第60話 幕間:禍罪の炎
魔法の炎が灯る暖炉の前――。
それは宮殿内に備え付けられた豪勢な一室にあり、炎の前に立つのは一人の男。ステンドグラスから差し込む月光に照らされている。
「ああ……神よ! 私はこれまで主のお導きの下、正しく美しく清廉な正義の為に生きて来た。でも、それなのにどうして彼女を見ただけで、この心は乱れてしまうのでしょう? 許されぬと分かっているのに、この身は灼かれるのでしょう!? 彼女を求めて!」
男のボルテージが上がるに比例して、暖炉の炎が轟々と勢いを強めていく。
「それは禍罪の炎! 禁断の愛!」
罪を悔い改める咎人の様に床に膝を付き、男の全身が炎と月光に照らされる。
「悪いのは私なのか? この想いは間違っているのか!? いいや、悪いのは私ではない。私を虜にしたあの聖女が悪いのだ。世界を滅ぼす悪魔を従えたあの聖女が……。私は悪魔が怖い! ああ、神よ! 私を守り給え!」
といっても、それはあまりにも身勝手な慟哭。
床に崩れ落ちた男の欲望の発露。
「どうかセラフィーナを私に与えてください! あの淫らな女を私だけのモノに……私だけのモノに……。どんなことをしても、手に入れて見せる。たとえこの国を灼き尽くすことになっても……!」
艶のある蒼銀の長髪。
超然とした切れ長の瞳。
実り実った豊満な双丘。
括れた腰と張りのあるヒップ。
それら全てを彩る雪のような白磁の肌と神聖的な美貌。
男は脳裏に少女を思い浮かべながら、勢いよく立ち上がって両腕を広げた。
「完璧なこの身に相応しいのは、完全なあの聖女以外ありえないのだ!」
そして、悦に浸る様に声を上げる。
「故に……私のモノにならぬなら、お前も禍罪の炎に灼かれることになるぞ。もし私を求めぬなら……。ああ神よ、赦し給え! 聖なる少女は私のモノなのです」
自分が間違っているという発想は露もない。
相手の想いも考えていない。
それが正しいのだと、在るべき姿なのだと、男は燃え上がる炎を睨み付ける。
「もしそれさえも嫌だというのなら……この私を穢した罪を償ってもらう!」
不気味なほどに真っすぐ淀みなく、透き通った眼差し。それは一種の鋭利さすら感じさせるほどに純粋だった。
「しかし、まだ時間がかかる。今はまだその時ではない」
先ほどから一転、突如として男は冷静さを取り戻す。
そのタイミングを見計らってか、男の部屋に二人ほどの高官が訪ねて来る。
「――教皇様。本日の進捗状況ですが……」
「ようやく来たか、間抜けが」
男は振り乱れた短い髪をかきあげると、尋ね人に向き合って毒を吐いた。
そんな尋ね人が口にした“教皇”――その言葉が示す意味を汲み取るのは容易い。
「さて、今日も教えを広めねばな。清廉なる神と正義の為に……」
男の右目に翡翠の紋様が浮かぶ。
それとは対照的に対峙する尋ね人の瞳は光を宿していない。
「そう、全ては……」
まるで人形の様な尋ね人の姿を見て、男は歪んだ笑みを浮かべた。だが彼自身は、それが歪んだ笑みだとは気付かない。
そんな男の背後、暖炉の炎は猛々しく燃え上がっていた。
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