俺の肩に乗せ、全身を預けて来ていた。普段なら照れ隠しに振り払っていたかもしれないが、少しでも彼女の気が紛れるなら好きにさせるべきだろう。いつもより早く脈を打つ心臓の鼓動なんて、大した問題じゃない。
「今回の一件……首謀者の狙いは皇族を我が物とすることで間違いない。それは皆も承知の上、内部団員の洗い出しと勢力拡大を防止しているのが現状です」
「ああ、その為の俺たちだ」
「そのおかげで、彼らが最も手に入れたい私には、強力な護衛が付いています。それにもう一つの信仰対象は捕らえるのも操るのも不可能に近い。狙われるとすれば一人だけ……」
「ソフィア殿下の存在を知れば、必然的にそうなるだろうな。しかし正義の下に作られるのが傀儡政権とは、随分と俗っぽい信仰心だ。まあ、最初から分かっていたことだが……現皇帝は?」
「父上の方は、常に盤石に近い防衛体制が敷かれており、私が手を出せる領域ではない。歴戦の忠臣を信じるしかありません」
顔の見えない敵。
故に比較的早期から適切な対応が行えていても、事態解決の難しさに拍車がかかっているのだろう。だが、まだ取り返しがつく。致命的な破滅を迎える前に頭を潰せば、やりようがあるはず。
何故なら、連中が掲げる正義と教えには、神の代行者と定義した皇族がいない。言うなれば、空っぽのままだからだ。
しかし、そこに皇族という大義名分を明確に与えてしまえば、もう全てが遅い。人々は暴徒と化し、洗脳を解くことも不可能になる。
だからこそ、絶対にセラたちを護らなければならない。
少しでも流れる血を減らす為に――。
少しでも誰かが血を流さぬようにする為に――。
「ヴァン……姉上を護る為に力を貸してください」
「当然だ。戦うことしかできなくても、今はこの力が役に立つはずだ。無論、セラやニーズヘッグも俺が護る」
「――!」
これ以上、セラを悲しませるわけにはいかない。
災厄と血の盟約などなくとも俺は――。
「そう……ありがとう」
セラは腰にひしっと抱き着いているニーズヘッグを一瞥し、微笑を浮かべながら更に体重を預けて来た。
だが、ようやく少しは肩の力を抜いてくれたセラの表情を再び曇らせなければならないのかと思うと、やりきれない思いが胸を貫く。
何故なら、先日の翡翠の眼光――この一件に魔眼が関わっていることが、確定的になったと彼女に伝えなければならないからだ。
続きが気になる方、更新のモチベーションとなりますので、【評価】と【ブクマ】をどうかお願いします!
下部の星マークで評価できます。
☆☆☆☆☆→★★★★★
こうして頂くと号泣して喜びます!




