第28話 セラからのお説教
三度の出撃を終え、俺たちは首都に帰還した。
連日戦っていることを知っているからか、住民たちに労いの言葉をかけられながら宮殿に移動していく。
「あら、グレイブちゃんお疲れ様!」
「サンキュな、オバちゃん!」
「大したもんは出せねぇが、家で飯食ってきな!」
「おう! 宮殿への報告が終わってから邪魔するぜ!」
尤も、その言葉の大半が巨漢のリーゼントへ向けられたものであるのは言うまでもない。見るからに強面ではあるが、裏表ない性格は誰からも好かれるのだろう。
でも俺が意識を奪われたのは、全く別のこと。
「まだ人々には、他人を気遣うだけのゆとりが残されている、か……」
この国を取り巻く情勢は刻一刻と悪くなっていく。
いつモンスターや他国が攻め入って来るか分からない状況にあって、皆の表情が硬くなっていたのは間違いない。
でも今彼らが浮かべているのは、労いと笑顔。その表情が示すのは、辛く厳しい状況下にあっても、人々は強く生きようとしているということ。
まだこの国は死んでいない。
たとえ、この人々の本質がアースガルズで俺を虐げてきた連中と変わらないのだとしても、彼らはまだ何の罪も犯していないのだから――。
そして、宮殿。
報告を終えて他の三人と別れる。
一日に三回の出撃。流石のハードスケジュールに辟易しながら、一日を終えようとした俺は自室に戻り――何故か蒼銀の皇女の前で正座をしていた。
「上位種の討伐と他国軍の撃退……戦果という意味合いでは、貴方に口出しできる者はいないでしょう。やはり私の眼に狂いはなかった」
「それはどうも」
ある程度大局に精通している者からすれば、俺が皇女御付きの私兵として招集されたということは理解しているはず。
結果、かなりの難色を示されたというのは、グレイブとの模擬戦が示す通りだろう。それでもセラの言う通り、周囲は黙らざるを得ない状況にある。
正しく計算通り――ではあるが、今はそれ以上に対処しなければならない問題があり――。
「なら、戦果に相応しい扱いをしてくれると嬉しいんだが?」
「いえ、それはそれとして、貴方には釘を刺さなければならないことがありますから」
相変わらず目のやり場に困る部屋着姿のセラは、正面から俺の膝を太腿で挟むように乗っかりながら、顔を覗き込んで来ている。
前を向けば凛々しい美貌。少しでも目線を下げようものなら、大きく突き出た暴力的な膨らみによって視界を占領される。更に後者に関しては、セラが少しでも前傾姿勢を取る度、俺に当たって形を変えてしまう。
その上、大きな胸で見えこそしないが、直接触れ合っている脚からも温かさと柔らかさが伝わって来るのだから質が悪い。
果たしてこれは、天国か地獄か。
「八九本……これが何の数字か分かりますね?」
「ん、何の話……」
「分・か・り・ま・す・ね?」
セラはにっこりと彼女らしからぬ満面の笑みを浮かべた。だが目は一切笑っておらず、全身にドス黒いオーラを纏っているのが見て取れる。
有り体に言ってしまえば、キレている。つまりは、怒だ。
「クリスクォーツ製が四二本、鋼鉄製が四七本。もう説明の必要はありませんね? 三度目はありませんよ?」
提示された数値と物質。
心当たりがないわけじゃない。
ただ、口にするのを憚られる内容というだけで――。
「俺が壊した武器の数……だな。この二、三ヵ月の間で……」
「ええ、そうです。無論、貴方が戦果を挙げて無事に帰って来るのですから、文句など言いませんが……」
「言いませんが……?」
「長剣、大剣、槍、旋棍、戦棍――ありとあらゆる武器をこうもボキボキ折って帰って来られるのは、少々計算外なのですけど?」
セラがコテンと首を傾げながら声をかけて来る。
本来なら可愛らしいはずの動作とは裏腹に、纏う殺気は物騒極まりない。
「ええ、言いましたとも。確かに命は武器に代えられない。ですが、貴方一人で経済をぶん回すのは止めてくれますか? 我が国は貿易にそれほど頼らない独立国家故、戦況は厳しくとも、経済状況は悪くありませんので……ね」
「おっしゃる通りです」
うがーっと怒ってくれるならいっそ気が楽なんだが、弱点を的確に狙われる形の尋問は心臓に悪い。
まあ、ユリオンたちに対しての俺も似たようなものだったのかもしれないが――。
「では、弁明を聞かせて頂きましょう。無論、貴方自身についても」
「そっちが本音か」
「人聞きの悪いことを言わないでください。この純粋な瞳がやましいことを考えているように見えますか?」
「鋭い目をキラキラさすな。後、近いし……色々押し潰れてる」
ケルベロス戦も含めたこれまでの戦果、武器損壊による損失費用を差し引きすれば、現状ではプラスと言える程度には働いているはず。とはいえ、出撃の度に何本も武器を壊して戻って来るのは明らかに異常であって、セラが疑問を抱くのは当然。特にクリスクォーツで出来た武器は、鋼鉄よりも遥かに堅牢なのだから尚更だ。
つまり度々大立ち回りを演じている俺には、セラの質問に答える義務が発生するということ。流石に魔眼について一から十まで説明するつもりはないが、こればっかりは致し方ない。何にせよ、まずはセラを引き剥がさなければと手を伸ばすが――。
「やぁ、んっ!」
「変な声も出すな!」
「ですが、強引に鷲掴みにされるなんて……」
「ああ、掴んだね。お前の肩を!」
さて、男の寝台に腰かけ、際どい格好で長い脚を組んでいるこの皇女様にどう説明したものか――。
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