表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

53/197

第53話 平和の中の狂気

 ニヴルヘイム皇国・アースガルズ帝国間で勃発(ぼっぱつ)した戦争の決着を受け、世界各国が揺らいでいる。

 結果、アースガルズの末路を見た周辺各国は、表向き(・・・)では侵略行為を一時停止。国防を強化し、互いに牽制(けんせい)し合う膠着(こうちゃく)状態となっている。

 侵略戦争に失敗した結果が、偽りの平和とはなんという皮肉だろうか。

 ()にも(かく)にも、世界は一時の落ち着きを見せていた。


「平和だな」

「平和ですね」

「――」


 アースガルズとの戦争に関する事後処理もようやく終結。

 俺はセラと彼女の腕の中に納まっているニーズヘッグを連れ、ニヴルヘイムの街を歩いている。


「街の連中も少しはマシな顔つきになったみたいだな」

「ええ、人の悪意……当面の脅威は去りましたから……」


 街並み自体はこれまで通りだが、そこに住む人々の表情は以前と様変わりしている。勿論、良い方向へ変わったのは言うまでもない。これこそがニヴルヘイムのあるべき姿。国中に(にぎ)わいが戻って来ているということなのだろう。


「――ちょっと二人とも(なご)み過ぎじゃない?」

「そうですね。一応、皇女殿下の視察という名目ですから……」


 そんな俺たちの会話に口を挟んできたのは、同行人のアイリスとコーデリア。前者はジト目、後者は苦笑を浮かべている。


「これまでの激務と死闘を思えば、実質休みのようなものですよ。それにこうして街の様子を見るのも大切な仕事です。大戦の直後は色々と不安定になっているでしょうからね」

「え……でも、皆楽しそうだけど……」

「皆が笑顔を取り戻したことは吉報(きっぽう)です。それでも……」

「少なからず犠牲は出た。誰もが笑っていられるわけじゃない。国を治めるってのは、俺たちが思うよりも大変だという話だ」

「決して(きら)びやかな部分だけではない。権力を持つというのも大変ですね」


 若い男女の会話とするなら随分と物騒だが、これが仕事なのだから仕方ない。というより、このメンバーで流行(はや)りの服や恋愛話をする方が気持ち悪いだろう。

 そうして歩いている俺たち四人と一匹だったが、眼前の人だかりに目を奪われる。


「我々は清廉(せいれん)なる神の(しもべ)なり! さあ、皆立ち上がろうぞ!」

「さあ、皆立ち上がろう!」

「立ち上がろう!」

「神の敵を処刑せよ! (くい)を打ち、首を()ね、正義を執行するのだ!」

(くい)を打て! 首を()ねよ!」


 魔法使いのローブのようなものを身に纏った男の掛け声に合わせて、一部の住民たちが拳を突き上げる。それこそ歌でも歌うかのように、皆で揃えて声を張り上げていた。

 一応、皆で楽しく盛り上がるとなれば、国家復活への良い兆候(ちょうこう)なのかもしれないが、その内容が理解不可能となれば話は別だ。


「おい、セラ。ニヴルヘイムには、こんな趣味の悪い伝統でもあるのか?」

「趣味は人それぞれですが……笑えない冗談ですね」


 当然、呆気に取られる俺たちだったが、突如として人々の叫びが収まった。何事かと思えば、人々の首がグルンと回り、多くの視線がこちらに向けられる。


「おおっ! 聖女様! 神の使徒よ!」

「救国の美神!」

「ありがたや、ありがたや……聖女様と竜神様がおれば、我が国も安泰(あんたい)ですじゃ」

「えぅ!?」


 すると、その場にいた全員が突然膝を付き、セラのことを(おが)み倒し始めた。

 普段なら、聞いたこともないような声を上げたセラを揶揄(からか)うところだが、現状はそんなことすらも許してくれない。


「この目……アースガルズにいた頃の人たちでもこんなに……」

「真っすぐ(よど)みなく、()き通った眼差しですね。不気味なほどに……」


 何故なら、彼らの視線が常軌(じょうき)(いっ)しているから。

 皇族への忠誠心が高い――と思われるのは歓迎すべきだが、流石にこれは異常だろう。セラたちを庇う様に前に出れば、三〇人ほどの男女と相対することとなる。


「――主義主張は人それぞれだが、道のド真ん中で大規模集会は通行の邪魔だ。(ただ)ちに解散しろ」

「な……ッ! 我々の崇高(すうこう)な会合を……っ!」

「他の住民が怯えている。捕まりたくなければ、さっさと散った方がいいと思うが?」

「銀の髪と真紅の瞳……そうか貴様が災厄の使徒だな!?」

「どういう定義かは知らんが、お前たちに言われる筋合いはないな」

「ふざけるな! この国を内から喰い潰そうとする()み子が! 皇女様から離れろ!」


 会話にならない。

 でもセラのファンとしておくには、発言の内容が過激すぎる。

 一方、連中の狂信的過ぎる様子に違和感を覚えた瞬間、俺の影から顔を出したセラが連中と会話を始めていた。


「彼を騎士としたのは私の意志です。その言葉は、この私……セラフィーナ・ニヴルヘイムへの侮辱と受け取るが?」

「せ、聖女様!? い、いや違う! 神の使徒である女神様が、我らを否定するわけがない!」

「貴方たち、一体何を……?」


 だが会話もそこそこに、一人の男が狂乱した。いや、程度の差はあれ、会合に集っていた連中は似たように癇癪(かんしゃく)を起し始める。

 虚ろな瞳、絶望に染まった表情、震える身体。


「ただの錯乱(さくらん)……って、感じじゃないな。これは……」

「う、うわあああぁぁッ!!」


 すると、さっきから先頭に立っていた男がこちらに腕を向け、淡い光を(またた)かせる。光の正体は、最早考えるまでもない。


「この密集地帯で魔法!? ヴァン!」

「分かってる!」


 何かに取り()かれた様な男が放つのは、炎の魔法。

 俺はセラたちを手で制すと、迫り来る火球をこの身で受け止める。衝撃が周囲に広がることはなく、蒼穹の十字が火炎の中で輝いた。


不味(まず)い炎だな。それにしても随分なご挨拶だ」

「ひ、ひっ!? 化け物!?」

「そっちから仕掛(しか)けて来ておいて、全員逃亡か……」


 かつて戦った炎獄魔神に比べれば、こんな炎は蝋燭(ろうそく)以下。対処自体は造作もないが、背中を見せて散らばっていく集団には流石に呆れを隠せない。

 とはいえ、ここにいる連中は、杜撰(ずさん)極まりない敵前逃亡を許すほど甘くはない。


「致し方ありません。ユルグ卿、アールヴ卿!」

「心苦しいですが、了解しました! “エアリアルシュート”!」

「まさか市民に剣を向ける日が来るなんて……これでも元勇者なんだけどなぁ」


 降り注ぐ風の矢。

 アイリスが怯んだ集団の前に回り込む。


「う、くぅ……っ!?」


 前方のアイリス。

 後方からは俺とセラ。

 距離が空けば、コーデリアが狙い撃つ。


 よって王手(チェックメイト)


 こうして突然の騒乱(そうらん)は、早すぎる終幕を迎えた。多くの謎を残して――。

続きが気になる方、更新のモチベーションとなりますので、【評価】と【ブクマ】をどうかお願いします!

下部の星マークで評価できます。

☆☆☆☆☆→★★★★★

こうして頂くと号泣して喜びます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ