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第39話 最後の日常

 虚を突かれた――というわけではないが、少しばかり言葉に詰まる。一瞬の瞑目(めいもく)の後、改めて自分の思考を言語化する。


「前にも言ったけど、アレのことならこの国の法律で動かしてもらって構わない。それとも他の用途(・・・・)か?」

「そうなって……しまいますね。私としても本意ではないのですが、手札(カード)の一枚として使うに値するのか……改めてヴァンの見解を聞いておくべきだと判断しました」


 対する回答は予想の範囲内。

 早い話が、ユリオンに外交手段(カード)としての価値があるのか――ということを血縁者であり、皆よりアースガルズ側の事情を知っている俺に尋ねたいという内容だった。


「――確かに愚弟を上手く使えば、敵軍を大きく攪乱(かくらん)できるのは間違いない。なにせ、一家総出で死ぬほど可愛がられたエリートの一人息子(・・・・)だからな。あの父親が所在を知ったのなら、是が非でも取り返そうとするはずだ」

「なら彼の所在、(おおやけ)にする価値があると思いますか?」

「向こうが国の総意として打って出るなら、流石にアレ一人で止まる状況じゃない。所詮(しょせん)攪乱(かくらん)止まりだ。何よりこれから先、“捕虜を人質として利用した国家”……なんてレッテルを貼られるのは、セラとしても本意じゃないんだろう?」

「当然です。敵兵とはいえ、彼らも戦場を離れれば民草、自らの行動の責任を負ってもらう必要はあると思いますが、法と人道を逸脱した行為はするべきではない。これは戦争……私情で起こす喧嘩ではないのです」

「――それならアレに戦略的価値はないと判断していい。所在が明確に分かった所為(せい)で、逆にアレを取り返そうと敵の士気が上がる可能性もあるし、頭に血が上って全軍突撃されるのが一番嫌な状況だからな」

「では不確定要素は(はぶ)くべきだと?」

「国家始まって以来の戦乱……味方だって戸惑ってる。ましてや相手は大国家だ。小国であるニヴルヘイムが最初から人質頼りなんて精神性なら、間違いなく勝ち目はないと思うが……」


 俺の見解としては、ユリオンの政治利用は反対――ではなく、そもそも利用価値自体ないというもの。

 確かに敵軍にダメージと混乱を与えられるのは明白だし、恐らく戦況も少なからず有利にはなるだろうが、失敗した時のリスクに見合っていない。何より、セラが会話の中で放った“戦争であって喧嘩ではない”という言葉に全てが集約されている。

 そのセラの発言は、奇しくも俺がユリオンたちとの会話の中で口にしたのと似通ったものだったのは皮肉というべきか。


「そうですね。私も同意見です」

「だったら、どうして俺に?」

「軍部、内政……ロエル司祭との会話の通り、国の内部も一枚岩ではない。情けない話ですが……」


 セラのように少ない犠牲で戦争の早期終結を願う者。

 徹底抗戦を唱える者。

 無血開城を唱える者。

 現実逃避して意見を言わぬ者。

 この機会を利用してニヴルヘイムの領土を広げ、覇権を掴もうと画策(かくさく)する者。


 人の考えなど千差万別。

 内容が内容だけあって、参加していない俺でも議会が紛糾(ふんきゅう)したのはなんとなく分かる。(もっと)もそれは人間が意思を持つ以上、自然なこと。

 だとしても、全てを取りまとめられる人間が一人だけいるはずだが――。


「状況はなんとなく分かった。それなら、他の皇族はどうしてるんだ? セラの親は……」

「それは……」

「いや、不要な詮索(せんさく)だったようだ。すまない、忘れてくれ」


 ニヴルヘイムにも全てを取りまとめる皇帝がいる。こんな局面なのだから、皇帝が精力的に動いて然るべき。

 しかし皇女の側近となった今も姿を見たことがないというのは、明らかな異常事態だ。ずっと気にかかっていたものの、セラが複雑そうな表情を浮かべたのが全てを物語っているはず。


 やはり家族と訳アリなのはお互い様。それだけ分かっていれば十分だ。


「今はアースガルズをどうにかすることだけを考えるべきだ。それでニヴルヘイムはどう動く?」

「一部を除けば、基本方針は決定している。対アースガルズへ備えて、もう騎士団は展開し始めています。(とどこお)っていたのは、例の捕虜の扱いを含めた外交問題でしたので……」

「なるほど、それでセラの意見は通るのか?」

「ええ、聖剣に見初められた皇女という触れ込みを使えば、大半は何とかなるでしょう。普段は要らぬやっかみを招き入れるだけと思っていましたが、こういう時には存分に利用しなければ……ねぇ」

「……悪い顔してるぞ、聖女様」

「お腹の中が真っ黒なのはお互い様でしょう?」


 普通の少年少女のようなやり取りではなくとも、俺にとってはこの異常こそ命を懸けて護るに値するモノなのだから――。


 ただ、それはそれとして、もう一つ忘れている()がいるのは言うまでもない。


「いつまで、そこで座ってるんだ?」

「ひ、ひゃい……!?」


 シェーレは先ほどから地面に腰を()え、女の子座りで俺とセラのやり取りに聞き入っていた。それも半口を空け、信じられない物を見るような目をしていたわけだが――突然声をかけてしまったことでパニックにでもなったのだろう。

 勢いよく立ち上がったかと思えば、足をもつれさせて俺の方へと突っ込んでくる。


「そ、それは、皇女殿下が普通の女の子みたいって……あ、ひゃいっ!?」

「ぬおっ!?」


 視界が真っ黒に染まり、顔中に温かく柔らかい物体に挟み込まれる。

 凄まじい圧力と暴力的な感触で呼吸すらもままならないが、どうやら腕でガッチリ頭を抱え込まれているようであり、脱出は不可能。

 これはある意味、炎獄の魔神や神獣種以上の脅威と言わざるを得ない。別に役得とは思っていない。紳士(ジェントル)だからな。


「あらあら、二人とも楽しそうですね。私も混ぜてください」

「はっ、ぐぼっ!?」


 だが危機的状況に恐々(きょうきょう)としていると、万力のような力で頭を掴み取られ一瞬の浮上。

 次の瞬間には、また別の暴力的な感触によって顔中を(おお)われ、呼吸を奪われる。


「ほらぁ、ヴァン。私の方が良いでしょう?」

「あ、あわわわ……!」


 玩具(おもちゃ)を取られた子供か貴様は――という俺のツッコミは、セラの凄まじい乳圧に()き消されてしまう。


 ニコニコと笑顔で青筋を浮かべているセラ。

 彼女の豊満すぎる胸に顔から突っ込んで、手で抑えられている俺自身。

 顔を真っ赤にして使い物にならないシェーレ。


 この混沌(カオス)、最早見えずとも分かる。

 超絶ハイスペック聖女と天然生真面目ドジっ娘が良からぬ方向へ作用した現状、果たして天国なのか地獄なのか――。

 ともかく俺の意識はそこで途絶えた。

次話、戦争開戦。


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