第58話 翡翠の魔眼
戦闘終了後、捕らえた連中を地下に踏み込んできた騎士団に引き渡す傍ら、不満そうにしているグレイブに声をかけられた。
「――連行者一〇三人。旦那も随分と危ねぇ橋を渡ったもんですね。三人共無傷で奴さんらを全員確保してるのは、流石という他ねぇですが」
「訳有って、不用意に援軍を呼べない状況だった。まあ、敢えて言い訳するなら、この集会の情報が正しいかどうか分からなかったし、隠密行動は少数精鋭が定石だからな」
「しかし隠密行動って割には……随分と派手にやったもんですねぇ……」
グレイブが視線を向ける先には、多くの人々に踏み荒らされた奇妙な大広間。目に悪い配色をした装飾品の数々。
極めつけが、虚ろな目をして連行されている人々と、泣きじゃくるリーナを宥めるシェーレの姿。まあ普通の事件や戦闘の跡に見えないのは確かだ。困惑するのも無理はない。
「っても、俺としちゃぁ、この民宿の地下がこんなことになってる方が驚きですが。それに最近の騒動と繋がってるって聞いたら、驚きどころじゃねぇって話ですよ」
「話は後だ。これ以上グズグズしてると、俺たちも生き埋めになりかねない。あんな連中相手とはいえ、ドンパチやった直後だからな」
とはいえ、ここは地下空間。デカい攻撃は粗方俺が吸収したとはいえ、これ以上留まり続けるのは危険だろう。
そうしてグレイブたちに連行作業を急がせるが、両脇を騎士団員に抱えられたローブの男が念仏のように何かを呟き始める。
「――神の裁きを……嫌だ、死にたくない。神の裁きを……嫌だ、死にたくない。神の裁きを……嫌だ、死にたくない。神の裁き、死にたくない」
「おいテメェ! 往生際が悪すぎだぜ! 続きは牢屋の中で……って、一体どうしたんだ?」
フードで顔は見えないが、男がカチカチと歯をかち合わせながら震えているのが遠巻きからでも分かる。それも歩行すら出来ないレベルの怯え方とあって、不審に思ったのだろう。怪訝そうな顔をしたグレイブが近づいていく。
その瞬間、俺は全身を貫いた戦慄を振り払うように地面を蹴り飛ばした。
「その男を離せ! 何かが……ッ!」
「え……?」
だが、その行動は一手遅かった。グレイブは呆けたように俺の方を見ながら、男のフードを取り払ってしまう。
「な、なんだ……こりゃぁっ!?」
露になったのは、大きな刺青が刻まれた顔。
その上、男の目や口から光が漏れ出したばかりか、呼応するように刺青までもが胎動している。
「離れろッ!」
起爆、爆炎。
それは正しく、人間爆弾。
臨界点を超えた魔力が男の全身を突き破り、地下空間を灼き尽くす。
「――ぐ、ぁッ!? 俺は死んじまったのか!?」
「いや、間一髪だな。本当に……」
黒焦げになったグレイブが叫ぶ。
咄嗟に騎士団員の首根っこを掴んで飛び退いたのは、流石に歴戦の騎士と言えるだろう。しかし、それだけでは黒焦げ程度で済むはずがない。
彼らが無事だった理由は、俺が魔力爆発の大部分を喰らい尽くしていたから。結果、爆炎は閃光へと変わり、衝撃と爆風だけが周囲の空間に襲い掛かるのみに留まった。
しかし、この爆風が止めとなったのだろう。地下空間が崩落を始める。
「ノオオォォッ!? 俺のハイパーリーゼントがァ!!」
「アフロでも似合ってる。それより早く脱出するぞ」
「ちょっ!? 旦那! 尻をガンガン蹴らないで!」
俺たちは黒い煤塗れになった皆を引き連れ、地上へと脱出した。ローブの男――亡骸無き犠牲者を残して――。
「おいおい、こりゃ民宿は立て直しだな。いや、下がガッポリ抜けてるから、地盤の方から見直しってか?」
「ハーナルさん、冗談は髪型だけにしてください」
「ぐふぅ、っ!? 今日はアイリスちゃんからの当たりが厳しいぜ」
地面が揺れたことで野次馬が集まり、騎士団がそれを追い払う。
対して、俺たちは搬送されていく団員たちを尻目に、少し離れた所から基礎が歪んでしまった民宿を眺めていた。
「そういえば、シェーレはどうしてる?」
「あの知り合いの女の人について上げたいって……」
「呼び戻してくれ」
「え……っ? でも……」
「彼女一人を知り合いだらけの団員の中に放り込むのは危険すぎる。アイリス、頼む」
「わ、分かった!」
会話の中、アイリスが足早に去っていく。
グレイブはそんな俺たちのやり取りを見ながら、怪訝そうな表情を浮かべて声をかけて来る。
「そんなに怖い顔して、どうしたんすか旦那? こうして一網打尽にしたんですから、後は何とでもなんじゃねぇですか?」
「いや、有益な情報はいくらか手に入ったが、まだ何も解決していない。それどころか、大変なのはここからだ」
「でもよぉ、捕まえた連中から証言を引き出せば……」
「所詮は、いつでも切り捨てられる末端の手足。望み薄だろうな。多分、消し飛んだあの男を含めて」
「もっと大物の暗躍者がいる……ってやつですかい? 下を押さえても無意味ってんなら、早くそいつをどうにかしねぇと!」
「ああ、その通りだ。早く何とかしなければならない。だが、連中は巧妙に日常に紛れている。今は手掛かりが少なすぎて動きようがない」
「日常に紛れている。その洗脳ってのは、こっちが手の出しづらい民間人を利用して! だから嬢ちゃん隊長を呼び戻せってことか。情に絆されて、心に隙ができる前に……」
そう、俺がシェーレを呼び戻したのは、彼女が聖櫃冥府教団に取り込まれる可能性を徹底的に潰す為。この行動が指し示す事実はただ一つ。
「実際、集まった連中の中には警務部隊の人間もいたそうだ。それに身元を洗っていけば、要職に就いていた人間やその血縁者もいるかもしれない。ここまで言えば、説明の必要はないはずだが?」
「――つまり旦那は味方を疑ってるわけですね。この国に住む全ての人間を……」
後は子供でも分かる単純な理屈。
しかし、単純であるが故に厄介。グレイブが息を呑んだのが分かった。
「月華騎士団、各要職……もうどこまで浸食されているか分からない。いや、最悪の状況を想定して動くべきだろう」
「最悪の状況……まさか宮殿の連中まで!」
「後からこの国に来た俺がこんなことを言いたくはないし、確証があるわけでもない。でも……」
自分以外は全て敵。
家族も恋人も親友も――お世話になった兄貴分も可愛がっている弟分も、街行く人々や同僚さえ――誰もが敵かもしれない。
ある意味、アースガルズや神獣種を相手にするよりも厄介で恐ろしい状況だろう。
だが、俺はその感覚を知っている。
ずっとそんな状況で生きて来たのだから。
「それに……」
「旦那?」
「いや、何でもない。今は、まだ……」
地下室で炭化する最後の瞬間――あの刺青が刻まれた男は、確かに泣いていた。その右目に、Sが二つ折り重なったような翡翠の紋様を浮かべながら――。
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