第62話 紅銀の皇女
セラに誘われ、宮殿内をひた歩く。
向かう先は、蒼水晶の神殿とはまた別の区画。俺がニヴルヘイムに来た頃、進入禁止とされていた皇族の住まう場所。
「いきなりどうしたんだ? それに俺と引き合わせたい人間って……?」
「言葉の通り……他の皇族と……」
セラの言葉に思わぬ驚きを抱いてしまう。そもそも彼女が第二皇女と名乗った以上、他に皇族――つまり家族がいて然るべきではあるが、これまで少なくとも俺の前に姿を現すことはなかった。それこそアースガルズとの戦いにおいてですら。
一方、聖冥教団壊滅に動かなければならないこの状況において、いきなりの謁見ともなれば、色々勘ぐってしまうというのが正直な所だった。
「皇族……どうして今になって俺と?」
「今だからこそですね。こう言ってはアレですが、単体で将クラスに戦うことができる私は、歴代皇族でも異端の存在……というより、本来皇族が最前線に立つなど、あってはならないことです」
「それはそうだろうな。アースガルズと比べれば小国ってだけで、この国も十分過ぎる程度には広い。そんな国のお姫様が自分から敵陣に切り込んでいくなんて、周りが許さない。でも、人智を超えた不測の事態が起きてしまった」
「神獣種とアースガルズの襲来……私の力が必要になった」
「でも神話の災害と世界最大の勢力を退けたことで、セラは今のポジションに収まったんだろう? それは理解してる。なら、どうして今更俺と他の皇族を引き合わせようとするんだ? 魔眼保持者であるこの俺と……」
俺にはセラの意図が分からない。
数百年に一人とされる聖剣を扱う因子を持つ者が皇族内に出現したばかりか、セラ本人の戦士としての資質が優れていること。
本来、社会に排除されるはずの魔眼保持者が一六歳まで生き延びた挙句、再び社会の一部となって戦っていること。
そんな俺たちが出会ったばかりか、共に肩を並べて戦っていること。
現状、俺とセラの力や関係性が異端なのは、誰が見ても明らかだ。でも、数々の闘いを乗り越え、良い意味で周囲に馴染み始めている自負はある。
こう言ってはアレだが現状維持のまま、なあなあにしておく方が誰にとっても都合がいいはず。それにもかかわらず、今この状況での謁見は、その均衡が崩れる――新たな波風が立ってしまうかもしれない選択肢なのだから。
「端的に言ってしまえば……その皇族とはこれから先、しばらく行動を共にすることになるので……」
「セラの護衛役である俺と正式に引き合わせておくべきというわけか。なるほど、今だからこそってのは、そういう意味から……」
肯定の意味合いを込めて首を縦に振るセラを前に、ようやく合点がいった。
セラは単体戦闘能力の時点で圧倒的だし、小さくとも神獣種クラスのニーズヘッグも常に護衛に付いている。大国を落すレベルの戦力で攻められでもしなければ、よっぽど安全は確保されているだろう。
だが、その皇族は違う。
「殺されることはないにせよ、皇族の身柄が狙われるのは確実。つまり聖冥教団の首魁……首謀者が自分たちの近くにいるかもしれないと疑っているわけか」
「ええ、確証はありませんが、安直に切り捨てていい可能性ではありません。ヴァンが私の傍を離れる時、ニーズヘッグを含めて護衛役を残していくように……ね」
ここまで得た聖冥教団の情報を鑑みれば、連中の発祥がニヴルヘイム内であるのは確実。それも戦後の不安定な時期に狙いをつけて台頭してきたのだから、暗躍する首魁は相当なキレ者だと予測して然るべきだろう。
つまり政務・軍部・経済・外交貿易・武器商人・農工業・食品流通・地主――どこかの大物がかかわっていて、既に浸食済みだというのは想定しなければならない事態でもある。
もし宮殿内の衛兵が団員だったらどうなるのか。
今は違うのだとしても、思想に感化されて入信しない保証もない。
そもそも組織の足取りを掴ませてこうして対処に当たらせる事自体が、こちらの動きを攪乱する狙いがあってのものかもしれない。人間を自爆させて武器にするような連中なら、何をやっても不思議じゃないはずだ。
だからこそ、セラの周りには出来得る限り盤石な防衛体制を敷いていたわけだが――。
「お見通しってことか」
「ふふっ、今回は私が気を遣わせていますね」
俺の行動の真意は、セラの言う通りだ。
つまり彼女も自分が守られる立場にあると理解しているということ。そんなセラが行動したのだから、可及的速やかに対処すべき事態というのは自明の理というもの。
そうして歩いていると、豪華な装飾が成された扉の前に辿り着く。
「――それで俺を誰と会わせようとしてるんだ?」
「第一皇女……私の姉です」
衛兵たちを下がらせたセラは、そう呟くと扉を開け放つ。
開かれた空間には、陽の光に照らされる紅銀の美女が佇んでいた。
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