第55話 聖櫃冥府教団
俺たちが謎の一団を捕縛してから、既に二週間が経過していた。
この期間で色々と分かったことはあるものの、今の俺たちにそれを調べる余裕があるかは別の話。
何故なら、定期的に街で起こるトラブルに対し、最前線で戦う月華騎士団までもが引っ張り出される事態となっていたからだ。
「貴方たち、何をしているんですか!? 止めなさい!」
「聞いてたのと違って、治安悪すぎなんですけど!?」
シェーレがクリスクォーツの大剣を振り下ろして地面を砕く。市民二人が怯んで取っ組み合いを止め、アイリスが間に入って喧嘩を止めさせる。
「さて、それ以上続けるなら俺たちと牢屋までデートすることになるわけだが……」
「ひ、ひぃ!? あ、悪魔!」
すると、その内の一人が脱兎の如く逃げ去っていく。この程度のトラブルなら、わざわざ捕まえる程じゃないとはいえ、あまりの変わり身の早さだろう。殴り合っていたもう一人の市民すらポカンとした表情を浮かべてしまっている。
「悪魔って……凄い酷い言われようだね」
「あの、その……あまり気にしない方が……」
「こういうのは慣れてる。問題ない」
その流れでもう一人を開放すると、三人仲良く辟易した。
「喧嘩・窃盗・不法侵入、その他諸々……プライベートなトラブルと軽犯罪のオンパレードだな」
「この手のトラブルは何件目?」
「少なくとも両手では収まらない数でしょう。逮捕者もチラホラと出ていますし」
そう、前回の一件に端を発してか、この二週間の中でさっきの様な小さなトラブルや犯罪が勃発していた。結果、街の治安維持なんて専門外である俺たちまでもが、こうしてパトロールさせられているわけだ。
「しかし、“聖櫃冥府教団”か。はた迷惑な連中だ」
「ええ、都市伝説でそんな地下組織がある……などと言われていたようですが、まさかトンデモ集団が姿を現すとは……
「皇族やニヴルヘイムに伝わる神竜を崇め、自分たちも高位な存在へと到達する。そんなことの為にこんなトラブルを起こすなんて……」
この二週間――捕らえた信者から得られた情報は、俺たちが話している通りのこと。
尤も、所詮は末端団員の証言。多くの疑問が残ったままというのは、言うまでもない。
「確かに自分自身で戦って来た俺たちからすれば、神に救いを見出すなんて理解不可能だ。ましてやその教えを大義名分にして、自分たちと意見が違う者を排除しようなんてありえない。でも、こうして団員が増えているのが現実……」
「どうして他国と争おうとしないこの国で、そんな危険な思想が根付いてしまったのでしょうか?」
「どんなに完璧で平和でも、それを快く思わない奴はいる。さっきの地下組織じゃないが、潜在的にこういった集団自体は存在していたんだろう。だが、急速に勢力を拡大した要因は一つしかない」
「人々の心が戦争で不安に晒されたから?」
「多分な……」
「しかし、闘いはニヴルヘイムにとって最良の形で収束しました。元の日常を取り戻したはずです」
「確かに、皆の不安はアースガルズ撃退で解消された。一方、国家壊滅の瀬戸際に晒された恐怖は、一人一人の深層意識へと潜在的に根付いてしまった。戦争に勝ったとはいえ、犠牲者がいなかったわけじゃないし、逆に敵軍を討って心を痛めた者もいたはず」
「安心、救いが欲しい。これからも今の平和が続いていくとは限らない。だから、その不安に付け込まれて……」
「ああ、民衆感情の流れを読み切り、過激思想の地下団体をここまで勢力拡大させた暗躍者がいる。厄介だな」
指導者が前に出て来ず、姿を見せるのはいつでも切り捨てられる末端のみ。つまり根本的な原因の解決は困難を極めるということ。
何より――。
「今は質の悪いチンピラやクレーマーが殆どだが、このまま過激化すれば……」
「テロやクーデターに発展する可能性もあるということですか?」
「可能性はゼロじゃない。少なくとも、犠牲者が出るのは時間の問題だろう」
「実際ヴァンと……多分事故だけど、セラフィーナさんは魔法で撃たれてるわけだしね。これが街中で一斉に起こりでもしたら……」
「このフヴェルゲルミルを中心にニヴルヘイムが空中分解……なんてことにもなりかねない。不戦を唱えた国家が、内戦で滅ぶなんて笑い話にもならないだろうな」
今は取るに足らない問題ではあるが、このまま放っておけば取り返しのつかない事態にもなりかねない。
外的危機を回避したかと思えば、今度は国内問題。一体、何の皮肉なのだろうか。まあ、国の発展・運営は、こうした試行錯誤で成り立っていると言ってしまえばそれまでだが。
とにかく、火種の内に対処すべき重要問題だという認識は一致したはず。だが、俺たちがセラの元へ戻ろうとした時、聖櫃冥府教団の定例集会が開催されるという極秘情報が舞い込んで来た。
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