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第32話 終焉血戦《ラグナロク》の遺産

 眼前の扉――いや、その向こう側から発せられている圧迫感は明らかに異質だ。こんなものが国の中枢地下にあっていいわけがない。

 流石に驚きを隠し切れないでいる俺の隣で、セラが聞き馴染みのない言葉を紡ぐ。


「――かつて戦争があった。数多の英傑(えいけつ)と神々が集い、世界すら滅ぼした神話の時代の戦争が……」

「それは……」

「最古の文献に記されている“終焉血戦(ラグナロク)”と呼ばれた最終戦争。どうやら貴方も知っているようですね」

「辺境で暮らしてると余計な知識だけはついて行くもんでな。でも、ただの伝承だろう?」

「いえ、恐らく本当にあったことです。私の聖剣やヴァンの魔眼、神獣種の存在――御伽噺(おとぎばなし)だと断じるには、神話に合致する証拠が揃い過ぎていますから……」


 俺の叛逆眼(カルネージ・リベルタ)を含めた六種類の魔眼。セラの“グラム”、アイリスの“プルトガング”を含めた聖遺物の数々。強大な力を持つ七二種の神獣種。

 全てが本当ではないのだろうが、確かに伝承の内容と現実で起こった現象・効果が合致している面が大きいのは確かと言えるかもしれない。


「なら、この扉は?」

「これは我が国に伝わる伝承。過ちと罪の証……」


 セラの声が硬質になる。


「ニヴルヘイムにも乱世の時代があったとされている。それは正しく“終焉血戦(ラグナロク)”と呼ばれた時代のこと。そして扉の向こうには、我が国が灼熱の国と闘って得たとされている最上級聖遺物が封じられています」

「灼熱の国……それに最上級の聖遺物……?」

「ええ、(すべ)てを()き尽くす赫黒(かくこく)の魔剣が(まつ)られている。信じられませんか?」

「いや、この身を裂くような圧迫感は本物。疑う余地はなさそうだ」


 眼前の扉から感じられる異形の力。全身を貫く戦慄。

 この奥に(まつ)られているとかいう聖遺物は、人智を超えた戦略級の代物と見て間違いない。


「我が国は乱世を経て、他国との争いに参加せぬ理念を掲げたとされている。その理念を体現せんと今日(こんにち)まで歩んできましたが……」

「なるほど、この奥に封じられているのは、ニヴルヘイムの戦いの歴史そのもの。罪の証とはそういうことか」


 セラの言う通りなら、訳アリどころの話じゃない。聖遺物が武器ということに関しても勿論だが、ニヴルヘイムという国にとっても――。

 その一方、聖遺物を引っ張り出さなければならない現状も理解できる。

 しかし、その中で一つだけ解せない部分があった。


「どうして聖遺物(こんなもの)を俺に?」

「今の貴方に必要な力と思いましたので……」


 さっきのアルバートじゃないが、この聖遺物が渡すならもっと相応しい人選などいくらでもあったはず。

 更に俺は、普通の人々が使うような魔力を原動力とする装置が自由に使えない。それこそ奥に封じられている聖遺物の特性次第では、せっかくの超兵器が無用の長物に成り果てる可能性すらある。セラの選択を疑問に感じるのは当然だった。


「でも、ここまで封じられて来たってことは、それなりの理由があるんだろ?」

「無論、その危険性故に……。ですが、もし神獣種が複数押し寄せて来たら? 他国がニヴルヘイムを共同財産とすべく同盟を締結してしまったら? 再びの戦乱を前にした現状を打開する為には闘うしかありません。例え、それが過去の罪を今代に蘇らせることになろうとも……」

「生きるとは選択すること。選択の業を背負って戦うしかないということか」

「――今のヴァンは自分の力を発揮しきれる状況にない。ですから、私は……」


 戦争は個で決するものではない。

 俺やセラが通常の個人戦力を大きく上回っているとて、限界は存在する。目の前に迫りつつある脅威を振り払う為には、更なる力が必要だということ。


「セラ……?」


 だが、セラの表情はどこか悲し気に染まっていた。


「聖遺物という物は得てして、常識の範疇(はんちゅう)に収まらない。この奥に眠る赫黒(かくこく)の魔剣――“レーヴァテイン”も同様の危険性を秘めている」


 赫黒(かくこく)の魔剣――“レーヴァテイン”。

 その言葉を心中で反芻(はんすう)する。


「故に在処(ありか)が明確な聖遺物でありながら、誰もこの魔剣を私欲に利用することはなかった。いえ、出来なかった。力を手にするには、命を懸けた試練に挑まなければならないから……」

「命懸けの試練……?」

「これまで多くの勇士が、かの魔剣を手にしようと試練に挑み、灰塵(かいじん)に帰したとされています。その危険さから、ニヴルヘイム皇族によって代々管理されるようになった」

「武器が所有者を選ぶというわけか。どこかで聞いた話だ」

「ですが、そういう意味では、私の聖剣よりも(たち)が悪い。何故なら、かの魔剣が纏うは、世界の(すべ)てを()き尽くす煉獄の炎。それは所有者とて例外ではない。そして試練に挑めるのは、たった一人だけ。私は貴方を……殺すことになってしまうかもしれない」


 セラの悲しみ。

 それは等身大の少女としての感情と、皇女としての務めを全うする狭間で生じた声なき慟哭だったのかもしれない。


「もし少しでも(うれ)いが生じたのなら、立ち止まって下さい。今のままの貴方も十二分すぎる程に強い。無理やり決行して、ヴァンを(うしな)うようなことがあれば、私は……!」


 これから先のことを思えば、更なる力を得ることは急務事項。一方、その力を得るには、多大な危険を(ともな)うのも事実。

 だとしても俺を試練に挑ませるべきなのが最適解というのは明白だろう。でも、都合のいいことを言って俺をその気にさせるなり、皇女として命令するなりすれば、一瞬で解決する問題なのにセラは即決出来ないでいる。誰よりも頭のいい彼女が――。

 つまりセラは皆が思う程、冷血でも非常でもないということ。


 それに自惚(うぬ)れでなければ、共に人智を超えた力を持つ俺の前だからこそ、素を出してくれているのかもしれない。


 なら、俺は――。


「――扉を開いてくれ」

「ヴァン……!?」

「退いても地獄、進んでも地獄なら、選択肢は一つしかないはずだ。迷う理由はない」


 (もろ)く崩れ去りかけている薄氷(はくひょう)安寧(あんねい)と眼前に立ち塞がる絶望。

 結末がどちらかしかないのなら、前に進むしかない。命を懸けて戦う覚悟など当の昔に済んでいる。


「だから、行くよ。あの扉の向こうに未来を切り拓く術がある。それは、俺にも分かるから……」


 セラの慟哭(どうこく)()ぎ払い、未来を掴み取る力を得る。その為に戦う。

 戦うことしか、殺すことしか出来ないこの魔眼(チカラ)を持つ俺だからこそ――。


「ヴァン……!」


 眼前の扉を睨み付けた瞬間、視界全てをセラに占拠(せんきょ)される。

 唇に広がる柔らかな感触、鼻腔(びこう)(くすぐ)る甘い香り。

 それも一瞬のこと。


「……っ、セラ?」


 突然の行動を受け、驚きながらセラを見る。しかし、距離を取った本人からの返答はない。

 何故なら、彼女は神聖な旋律(せんりつ)を奏でていたからだ。


「――これは、(うた)?」


 セラの旋律(せんりつ)が遺跡に響き渡る。

 遺跡各所に生えている水晶がその唄に合わせて何度も発光し、旋律を彩っていく。


 凛麗(りんれい)で切なく、どこか懐かしい。そんな不思議な(うた)


「扉が……!」


 そうして(うた)を聞いていると、眼前の扉が左右に開いていく。

 程なくして奏でられていた旋律(せんりつ)が止み、それに合わせて巨大な石扉も動きを止めた。


 一瞬の静寂(せいじゃく)が俺たちを包む。


「――ここから先を進めるのは、試練に挑む一人だけです」

「そうか、ありがとう」

「ヴァン……!」

「行ってくる」


 安否の言葉を交わす必要はない。

 今は明確に成すべき事がある。かつて幽鬼(ゆうき)の様に成り果てた無力な俺とは、もう違うのだから――。

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