第53話 平和の中の狂気
ニヴルヘイム皇国・アースガルズ帝国間で勃発した戦争の決着を受け、世界各国が揺らいでいる。
結果、アースガルズの末路を見た周辺各国は、表向きでは侵略行為を一時停止。国防を強化し、互いに牽制し合う膠着状態となっている。
侵略戦争に失敗した結果が、偽りの平和とはなんという皮肉だろうか。
兎にも角にも、世界は一時の落ち着きを見せていた。
「平和だな」
「平和ですね」
「――」
アースガルズとの戦争に関する事後処理もようやく終結。
俺はセラと彼女の腕の中に納まっているニーズヘッグを連れ、ニヴルヘイムの街を歩いている。
「街の連中も少しはマシな顔つきになったみたいだな」
「ええ、人の悪意……当面の脅威は去りましたから……」
街並み自体はこれまで通りだが、そこに住む人々の表情は以前と様変わりしている。勿論、良い方向へ変わったのは言うまでもない。これこそがニヴルヘイムのあるべき姿。国中に賑わいが戻って来ているということなのだろう。
「――ちょっと二人とも和み過ぎじゃない?」
「そうですね。一応、皇女殿下の視察という名目ですから……」
そんな俺たちの会話に口を挟んできたのは、同行人のアイリスとコーデリア。前者はジト目、後者は苦笑を浮かべている。
「これまでの激務と死闘を思えば、実質休みのようなものですよ。それにこうして街の様子を見るのも大切な仕事です。大戦の直後は色々と不安定になっているでしょうからね」
「え……でも、皆楽しそうだけど……」
「皆が笑顔を取り戻したことは吉報です。それでも……」
「少なからず犠牲は出た。誰もが笑っていられるわけじゃない。国を治めるってのは、俺たちが思うよりも大変だという話だ」
「決して煌びやかな部分だけではない。権力を持つというのも大変ですね」
若い男女の会話とするなら随分と物騒だが、これが仕事なのだから仕方ない。というより、このメンバーで流行りの服や恋愛話をする方が気持ち悪いだろう。
そうして歩いている俺たち四人と一匹だったが、眼前の人だかりに目を奪われる。
「我々は清廉なる神の僕なり! さあ、皆立ち上がろうぞ!」
「さあ、皆立ち上がろう!」
「立ち上がろう!」
「神の敵を処刑せよ! 杭を打ち、首を刎ね、正義を執行するのだ!」
「杭を打て! 首を刎ねよ!」
魔法使いのローブのようなものを身に纏った男の掛け声に合わせて、一部の住民たちが拳を突き上げる。それこそ歌でも歌うかのように、皆で揃えて声を張り上げていた。
一応、皆で楽しく盛り上がるとなれば、国家復活への良い兆候なのかもしれないが、その内容が理解不可能となれば話は別だ。
「おい、セラ。ニヴルヘイムには、こんな趣味の悪い伝統でもあるのか?」
「趣味は人それぞれですが……笑えない冗談ですね」
当然、呆気に取られる俺たちだったが、突如として人々の叫びが収まった。何事かと思えば、人々の首がグルンと回り、多くの視線がこちらに向けられる。
「おおっ! 聖女様! 神の使徒よ!」
「救国の美神!」
「ありがたや、ありがたや……聖女様と竜神様がおれば、我が国も安泰ですじゃ」
「えぅ!?」
すると、その場にいた全員が突然膝を付き、セラのことを拝み倒し始めた。
普段なら、聞いたこともないような声を上げたセラを揶揄うところだが、現状はそんなことすらも許してくれない。
「この目……アースガルズにいた頃の人たちでもこんなに……」
「真っすぐ淀みなく、透き通った眼差しですね。不気味なほどに……」
何故なら、彼らの視線が常軌を逸しているから。
皇族への忠誠心が高い――と思われるのは歓迎すべきだが、流石にこれは異常だろう。セラたちを庇う様に前に出れば、三〇人ほどの男女と相対することとなる。
「――主義主張は人それぞれだが、道のド真ん中で大規模集会は通行の邪魔だ。直ちに解散しろ」
「な……ッ! 我々の崇高な会合を……っ!」
「他の住民が怯えている。捕まりたくなければ、さっさと散った方がいいと思うが?」
「銀の髪と真紅の瞳……そうか貴様が災厄の使徒だな!?」
「どういう定義かは知らんが、お前たちに言われる筋合いはないな」
「ふざけるな! この国を内から喰い潰そうとする忌み子が! 皇女様から離れろ!」
会話にならない。
でもセラのファンとしておくには、発言の内容が過激すぎる。
一方、連中の狂信的過ぎる様子に違和感を覚えた瞬間、俺の影から顔を出したセラが連中と会話を始めていた。
「彼を騎士としたのは私の意志です。その言葉は、この私……セラフィーナ・ニヴルヘイムへの侮辱と受け取るが?」
「せ、聖女様!? い、いや違う! 神の使徒である女神様が、我らを否定するわけがない!」
「貴方たち、一体何を……?」
だが会話もそこそこに、一人の男が狂乱した。いや、程度の差はあれ、会合に集っていた連中は似たように癇癪を起し始める。
虚ろな瞳、絶望に染まった表情、震える身体。
「ただの錯乱……って、感じじゃないな。これは……」
「う、うわあああぁぁッ!!」
すると、さっきから先頭に立っていた男がこちらに腕を向け、淡い光を瞬かせる。光の正体は、最早考えるまでもない。
「この密集地帯で魔法!? ヴァン!」
「分かってる!」
何かに取り憑かれた様な男が放つのは、炎の魔法。
俺はセラたちを手で制すと、迫り来る火球をこの身で受け止める。衝撃が周囲に広がることはなく、蒼穹の十字が火炎の中で輝いた。
「不味い炎だな。それにしても随分なご挨拶だ」
「ひ、ひっ!? 化け物!?」
「そっちから仕掛けて来ておいて、全員逃亡か……」
かつて戦った炎獄魔神に比べれば、こんな炎は蝋燭以下。対処自体は造作もないが、背中を見せて散らばっていく集団には流石に呆れを隠せない。
とはいえ、ここにいる連中は、杜撰極まりない敵前逃亡を許すほど甘くはない。
「致し方ありません。ユルグ卿、アールヴ卿!」
「心苦しいですが、了解しました! “エアリアルシュート”!」
「まさか市民に剣を向ける日が来るなんて……これでも元勇者なんだけどなぁ」
降り注ぐ風の矢。
アイリスが怯んだ集団の前に回り込む。
「う、くぅ……っ!?」
前方のアイリス。
後方からは俺とセラ。
距離が空けば、コーデリアが狙い撃つ。
よって王手。
こうして突然の騒乱は、早すぎる終幕を迎えた。多くの謎を残して――。
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