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第40話 決戦準備・ニヴルヘイム

 青々と広がる空、乾いた空気。

 本来なら歓迎すべ晴天も、今はどこか物悲しい。

 何故なら、この蒼空が戦場の曇天へと変わることを誰もが理解しているから――。


「――この行軍(こうぐん)でアースガルズ大部隊との衝突は(まぬか)れない。皆、心の準備はいいですね?」


 蒼銀の戦闘装束を纏ったセラは、周囲の面々を見渡しながら硬い声音で言葉を紡いだ。


「当然でしょう。我がニヴルヘイムを戦火で焼くわけにはいかない。それは皆の総意なのですからな」

「異論はありません。命に代えても姫を守ることを誓い致します!」


 その声に答えるのは、ニヴルヘイムの宰相(さいしょう)を務めるアルバート・ロエル。

 軍部を取り仕切る大幹部の一人、ゼーセル・オーダー。

 平時なら前線に出ることがない二人と皇女のセラ。更には天幕の端に皇女選任騎士の俺や監視役のコーデリア。今回出撃する各部隊の隊長クラスが一堂に会している。

 本来ありえない規模での戦力集結は、この一戦の重要性を浮き彫りにしてしまうことだろう。


 それは多分、相手も同じ。

 天幕の扉が開き、慌てた様子で斥候(せっこう)が駆け込んでくる。


「申し上げます!」

「なんだ!? 今がどれほど重要な会合だと……」

「いえ、構わない。申してみよ」


 アルバートは会合に水を差されて目尻をつり上げるが、セラがそれを制する。そして、斥候(せっこう)から紡がれた言葉は予想だにしない衝撃的なものだった。


「アースガルズ軍最後方にて、皇帝旗を確認!」

「なっ……!? つまり敵軍大将は……」

「アースガルズ帝国の皇帝……」


 天幕が驚愕に揺れる。

 相手は戦力差一〇倍以上の凄まじい大軍勢。それを指揮するのが、敵方の皇帝――つまり世界で一番偉い人間ともなれば、動揺して然るべきだろう。セラを除き、誰もが平静を失っている。

 そんな時、隣に立っているコーデリアが小声で俺に話しかけて来た。


「ねぇ、アースガルズの皇帝って代替わりしたばかりよね? どんな人なの?」

「一言で表すなら、超絶エリートってとこか。少なくとも単純な能力だけを見るなら、先代よりも遥かに上だ。そう言われてみれば、自分で指揮を執って前線に出る……なんてシチュエーションが好きそうな性格をしてるかもな」

「ふぅん……まるで会って話したことがあるみたいな口ぶりね」

「いや、会って話したことはあるぞ。たった一度だけ、な」


 俺は目を見開くコーデリアを尻目に、内心苦笑を浮かべる。

 アレクサンドリアン・ラ・アースガルズ――奴に対して好意的な感情など微塵(みじん)もないが、(キング)自ら戦場に出て来た度量には感心せざるを得ない。(もっと)も感情任せの蛮行(ばんこう)であれば話は別だが――。


 しかし、俺には皇帝の出現よりも気がかりなことがある。

 それは新皇帝が重い腰を上げる程、この戦いを重要視しているのであれば、敵軍の最高戦力(・・・・)帯同(たいどう)している可能性が高いというものだった。


「ヴァン?」

「いや、何でもない」


 覚悟はしていた。

 彼女が勇者になったと聞いた時、いつか戦場から戻って来なくなるかもしれない。

 俺がセラを護ると誓った時、いずれ剣を交える時が来るかもしれないと――。


 だが、アースガルズを出るという選択に後悔はない。彼女とその家族が健やかな幸せを掴み取れる道は他になかったから。

 それに彼女も勇者として戦場に立ち、何かの命を奪ったのなら背負わなければならないリスクと責任は間違いなく存在する。これ以上の感傷(干渉)は道理に反するだろう。


 だとしても、この戦争を早期終結させる事ができれば、あるいは――。


「でも、怖い顔してたけど……やっぱり複雑、ということ?」

「誰と戦おうと、何処(どこ)と戦おうと、俺のやるべきことは一つだけだ。何も問題ない」

「本当に?」

「ああ、故郷って言っても生まれて育った……ただそれだけだからな」


 幸か不幸か、今は皇帝自ら前線で大軍勢の指揮を執ろうとしてくれている。それは相手が短期決戦を想定しているということ。逆を言えば、この戦いを早期終結させられる可能性は多分にあるはず。


 一つ問題があるとすれば、上層部がそれを許してくれるのかということだったが、気付けば俺とコーデリア、それから隣でこちらに聞き耳を立てていたシェーレ以外の誰もが驚愕の表情を浮かべている。皆の視線の先にいるのは、セラとアルバート、それとオーダー卿の三人だった。


「な、何ですとォ!? そんな無茶苦茶、姫が危険すぎます!」

「私も同感ですな。事実上、こちらの総大将たる殿下がこのような局面で最前線に立つなど承服(しょうふく)しかねます」

「なら、他に手立てがあるとでも?」

「ですから、陣形を組んで応じ、奇襲を繰り返していく内に相手の戦力を少しずつ削って……」

「ロエル司祭、どうやら状況が見えていないようですね」

「な、ッ!? 一体何を、この私が……!?」


 オーダー卿とアルバートが怒り狂う。

 天幕に最悪な空気が立ち込めるが、セラは気にした様子もなく淡々と言葉を紡いでいく。


「ただでさえ物量差は圧倒的であり、持久戦が不利なのは火を見るよりも明らか。それなら、相手の頭を潰して早期終結を図るのは、間違いではないはずです」

「ですが、総大将自ら敵中枢(てきちゅうすう)へ突貫する兵法などありえない! ましてや御身は神聖な血を引く……」

「誰の血を引いていようが私は私……今は将兵の一人です。それに私たちの敵となり得るのは、アースガルズだけではないのですよ」

「そ、そんなことは……!」

「主戦力が抜けている以上、本国の守りは手薄になっている。もしこの戦場に釘付けにされている間、モンスターや他国の襲撃を見逃せば、我が国は一巻の終わりです。ならば、戦力損耗は最小限に抑えるべき……そう考えて問題でも?」

「そんな事は、誰もが理解している! ですが、私たちは現実的な話をしているのですよ! 少女の夢物語など、日記帳の切れ端にでも……」

「ええ、貴方の言う通り、至って現実的な話をしているつもりですが?」

「不可能だ! そんなこと、できるはずがない!」

「そうですね。私一人なら厳しいでしょう。ですが、私たち(・・・)なら話は別です」


 賛否分かれた議論は紛糾(ふんきゅう)を極める。

 といっても、賛成意見はセラ一人であり、困惑も含めれば残る九割が反対意見。そんな状況の中、背後を流し見るセラにつられて全ての視線が一点に集中するのを感じた。


「ヴァン、同行(エスコート)願えますか?」

「な、なぁ――ッ!?」


 周囲の驚愕と降り注ぐ視線の嵐。

 最低な居心地とは裏腹に、セラは凛麗な笑みを浮かべる。


「で、殿下!? このような田舎猿一匹連れて、一〇万を超える敵の真っ只中を駆けるなど認められるはずが……!」

「了解した」

「き、貴様ァ!?」


 アルバートが(わめ)き散らすが、意に返すことはない。何故なら、セラの示した方針は、俺が望んだモノと完璧に一致していたからだ。


「確かに敵の数は多いが、最短・最速で突っ切ればどうにかなるだろう。後は奥でふんぞり返ってるとっつぁん坊やをぶん殴って、停戦協定を結ばせればいい」

「だから、それは!」

「できるかどうかは関係ない。やり切らなければ、ニヴルヘイムに未来はない」

「――ッ!?」


 まず決める。そして、決めた事をやり通す。

 何を達成するにも、必要な工程(プロセス)だ。時には大きなリスクを背負っても、行動しなければいけないこともある。今こそ正にその時。

 俺の言葉に更に皆が言い(よど)んだところで、畳み掛ける様にセラも言葉を加える。


「私とヴァンが奇襲をかけて敵軍を攪乱(かくらん)。敵総大将を討ちます。他の部隊は通常通りの陣形で配置し、敵の混乱具合を見て行動してください。その間、全軍の指揮はロエル司祭、次いでオーダー卿に任せます。良いですね?」

「しかし姫! お考えは分かりましたが、せめて騎士団の者たちを護衛として連れて行って下され!」

「それは不可能です」

何故(なぜ)ですか!?」

「勝敗を決めるのはスピードです。現状、私とヴァンに追従できるだけの機動力と突破力を()(そな)える戦士は存在しない。ゼーセル卿、分かってください」


 困惑と屈辱。

 言外にとはいえ、仕えるべき皇族から決戦に付いて来れない足手纏(あしでまと)いだと告げられたのだから無理もない。

 無論、セラとて嬉々として伝えたわけではないし、オーダー卿たちもその心中を理解している。しかし、納得できるかは、別の話というところだろう。


「一人一人が最大限力を発揮できなければ、この戦の勝利はありません。貴方たちは重要な戦力です。戦果を期待しています」

「……御意!」


 だが戦争はお友達ごっこでどうにかなるようなものじゃない。全ては適材適所。皆が力を存分に発揮できる采配。現実は残酷だった。


 実際、魔剣を手にした俺と聖剣を持つセラがアースガルズの軍勢を退けたのは、周知のこと。最早セラに反論できる者はおらず、皆が一様に首を垂れる。

 そうして会合は終わり、天幕の外に出た俺たちだったが――。


「ヴァン、行きましょう」

「ああ、どうやら時間はあまりないようだ」


 視線の先、晴天の空には、既に黒煙が広がっていた。

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