第43話 親と子
「実の子供……親?」
敵軍高官と睨み合う最中、俺の腕の中にちょこんとおさまっていたセラが怪訝そうな表情を浮かべながら言葉を零す。
「奴がアースガルズ軍高官にして、俺の実親だった人間。それとユリオンにとっては身元引取人ってとこか」
「なるほど、この男が……」
セラを地面に降ろしながら、その疑問に対して手早く答えた。
「アイツ……だと? テメェ、ユリオンのことを知ってるのか!? 俺の子供は無事なのかって聞いてるんだ!?」
「心配しなくても、三食屋根付きの新生活を満喫しているさ。ただし、牢獄の中だけどな」
「牢獄……だとォ!? ユリオンに何しやがった!?」
「何をしたと言われても、一方的に仕掛けて来たのは奴の方だ。まあ、諸事情で全身骨折したり、自称婚約者と仲違いしたりと色々あったようだが、俺には関係ない」
「テメェ、どうしてユリオンを助けようとしねぇ!? アイツがそんな扱いを受けてるってなら、助けるのが道理だろうがよォ!」
顔を真っ赤にして喚き散らす父親を前に、わざとらしく肩を竦める。
「だって、アレを牢獄にぶち込んだのは俺だからな」
「は……ぁ!? テメェ!」
「だから、原因はユリオンだって……。こっちは新生活を始めようとしてたのに、アイツが一方的に突っ掛かって来て勝手に自爆しただけだ」
「ふざけんな! そんなもん関係ねぇ! テメェは俺たち家族の為に罪を償え!」
「罪……? というか、話の腰を無理矢理へし折って都合よく解釈するのは、アンタ譲りか……」
「うるせぇ! 出来損ないのテメェは、生きる価値もねぇゴミ虫だ! だったら、俺たちの為に生きて、その為だけに死ね! テメェには、そんくらいしか出来ねぇだろうが!」
「はぁ……それで?」
「だから、ちっとでも銭になる様に売り飛ばしてやったんだ! まあ、俺に似て顔だけは一級品だ。使い道はいくらでもあっただろうしなァ!!」
父親は激昂。暴君もかくやという、トンデモ理論を振りかざして来る。
だが現状においては、最悪手でしかないはずだ。それを証明する様に、奴の表情が凍り付くこととなった。
「本性出てるけど大丈夫か? というか、周りを見たらどうだ?」
「はっ!? ゴミ虫の指図なんか……っ!?」
気づけば、周囲からの視線は俺たち二人に注がれている。
一番強烈なのは、セラが向ける絶対零度の眼差し。ゴミを見るかのような――というのが、これほど相応しい表現もない。尤もセラの場合は、更に凶悪だが。
その上、冷たい目を向けているのは、奴からすれば敵であるセラだけではなく――。
「な、なんだ……!? なんなんだ、お前ら!?」
家族が捕虜にされたことに動揺するのは当然だが、戦闘中でありながら我が子大事を前面に押し出すのは、正しく軍の私物化。敵軍を含めて、命を賭けて戦っている将兵全てに対する侮辱に他ならない。
極めつけが、筋骨隆々な大男が年若い少年を一方的に詰る様は、周囲から見て一体どういう風に映っていたか。
俺への仕打ちを公然で暴露したら、周囲からはどんな風に映るのか。
「そんな目で俺を見るなぁァァ!!」
つまり父親が子供の存在を全否定して喚き散らす様は、本来味方であるはずの敵軍兵士までもが軽蔑の視線送るまでに醜い光景だったということ。この父親が、どこまで上り詰めて何をしているのかは分からないが、少なくとも周囲からの信頼は全て失ってしまったのだろう。
揺さぶりをかける為、敢えて煽ったつもりではあったが、ここまでの事態になるとは流石に想定外だった。
恐慌に包まれるアースガルズの一般兵。
本陣では、高官同士で仲間割れ。
そして、こちらには俺とセラがいる。
最早全滅は容易い。俺たちは見るからに精彩を欠いた本陣の中央――新皇帝へと目を向けるが――。
「――貴方の敗けです。降伏してください。これ以上の闘いを我々は望みません」
「ふん、それはどうだろうな。確かに、卿ら二人が一騎当千の勇士であることは認めざるを得ないようだが……それでも我が国に敗北の文字はない。そうだろう、ヴァン・ユグドラシル?」
「何の話だ?」
「不遇な日々に耐えられず出奔した……という君への認識を改めねばならない時が来たということだ」
「改めるも何も、自己解釈したのはそっちだと思うが?」
「ふっ……君の境遇を思えば、我が国へ叛意を抱いていても何らおかしくないだろう? そんな君とアイリスの歪な関係を思えば、我々もああいった措置を取らざるを得なかったのだ」
アレクサンドリアンは簡易玉座から立ち上がり、芝居掛かった口調で言葉を紡ぐ。
「しかし、実の父親から受けた非道な扱いを思えば話は別。アースガルズとしては、君の復帰を許そう。これは国外追放者に対してあり得ない処置であり、特例中の特例だ。是非とも、本来君が仕えるはずだったアースガルズの為に力を振るってくれたまえ」
「へ、陛下!? 一体何を……!?」
「ユグドラシル卿、貴殿には後でゆっくりと話を聞かなければならない。無論、全ての真実について……。事と次第によっては、今までと同じように振舞えると思わないことだ」
「ぐ、ぐっ……!?」
追放者を正規軍の一員として迎え入れる。そんな前代未聞で唐突過ぎる発言を受け、本陣に緊張が走った。
だがその裏側に潜む意図を汲み取ってしまえば、全てが茶番。
要は俺たちがアースガルズ軍へ行ったように、精神的に揺さぶりをかけてきているわけだ。
最大の狙いは、俺とセラ――ニヴルヘイムを仲間割れさせて、こちらの勢いを削ぎながら反撃の種を芽吹かせること。
あわよくば、調和を乱す癌となりつつあるデロア・ユグドラシルを切り捨て、戦力になり得ると判断した俺を駒として扱いたいというところか。
「振り返って敵軍を討て! 裏切りの汚名を雪ぐのだ! 我が軍に与えた損害は、それで帳消しとしよう!」
「断る」
「ふっ、そうか! さあ……しゅつ、じん……っ、何ィ!?」
俺の答えは、即断で否。
アレクサンドリアンの表情が凍り付き、次の瞬間には燃え上がる炎の如く怒りを露わにする。青くなったり、赤くなったり、忙しい奴だ。
「ヴァン・ユグドラシル! 貴様は我が国の生まれだろう!? 大陸一のアースガルズに特例で復帰させてやる代わりに、背後の敵を殲滅せよと言っているんだ!!」
「そこの父親が碌でもないのは事実だけど、俺を追放したのは貴方も同じだろう? というか、この状況で生まれた国だから今更戻って来い……なんて言われて、のこのこ戻る莫迦がいると思うのか?」
「な……ッ!? 余の命令を……ッッ!」
最早この連中への信頼回復など不可能だ。
仮に戻ったところで針の筵。
第一、今更アースガルズに戻る理由が一つたりとも見当たらないし、俺個人の意見としてもアレクサンドリアンの下に付くなら死んだ方がマシだ。
何より――。
「――そちらの事情は分かりかねますが……貴方の威光が如何ほどであろうともヴァンを突き動かす要因にはなり得ない。当然でしょう」
「小娘がァ! 部外者は引っ込んでいろ!」
「部外者はそちらです。今のヴァンは私の騎士なのですから」
隣に立つセラは、アレクサンドリアンの揺さぶりになど微塵も動じず、変わらない信頼を注いでくれている。
俺の護るべきものは何も揺らいでいない。立ち止まる理由などない。
「まあ、今更お前に命令される謂れはないな。皇帝陛下殿?」
「お、お前……だと!? 出来損ないの愚図が! 貴様ァっ!!!!」
アレクサンドリアンが激昂する。
生まれてから敬われ続けて来たコイツにとっては、俺やセラの敬意の欠片もない態度が余程許せなかったのだろう。皇帝の号令に合わせて高官たちが一様に武器を執り、俺たちへと向けて来る。
「この調子じゃ、無血停戦は不可能だな」
「やれやれ、噂に名高い優雅な人柄とは似ても似つかない」
対する俺とセラも臨戦体勢を執る。
既に前線は叩いた。
この場においても、血気に逸る一部の者以外は、動揺の色が濃いままだ。瞬殺は容易いと“レーヴァテイン”の切っ先をアレクサンドリアンへと向けるが――。
「な……ッ!?」
本陣後方、アレクサンドリアンの背後から現れた影が凄まじい速度で聖剣の一太刀を叩き込んできた。
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