第50話 戦争終結
大観衆が見上げる空――アレクサンドリアンは跡形もなく吹き飛んだ。
故にアースガルズの兵士も、次々と武器を取り落としていく。当初の予定とは大分違うが、勝敗は決したと言えるだろう。
だが、それはそれとして――俺個人は現在進行形でとんでもない問題に直面していた。
「――って、感傷に浸ってる場合じゃないか。このままじゃ人に見せられない姿へ一直線だ」
そう、何故なら、今の俺は頭を下に地面へと急降下しているからだ。
先ほどからの通り、俺の飛翔能力は“叛逆眼”の副産物でしかなく、お世辞にも燃費が良いわけじゃない。そんな中、攻撃に全リソースを割いてしまった為、魔力を使い果たして空中に投げ出されているわけだ。
このまま地面に突撃するのは絶対に避けなければならないが、生憎と手近に喰える魔力源が無い。どうにか周囲の空間から魔力を搔き集め、再び黒翼を生成しようと試みるが――突如として出現した優麗な白い背中に受け止められる。
「お前……」
それは言うまでもなく、皇獣の大きな背中。
“失われた魔法術式”の軛から解放された真の姿。
美しく、雄々しく、力強い。
先ほどまでとは、また別の異彩を放っている。
「……」
すると、何かを訴えかけて来るかのように蒼眼が向けられる。
それはさっきまで触れられるのを拒絶していたとは思えない行動だろう。かく言う俺も、皇獣の行動に驚きを隠し切れないでいた。
「――このまま降ろしてくれるのか? 意外と律儀な奴だな」
借りを返そうとしているつもりなのか。
それとも別の意図があっての行動なのか。
少なくとも皇族による支配からの脱却と、皇獣との和解はイコールじゃない。
正直俺としては、もう一戦覚悟していた。
だが巨大な背に揺られながら、人々が待つ大地へと一直線に向かって行くのみ。それ以上の動きは何もない。
「……」
雄大な翼をはためかせての空中散歩。
ゆっくりと降下して行く様は、まるで自分が御伽噺の勇者にでもなったかのような気分を味合わせてくれた。
皇獣が何を思っているのかは分からないが、少なくとも敵意は感じない。そうでなければ、“叛逆眼”保有者の俺に、自分の身体なんぞを触らせるわけがないからだ。
であれば、伝える言葉は一つしかない。
「ありがとう」
皇獣の背中を一撫ですると、随分と近くなった地面目掛けて背から飛び降りる。そして、着地。久々に自分の足で大地を踏みしめられた瞬間だった。
そんな常識外れの光景に誰もが呆ける中、こちらに向かって来る影が一つ。
「ヴァン! 無事ですね!?」
「ああ、問題ない」
それは、セラフィーナ・ニヴルヘイム。珍しく焦った様子で駆け寄って来る。あと、微妙に距離が近い。
「そう……どうやら、気遣いは必要なかったようですね」
「いや、気持ちは有り難く受け取っておくよ。実際、一人でも何とか戻って来れたとは思うけど、無傷ではなかっただろうしな」
大規模の空中戦、皇獣の存在、アレクサンドリアンの最期――両軍とも自分の手が届かない常識外れな戦闘を呆然と見上げていた。
だがそんな状況下にあっても、セラだけは降下している俺に斬撃を打ち込むべく聖剣を振り上げていた。本来ありえない味方への攻撃ではあるが、俺に関しては話が別。
つまりは空中で行う魔力吸収用の媒介。俺が戻って来られる様に機転を利かせてくれたということだ。
良い意味で不発だったとはいえ、少しばかり気恥ずかしくなってしまうのは、致し方ないだろう。多分――。
「なら、後でご褒美でもいただきましょうか」
「ご褒美? なんぞ、それは?」
「秘密です。私からも上げますから、楽しみにしておいてください」
頭に疑問符を浮かべる俺と笑顔を見せるセラ。
そんな風に戦場に似つかわしくない会話を繰り広げていると、正気に戻った各陣営のトップが周りに集い、どこか居心地悪そうに佇んでいる。
とりあえず、ニタニタ笑みを浮かべている第七小隊の女子二人は後でぶん殴ると心に誓った瞬間だった。
「――さて、本題に入りましょう。まずニヴルヘイム皇国としては、これ以上の戦闘行為を望みません。直ちに停戦に合意願いたいのですが?」
「ええ、アースガルズ帝国としても依存はありません。尤も宣戦布告も無しに進軍した我らには、こんなことを言う資格などないのかもしれませんが……」
皇獣との戦闘により、皇帝と俺の父を含めた大多数の高官が死に絶えてしまった。よって、フィン・アウズンと名乗った先の男性が、暫定トップとしてセラの言葉に答える。
「そうですね。こちらとて犠牲者が出なかったわけではありません。多くのものを不条理に奪われました。ですから、貴国には然るべき責と罰を負っていただくつもりではいますが……それは徹底抗戦を唱え、戦乱を拡大させることには繋がらない」
「皇女殿下……」
「私情と欲望に溺れて刃の収めどころを見失えば、かの皇帝と同じ過ちを繰り返すことになります。出来ることならば、我々はこれ以上血を流したくはない。後は戦場ではなく、対話の卓にて結論を出しましょう。合意、願えますね?」
「はい、そのお心遣いに感謝を……!」
両陣営のトップが互いに停戦に合意。
こうして、この戦域における全ての戦闘行為が終結した。
「良いのか? これで?」
「良いも悪いもありません。私が殴り飛ばすはずだった相手は、ヴァンが刺し貫いてしまいました。それに消耗戦になれば、我が国の将兵も傷ついてしまいますから」
セラの判断は為政者として、これ以上ないほど正しいもの。
しかし、この大戦に関わった者の中で最も負担を強いられたのは、将兵や民草の死に胸を痛めていたのは、紛れもなくセラだろう。
敵集団の中に斬撃の一発や二発ぶち込むなり、残された上役何人かに首を差し出せと言っても、誰も文句は言えない。
それでもセラは皇女と戦士、双方の誇りを穢すことなく優麗と佇んでいる。自らに課された責任を放棄することなく、為政者で在り続けた。
なら俺は護らなければならない存在を、本当の意味で護れたということ。
「何より貴方が居るなら、私はそれでいいですから」
「――相変わらず重たい女だ」
「今頃気が付きましたか? もう逃がしませんけど」
そして、全てを失ったはずの俺が必要とされる日常は此処に在る。
少々擽ったい気分だが、今はそれでいい。
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