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第51話 それぞれの在るべき場所

「あ、あの……」

「勇者様……」


 未だ事態が把握できていないであろうアイリス。

 ばつが悪そうに視線を逸らすアースガルズ軍。

 両者の話し合いが始まった。


()皇帝の暴走を止められなかったのは我らの責任です。このアウズン、知らぬことなどと言い訳をするつもりはありません。申し訳ありませんでした」

「……っ!」

「ご自身の進退については、お好きに決めていただいて構いません。療養中のご家族についても同様、我らにはこの程度のことしか出来ませぬ」


 フィン・アウズンを始め、残された高官連中は手をついてアイリスに詫びる。

 まあ、アースガルズがアイリスにしたことを思えば、謝って済む話ではないのだが――。


 そうして重苦しい空気が場を包む中――セラは予想外の提案をぶち上げた。


「そのままアースガルズに残るのもいいでしょう。旅に出るとて選択肢の一つ。それに亡命するというなら我がニヴルヘイムで身柄を受け入れてもいい。勿論、そちらの国でのような特別待遇は期待しないで貰わなければなりませんが」

「え、私を……!?」

「これも一つの提案……決めるのは貴女です」

「私が決める……」


 アイリスの不安げな眼差しが、こちらを向く。

 離れた期間で言えば、僅か半年足らず。でも、随分と久しぶりにアイリスと相対した気がした。


「――すまなかった。諸悪の根源である俺が離れることでお前を守ったつもりが、かえって追い詰めてしまったのかもしれない」

「ううん、あの時……ヴァンが黙って追放されることを選んでくれなかったら、私は真実と責任の狭間(はざま)で押し潰されてた。もしかしたらアースガルズに剣を向けてたかもしれないし……あの場でヴァンが皇帝を倒したりしていたら、母さんの治療もままならなくなってたかもしれない。守ってもらうばっかりで、何もできなかったのは私の方……」

「どうして、あの夜のことを?」

「さっき、セラフィーナさんに少しだけ聞いたんだ。最後の夜に何があったのかを……」

「そうか……」

「やっぱりヴァン一人なら、今みたいに一人で生きていける。それなのに私はずっと寄りかかって、支えてもらってた。それなのに、私たちの為に国を追い出されて……さっきだって敵として倒せばいいのに守ろうとしてくれてた。だから、今度は私が力になりたい。まだまだ半人前で、色んな人に迷惑をかけちゃうかもだけど……!」


 アイリスの眼差しは鋭い。

 それはさっきまでの感情を感じさせぬ眼差しとは程遠く、俺の知っているアイリスの瞳にはない力強さを放っていた。


「いいのか? 故郷を捨てて、敵国に来ることになるんだぞ」

「うん、それに理由はもう一つあるんだ」


 有無を言わせぬ眼差し。

 今度はその眼差しがフィンへと向けられる。


「その……全部の責任が貴方たちに無いっていうのは分かってますし、勇者として戦うと決めた以上は多少の理不尽は仕方ないって思ってました。でも、今までのこともあってアースガルズを信用できない……というのが本音です。できることなら離れたいと思っています」

「こちらとしては、申し開きのしようもない。ご家族については?」

「一度話してみますが、移動の準備をお願いします」


 アールヴ家の進退を決める会話が淡々かつスムーズに進む。以前までのアイリスなら、一度持ち帰って家族と話してから結論を出していたはずなのに――。


 そして最後、アイリスの眼差しがセラへと向く。


「――って、話なんですけど……」

「ええ、先の通りで構いません。貴女の身元は確かなようですしね。それに我が国の医療技術は、他国にも遅れを取っていないと自負しています。これまでの資料(データ)と合わせれば、ご家族の治療も可能でしょう」

「そう、ですか……。ありがとう」


 微笑み合う二人の少女。

 新皇帝や俺の父親が(ガン)だったのかは知らないが、最大戦力であるアイリスの国外流出を止める者は現れない。いや、フィンがこう言った以上、誰も止められないというべきか。


 本人の意思を無視して、アイリスを軍事利用しようとしたこと。

 それを成す為に俺を無実の罪で国外追放し、国家ぐるみで隠匿(いんぺい)したこと。

 更にはアイリスを洗脳し、望まぬ侵略戦争に無理やり引きずり出した挙句、最後には家族を人質にしてまで戦闘を強要したこと。


 何よりこれまで歯を食いしばり、身を粉にしてモンスターと戦って来たアイリスの数少ない我儘(わがまま)ともなれば、口を出せる者など誰もいない。


 千差万別の反応ながら、これで戦いは終わった。そう思っていると、左腕全体に暴力的な感触が広がる。


「礼など不要です。まあ、賑やかになって楽しそうですから……色々(・・)と」

「おい……!?」

「はァ!?」


 突如セラが絡みついて来たかと思えば、豊満すぎる胸に腕を取られていた。いや、左右から圧し潰される様に挟み込まれていたという方が正しいか。振り払おうとしてもガッチリ捉えられているどころか、更に危ない感触が強まってしまう。


「へ、へぇ……随分、仲が良いんですね?」

「ええ、色々と契りを交わした仲ですから」


 確かにセラの言い分(・・・)は間違っていない。

 でもその言い方(・・・)は、大いに誤解を招くような気が――。


「ヴ、ヴァンも暑苦しく思ってるよ。早く離れた方がいいんじゃないかな?」

「そうですか? 貴女は……少し寂しそうですしね」

「は、はァ!? は、はぁッ!? 並以上にはありますけどォ!?」

「ですが、大は小を兼ねるともいいます。特上を味わってしまえば、物足りなくなってしまうと思いますが?」


 妖艶な笑みを浮かべるセラに対し、アイリスはこれでもかと頬を引きつらせている。

 何故か二人の間で火花が散っている気もするが、今はアイリスの知らない表情を目の当たりにしたのと、セラの感触から気を反らすので精一杯。何より、変に突いて墓穴を掘るのは御免被(ごめんこう)る。


「■■……」

「……っ!?」


 そうして軽く現実逃避していると、先ほどから物珍しそうに周囲を見回していた皇獣が首を倒して近づいて来た。周りの連中が一様に表情を強張らせる。

 どんな経緯(いきさつ)で眠っていたのかは知らないが、皇獣からすればアースガルズの所業(しょぎょう)は許せるものじゃないはず。それに“失われた魔法術式(ロストソーサリー)”が解除されたとしても、俺たちと敵対していた事実は変わらない。


 大戦が終わって気が抜け始めた直後にもう一戦ともなれば、困惑と怯えも当然だろう。皇獣の強さを目の当たりにしているのだから尚更だ。

 しかし巨大な体躯は光に包まれ、その中から一つの影が飛び出して来る。


「どうした……って、はい?」

「あら? これは……?」


 小さな影(・・・・)が降り立ったのは、セラに密着されている俺の左肩。つまりは肩乗り小動物ほどの大きさに変化した皇獣が、俺たちの間に収まるよう我が物顔で鎮座しているわけだ。

 これには無表情(ポーカーフェイス)定評(ていひょう)がある俺とセラも驚きを禁じ得ない。


「えっと、低燃費モードってことか? 久々に暴れて疲れたから?」


 皇獣がコクコクと首を縦に振る。回数は二回。どうやら意思の疎通(そつう)は可能らしい。

 しかし、さっきまで世界を滅ぼさんばかりに暴れ回っていたとは思えない愛らしさだ。


「俺たちのことを認めてくれたのか?」


 皇獣はもう一度、首を縦に振った。


「なら、お前はどうする? 元々いたアースガルズに戻るのか? それともこのまま自然に(かえ)るのか?」


 ここに来て二度首を横に振る。


「……それなら、俺と一緒に来るってことか?」


 皇獣はコクっと頷くと、小さくなった掌で俺の肩を一度叩く。了承、ということなのだろうか。あまりに予想外ではあるものの、俺の方も断る理由はない。

 いや、本当のことを言うなら危険すぎる皇獣を受け入れるべきではないのだろう。とはいえ、このまま放置して後からニヴルヘイムで暴れられる方が確実に(まず)い。


「なるほど……私としても歓迎しますが、それでしたら寝床が必要になりますね。そうだ、私と一緒に寝ましょう! ヴァンと一緒で三人もいいですよ」

「ダメです! ああ、でも私もちょっとモフモフしたいんだけど……」


 何より、トップのセラどころか、アイリスを含めた女性陣が既にウエルカム状態なのだから断れるわけもない。

 だが、そんなやり取りで緊張感が緩和(かんわ)され始めた中、アースガルズ側の上役の列に並んでいる若い男が、これ以上は(こら)え切れないとばかりに声を上げる。


「皇獣は我が国に伝わる護り神ですよ! そんな勝手が……!」

「控えろ、グランツ隊長!」

「いいえ、言わせていただきます! 皇獣の進退は停戦協定とは関係ありません! せめて、本国のフェイ宰相(さいしょう)と話し合ってから……」

「いい加減にしろ! これ以上、恥を晒すんじゃない!」


 グランツと呼ばれていた男の言葉に対して、すかさずフィンが振り返って怒号を上げる。


「ですが、それは皇帝陛下の独断であって、我らには関係ありません! そもそも勇者様のことだって、戦功(せんこう)を焦った開戦派が暴走したのが原因なんだ! 民衆を思うなら、残ってもらうべきではないのですかッ!?」

「――お前がどんな身分なのかは知らんが、最低の言い分だ。反吐が出るな」

「な、何ィ!? 貴様ァ!」


 アースガルズ側の話に思わず口を出してしまった。でも後悔はない。


「確かに皇帝やバカ親父の行動は、許せるものじゃない。でも、あの連中も前線に立つなり、自分の手を汚すなり、最低限の責任は負っていた。自分には関係ない、自分だけは悪くない……そうやって周りに責任転嫁した挙句、自分は善人ぶって甘い汁だけを吸う……お前の方がよっぽど(たち)が悪いと思うが?」

「な、何を……っ!」

「アイリスは国にとって、都合のいい道具じゃない。皇獣もお前たちの所有物じゃない。他人の進むべき道を強制する権利なんて誰にもないんだ。勿論、かつてその国を追われた俺やニヴルヘイムの人々に対しても……」

「ぐ……ぐぎぅっ!!」


 この男は後出しじゃんけんのように結果論を得意げに語り、自己保身の為に他者に責任を擦り付けているだけ。

 人間の醜い部分を凝縮(ぎょうしゅく)したような最低の理論。そんな押し付けなど、何があっても許容するわけにはいかない。故に怒り狂うグランツを理論武装で叩きのめしていく。


「――全ては彼の言う通りなのだろう。開戦派の暴走を止められなかった。それも……いや、それこそが我らの罪。故に責任は負わなければならない。退()け、グランツ」

「そんな!? 私はアースガルズのことを思って……な、なんだ貴様ら、その眼は? そんな目でこの私を見るなァ!!」


 気付けば、フィンや他の兵士たちもグランツに冷たい眼差しを向けている。すると、程なくして発狂。ぐうの音も出ないとばかりに肩を震わせて後列に下がった。

 再建途中の組織が一枚岩であるわけがない。でもフィンたちがいる限り、約束が反故(ほご)にされることはないだろうし、残った反乱因子はグランツの様な小物ばかり。もうアースガルズが、むやみやたらに侵略の手を伸ばすことはないだろう。


 そして、最後――フィンの視線が俺を射抜く。


「それとヴァン・ユグドラシル、君の国家反逆罪については完全に冤罪(えんざい)だ。国家追放の刑についても同様。聞くまでもないと思うが……我が国に戻る気はないか?」

「勿論、あるわけがない。今の俺は、ニヴルヘイム皇国のヴァン・ユグドラシルだからな」


 答えは一つ。

 俺は隣で皇獣を抱きしめながら、こちらを見つめるセラを一瞥(いちべつ)すると、自らの行く道を宣言する。


 こうしてニヴルヘイム皇国、アースガルズ帝国間で勃発(ぼっぱつ)した戦争は終結を迎えた。

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