第44話 勇者との再会
「この出力……!? まさか……」
聖剣と魔剣が鍔是り合う。
金混じりの膨大な光を纏った斬撃は凄まじい破壊力を秘めており、並みの魔獣や兵士とは文字通り桁が違うと言わざるを得ない。
このままでは分が悪いと、“叛逆眼”を用いて余剰魔力を吸収。蒼穹の眼光が煌めき、膨大な魔力を割断する。そして、金色のヴェールの向こう側にいる聖剣の担い手を白日の下に晒した。
亜麻色の長髪。
見覚えのある鎧姿の少女。
「アイリス……か」
「――」
それはアースガルズの勇者――アイリス・アールヴに他ならない。
ただ聖剣――“プルトガング”を手に佇むアイリスは、俺の記憶にある彼女とは決定的に何かが違っていた。
「ヴァン!」
「問題ない。でも、これは……」
俺とセラを見つめる生気の無い瞳。
まるで消えてしまいそうな希薄な存在感。
「フハハハハハッ! どうだ? 私のアイリスは!?」
「貴様……」
「切り札は最後まで残しておくものだ! どうやら私の方が上手だったようだなァ!」
馬鹿笑いする皇帝はどうでもいい。
問題は奴がアイリスに何をしたのかということだ。
「外傷無し、魔力の流れも異常無し。そして、アイリス自身の意思が全く感じられない。まるで生きた人形……」
「ふん、理想の勇者となる様、本国に残して来た我が宰相が少しばかり処置をしただけさ。アースガルズに伝わる“失われた魔法術式”を使ってなァ!」
“失われた魔法術式”――それは各国で独自に繁栄した魔法形態の源流。有り体に言えば、その国オリジナル魔法術式の最高峰。故に各国は魔法に精通した者の国外流出を極端に嫌うわけだ。
「“失われた魔法術式”……これは暗示? いや、ブレインウォッシュ……洗脳か!」
「ククッ! そうとも! 今のアイリスは、アースガルズを守護するという使命を背負った自動人形にも等しい! アースガルズの……我らが求めた真の勇者へと昇華したのだ!!」
「腐っている……!」
「何とでも言うがいい。余の辞書に失敗という文字はないのだからなァ! 尤も性格の方は、少しばかりエッジが効き過ぎるようになってしまったがね。おかげで余を含め、味方だろうが近づく者は聖剣の餌食になってしまう。アイリスと触れ合うどころか、意思の疎通も図れぬというのは少々計算外だったが……今は些末な問題だろう?」
俺の存在がアースガルズ側にどんな風に伝わっているのかは分からないが、少なくともアイリスは、こんな侵略戦争に加担しようとはしないはずだ。何故なら、アイリスの剣は誰かを護る為のモノ。よしんば同調圧力で強制的に参加させられたとしても、本来の力を発揮できるわけがない。
「こうなれば、その小娘はどうでもいい! 聖剣は後で回収すればいいのだからなァ! さあ、アイリス! 全ての敵を殲滅せよ!」
「――」
「フハハハハハ――ッッ!!」
だからこその洗脳。
それも“失われた魔法術式”となれば、強力に作用する魔法であり、戦略級の最高戦力を意のままに操る唯一の術。
ただし、アイリスの意思を捻じ曲げて、無理やり従わせる史上最悪の――。
「……大した皇帝陛下殿だ。自分が三流であることにすら気づかずに馬鹿笑いとはな」
「フハハハ……ハ、ハ……な、何ィ!?」
「成金主義で腑抜けきった兵士と責任を擦り付け合う高官共。その挙句、頼みの綱の勇者は洗脳しなければ従わない。実に素晴らしい執政だ。反吐が出る」
「き、貴様ッ!」
「時代が時代なら名君になれただろうが哀れだな。乱世の英雄としては、ド三流もいいところとは……」
「貴様ァ! やれェ! アイリス!」
「――」
アイリスが疾駆する。聖剣が煌めく。
普通の相手ならこれで全てひっくり返せるかもしれないが、アレクサンドリアンは致命的な失策を犯している。
それは聖剣の勇者を過大評価し過ぎているということ。
「逆上して突っ込んでくるか……でも!」
確かに聖剣の勇者は、他の追随を許さない力を誇っている。しかし、アイリスは神でもなければ最強無敵でもない。所詮は人間の延長線上でしかないということだ。
つまり同等以上の力で、その進軍を食い止めることは可能。
俺がアイリスを抑えれば、セラは完全フリーで行動できる。後は敵の大軍が体勢を立て直すまでに、皇帝以下数名の身柄を抑えれば――と思って蒼穹の眼光を放てば、隣から蒼銀の影が躍り出て、聖剣同士が火花を散らした。
「ヴァン、此処は私が!」
「……セラ!?」
二振りの聖剣が鍔是り合う。
刀身から漏れ出た蒼銀と黄金の光が天を彩る。
「貴方には、決着を付けなければならない相手がいるようだ。行って下さい」
「だが、攻撃を無力化できる俺が残る方が……」
「いえ、今だけはヴァンに宿った災厄の力が救いとなり得る。貴方も分かっているはずだ」
銀と金の光が剣閃となって交錯する。
「術者……というより、敵皇帝の持つ魔法具を破壊すれば、この少女にかかった洗脳は解ける。そして、貴方の“叛逆眼”であれば、因果も特殊防御も断ち切って、問答無用で喰らい尽くせるはず……憂いがあるとすれば、この私……」
そう、狙い撃つとすれば、アレクサンドリアンの手元で光っている趣味の悪いブレスレット。そんなことは分かっている。
だがアイリスとの関係は俺の感傷であって、セラには関係ない。殺す戦いならともかく、自分も相手も死なない戦いを強いるなど、余りにも危険で不合理すぎる。
だが――。
「敢えて言いましょう。私を嘗めるな――と。貴方の女は戦場で臆するほどか弱くはない」
琥珀色の双眸が俺を射抜く。
その鋭い眼差しに宿るのは、確固たる意志。
セラの覚悟。
「――ッ!」
そんな時、突如としてアイリスの攻撃の手が強まる。人形の様だった顔に、一瞬表情が戻ったような気がした。まだアイリスの心は死んでいない。
「だから、行ってください。今は貴方の闘いを……」
剣閃が煌めく。
蒼銀の刃が黄金の波を斬り裂き、セラが躍動。白く長い脚が鞭のようにしなり、アイリスの頭部を激しく揺らす。
殺さず、死なず――聖剣保持者相手に、そんな無茶を最後まで貫くと言い張っているも同じ。
なら、俺は――。
「分かった。すぐに戻って来る」
「ええ、また……」
俺はセラにこの場を託し、最後の敵へと疾駆する。
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