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第57話 神に縋る狂信者

「――少し抑えろ」

「で、でも……っ!」


 俺とシェーレは、熱気に溢れる会場の端で声を潜めて会話する。


「あそこにいる私と同じぐらいの少女は幼馴染なんです……! それにあっちには、友人の母親……服屋の店主に幼年期の同級生……」

「動揺するのは分かるが、今は抑えるんだ。ここで暴れてもどうにもならない」


 シェーレは俺やアイリスと違って、この国・街で生まれ育った人間だ。自分の知り合いがこんな狂った集団に参加していると知って、ショックを受けないはずがない。だが今は耐えてもらうしかないだろう。

 その一方、彼女の発言には、絶対に看過(かんか)してはいけない部分もあった。


「それに街の警務部隊の人まで……!」

「嘘……末端(まったん)とはいえ、軍部まで侵食してるっていうの?」

「これで、この国に味方と呼べる人間は(ほとん)どいなくなったわけか」


 未知数・不明ほど怖いものはない。それも本来、剣を向ける相手ではない民衆に無数の狂信者が紛れているともなれば尚更だ。

 しかし、こちらの雰囲気が重苦しさを増すのに比例し、周囲のボルテージが高まっていく。


「でもリカルドは……私の恋人は教えに従って行動し、国軍に捕まりました! 何故、女神に仕える戦士たちに神を信じる私たちが廃されるのですか!?」

「リーナ……」


 先ほどシェーレが幼馴染と称した少女が声を上げる。

内容は恐らく、彼女たちの仲間が拘束されたことに起因(きいん)するもの。

 それは奇しくも、彼女たちが信じる神と正義――その矛盾(・・)を指摘し、白日の下に晒してしまう。本来相反し合うはずの暴力と正義を一つにしようとした矛盾を――。


「皇天は既に(けが)されかけている。この国に舞い降りた悪魔によって……。故に我らとの食い違いが生じてしまっている」

「そんな! だったらリカルドは正しいことをしたのに、一生罪人の烙印(らくいん)を押されて生きるのですか!?」

「いや、その為の我らであり、君たちだろう?」

 この矛盾への回答。それこそ、聖櫃冥府教団せいひつめいふきょうだんの真価が問われる時。

 俺は落ち着きのないシェーレを抑えながら、()えて静観を貫くが――ローブ姿の男から紡がれたのは、恐らく予想され得る史上最悪の答え。


「――だから、取り戻す! 我らの神を守るのだ!」


 男は丈の長い衣の下に隠していた剣を抜き放ち、切っ先を天井へと向ける。


「故に君たちには、間違った世界を正す救済者となって欲しい。我らの血と力を()け、正義の為に!」

「正義の為に!」


 他の連中も、それぞれ手持ちの武器を掲げて声を上げる。限界まで腕を伸ばし、歓喜や興奮、感動の涙を流しながら何度でも、何度でも――。

 そんな彼ら彼女らは、まるで神話の戦士や栄誉ある勇者の様な勇ましさを放っている。(もっと)も、()の外の俺たちからすれば、滑稽(こっけい)極まりない光景ではあるが。


「この……っ!」

「まだ抑えろ。でも……」


 ――これで連中を捕らえる大義名分ができた。


 俺は冷めた瞳で連中を見ながら、内心でそう呟く。

 最早この連中は、意識高い系の迷惑集団などではない。勝手なエゴで国家を乗っ取ろうと目論(もくろ)武装集団(テロリスト)。それが分かっただけでも、ここに来た甲斐(かい)があったと言えるだろう。

 俺たちが成すべきなのは、軍や民衆への注意喚起(ちゅういかんき)と信者拡大の阻止。これで国全体の方針(・・・・・)として、聖冥教団(せいめいきょうだん)明確に(・・・)敵と認定することができる。


 後は隣の荒ぶる小隊長さんを抑えて、この場の全員をどう一網打尽にするかということだけだったが、ここに来て事態が一転した。


「ほ、本当に私たちも戦うのですか!?」

「おや、どうしたんだリーナ?」

「アースガルズに勝った軍に私たちが立ち向かうなんて無理です! 皆だってそうでしょ!?」

「そ、それは……」


 決起集会の様になってきた最中、リーナと呼ばれていた少女が声を上げ、周囲の面々が黙りこくる。しかし反応は真っ二つに分かれていた。

 片割れは言うまでもなく、リーナの言葉で冷静さを取り戻してばつが悪そうにする人々。

 もう片割れは――。


「それに……私はリカルドが戻ってくれば、それでいいのに!」

「いけないねぇ、リーナ」

「え……っ!?」

「恋人への愛……いや、色欲と戦いへの恐怖……そんな煩悩塗(ぼんのうまみ)れな感情で動いていては、救済人(きゅうさいびと)は務まらない。我らの同志としては不適格だ」


 ローブ姿の男が壇上(だんじょう)から降り、一歩ずつゆったりと前に踏み出す。信者たちは大海を裂くように道を開き、そこにはリーナ一人がポツンと残されているのみ。気付けば、そんな信者の(ほとん)どが死んだような眼差しを浮かべて、彼女を取り囲んでいる。


「君には矯正(きょうせい)が必要なようだな」

「え……えっ、そんな私……っ!?」


 真っすぐ(よど)みなく、()き通った眼差しを宿し、ゆらりゆらりと歩み寄っていく。


「これは聖戦なのだ。神の加護を受けた我らは絶対に正しい。何故それが分からんッ!」

「きゃぁ、っ!?」


 そんな不気味さから一転、激昂(げきこう)したローブの男はリーナの顔面目掛けて拳を振り抜いた。

 だが、その拳が彼女を捉えることはない。


「なッ!? 貴様らは……ッ!?」

「これ以上は、傍観(ぼうかん)者でいられません! 静止は聞きませんよ……どちらのも(・・・・・)!」


 シェーレが人波を()じ開けて中央に到達。男の拳を掴み取って防いでいたからだ。


「いや、十分過ぎるほどに我慢させた。手加減をちゃんとするなら好きに暴れてくれて構わない。ただ、そこのローブ男だけは絶対に逃がすなよ」

「もう、この国に来てからこんなのばっかだよ……」


 そして、俺とアイリスも人波を包囲する様に立つ。

 もう少しスマートに事を進めるつもりだったが、こうなってしまっては致し方ないだろう。後は全員昏倒させ、丁重に牢屋まで案内するしかない。そうして戦闘態勢を取る俺たちだったが、直後剣呑(けんのん)な空気が一瞬で四散してしまった。


「貴様ら、我が信徒に紛れて……っ!? 皆、異教徒を排除し……」

「はぁッ!」

「ふごぉ!?」


 何故なら、シェーレが掴んだままの腕をそのまま片手(・・・・・・)で持ち上げ、男ごと豪快にぶん投げてしまったからだ。結果、ローブ姿の男は陥没した床にめり込み、足を直上に突き上げた間抜けな体勢で気絶している。


「――女だからって、()めない方がいいですよ。これでも素手の喧嘩(ステゴロ)では、皇女殿下との組手以外()けたことないですから!」

「ひ、ひぃっ!? 師様ァ!?」

「た、戦うのだ! 我らの正義の為に!」


 団員の間に混乱が広がる。

 開幕早々トップを潰されたのだから無理もないだろう。しかし、密閉空間での戦闘と考えれば、致命的過ぎる隙だ。


「この慌て様……所詮(しょせん)は、神に(すが)らないと生きていけない一般人の集まりってとこか」

「黙れェ!」


 図星を突かれてキレたのか、炎を纏った拳が付き出される。だが、蒼穹の眼光と共に即時鎮火。掌で拳を受け止めると、そのまま男の腹部を蹴り返して烏合の衆を薙ぎ倒す。


「ま、魔法を素手で!? ば、化け物ッ!」

「さて、お前たちを鎮圧させてもらう。抵抗するのは構わないが、骨の二、三本は覚悟して向かって来い」


 先ほどからの通り、反応は真っ二つ。

 交戦派と非戦派。

 恐らくはマインドコントロールの浸食度合いで分かれているのだろう。


 とはいえ、出鼻を(くじ)かれて、完全に分裂してしまっている。これで連中を行動不能にするのは、三人対一〇〇人という言葉尻よりも遥かに容易(たやす)い。


「残念だけど、ここは通行止めだよ」

「ひっ!?」


 それを証明するかのように、非戦派は出口を塞ぐアイリスの前で完全に委縮(いしゅく)しきっている。

 普通なら少女一人に大人数が怯える訳もないが、アイリスの手に生成された魔力の剣がそれを可能としている。聖剣がなくとも、元勇者は伊達じゃない。


「――お前たちは神の加護を受けていて、絶対に正しいんだろう? それならここを切り抜けて脱出できるはずだ」

「ぐ……ぐぅっ! こんなの……!」

「大丈夫だ。口と脳は動かせるように手加減はしておく。ちゃんと証言ができるようにな」

「う、うああああぁぁ――ッッ!!!!」


 戦士ですらない連中との戦いに武器など不要。

 民宿フォッグ地下での戦闘が終了したのは、今の会話から数分後のことだった。

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