第48話 失われた魔法術式《ロストソーサリー》
「■、■■■――!!」
皇獣が咆哮する。
「……大地が、空が震えている。とんだ隠し玉を残していたというところか」
「はッ! 後悔しても、もう遅い! 全てを破壊し尽くしてしまえ!!」
これまでに感じたことのない戦慄によって、全身を貫かれる。
それは世界自体が震えているかと錯覚させられるような、凄まじいまでの威圧感。
「ゆけぇ! その爪と牙で奴を斬り裂け!」
「――■■、■!!」
怒り狂った皇獣は白灼を撒き散らしながら、戦場を地獄と変えんばかりに宙を舞う。
このまま、誰の手も届かない空中から攻撃を打ち込まれているだけで両軍全滅は必至だろう。まかり間違っても、奴を神などと認めるつもりはないが――皇獣の背に乗るアレクサンドリアンの言うこともあながち間違いではない。
「もう少し高度を落して貰わなくては、こちらの攻撃は真価を発揮しない」
「それにあんな速さで飛び回られちゃってたら、大きいのだって撃てないよ!」
高官たちは怪我人の治療と一般兵士への停戦命令。
セラとアイリスは地上から斬撃を放ち、皇獣の攻撃を迎撃することで防波堤の役割を果たしてくれている。だが決定打とはなり得ない。
「アハハハハッ! どうだ!? どうだ!? 揃いも揃って防戦一方じゃないか!」
アレクサンドリアンは必死に地を駆けて抗う人々を見下ろし、これでもかと言わんばかりに高笑い。天から雷を落す神――裁定者とでも言うべきか。
まあ実際のところ、皇獣の背中にしがみ付いているアレクサンドリアンは、何の役にも立っていないわけだが――。
「ジリ貧か……。でも、このまま手を拱いていれば、いずれ押し切られるのはこちら側……」
とはいえ、現状が芳しいとは言い難い。
理由はセラとアイリスが吐露した通り。
その上で翼を持つ皇獣に対し、こちらの空中戦力は俺だけ。
しかも俺の黒翼は、余剰魔力を翼の形状で固定して推進力にしているだけ。あくまでも短期間かつ、限定的な範囲での飛行ユニットでしかない。つまりあの巨体で好き勝手に広範囲を飛び回られたら、カバーできない範囲が出て来てしまうわけだ。
今はその撃ち漏らしをセラたちが迎撃してくれているわけだが、それも無限じゃない。流石にあの巨体を誇る化け物と、正面から体力比べをしても勝ち目は薄い。
何より、守る戦いは攻める戦いよりも遥かに難易度が高いし、体力も消費する。
こちらから攻勢に出られていない以上、そう遠くない未来に決着は付く。無論、最悪の形で――。
「持久戦とは……自称神様の割には、随分とセコい闘い方だ」
「うるさい! 皇獣よ! さっさと奴を引き裂け、握り潰せ!」
「――■■……■■■!!」
視界全てを白灼が覆い尽くす。
蒼穹の十字架と共にその大部分を吸収し、黒翼の機動力へと還元するが――。
「今のは……いや、さっきからか……」
「蹂躙しろ! 全身を斬り刻んで苦しみながら殺せぇ!」
灼熱の嵐が降り注ぐ。
俺を斬り裂かなければいけないのに皇獣は一向に接近してこない。
それは“叛逆眼”の能力を知っているかのような立ち回り。まるで接近時のカウンターにより、俺に直接身体を破壊されないように攻撃の機会を窺っているのではないかとすら思わされてしまう。
「この違和感……どうして皇獣は、あれほどまでに怒り狂っている? どうして操者の指示と行動が一致しない?」
アレクサンドリアンの指示は、雑音でしかないのかもしれない。
何故なら距離を取って立ち回ろうとしている皇獣に対して、執拗に接近戦を仕掛けさせようとしているのだから――。
「指示と行動のタイムラグ、差異……御しきれていない。強制力のある命令に抗っているのか?」
連中を一言で表すのなら、明らかに連携が取れていない。
根本的な所からして、いくら皇族の血が使役条件なのだとしても、操者と僕の力量差が天と地ほど隔たっていながら、主従関係など成立するものなのだろうか。
「フハハハハハッッ!! 奴をどんどん追い込んでいけ!」
「一つの肉体を皇獣本体と奴が同時に操ろうとしている。実際、僕と呼べるほど御しきれていないわけか……」
皇獣はかつての聖剣の勇者が従え、懇意にしていた当時の皇女に託した存在。アースガルズにいた頃、御伽噺の中で読んだことがある。
そもそも皇獣が仕えたのは、当時の勇者と皇女であり、全てのアースガルズ皇族に対してではないのかもしれない。
その存在を封じられたのも、皇族や王家を護る為ではないのだとしたら――。
ならば、何が皇獣を突き動かす。
怒りの源は――。
「まさか、これも“失われた魔法術式”。それも特大に強力な暗示……いや、洗脳ということか……!」
皇獣の首元で輝く真紅の宝玉を模した装飾が陽の光を反射して輝いた。
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