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第26話 幕間:アレクサンドリアンの屈辱

「実は私の方でも独自に記録(データ)を取ってみましてねぇ。コイツなんですが……」


 気を良くしたデロアは、懐から取り出した数枚の書類をアレクサンドリアンに献上(けんじょう)し、声高らかに持論を述べ始める。


「これは、軍部の出撃回数と戦果のまとめ、か?」

「ええ、そうです。それで、このデータを見比べてみてくだせぇ。とんでもない違いに気づかれると思うんですがねぇ」


 筋肉質で太い指が指すのは、同国の勇者――アイリス・アールヴについての詳細資料。

 資料の内容は、アレクサンドリアンが言った通りのもの。

 しかし、直近三ヵ月(・・・)を記したものと、それ以前のまとめで部数は二つ。


「む……出撃回数が増えて、戦果が減っている?」

「つまりあの嬢ちゃんも、可愛い顔して手の抜き方を覚えちまったってことですわ。逆に言えば、前の状態に戻すだけでかなり状況は変わる。それに……」

「以前までが自然(ニュートラル)な状態なのであれば、もう少しは無理をさせることができるというわけか」

「ええ、あんなインチキみてぇな強さなんですから、護りは(やっこ)さんに任せればいい。その分の主戦力を外に回せば……正しく皇帝陛下の理想通りになるんじゃないですかねぇ?」


 静観を貫いていたフィンが、ここに来て声を上げる。


「皇帝陛下……アールヴ嬢にこれ以上の無理を強いるのは、不可能かと思われます」

「あぁん!? 数値(データ)が出てんだろうが! 温情采配(おんじょうさいはい)してられるような状況だと思ってんのか!?」

「現実を見ていないのは貴殿らの方だ。確かにある時期(・・・・)を境に、アールヴ嬢の様子が変容したのは事実。しかも彼女の態度からして精神的要因だと予測され、未だ解決には至っていない」


 先ほどからの議題は、デロアが独自収集した数値のみ(・・)(もと)づくものであり、当人であるアイリスを度外視した内容。言うなれば、希望的観測と机上の空論で成り立ったものでしかない。

 フィンは、その内容を鵜呑(うの)みにして進んでいく議論に警鐘(けいしょう)を鳴らしたということだった。


「アールヴ嬢は未だ一六歳……未成熟な乙女なのです。故に精神的に不安定であって然るべき。これ以上凄惨な闘いに投入するのは負担が大きすぎる。本当に取り返しのつかないことになります!」


 彼らは知らない。知ろうともしない。

 何故、三ヵ月(・・・)前を境にアイリスの様子が変わったのかを――。

 自分が原因で国を追われた誰か(・・)(うれ)える彼女の心境を――。


「だから、どうした?」

「は……?」


 議論が続く中、アレクサンドリアンは鋭い視線をフィンに向ける。


「“斬滅聖女バーサーク・タイラント”の異名を執る聖剣の皇女も、アイリスと変わらぬ歳と聞いている。違うか?」

「え、ええ、そのように聞き及んでおりますが」

「なら貴様も知っているはずだ。件の皇女は、皇族としての(まつりごと)に加え、軍部を取り仕切り、あまつさえ単騎で神獣種に対抗し得る無双の戦闘力を持つと噂されていることをな」


 フィンはまるで知ったことかと言う様な口ぶりに言葉を失うが、当のアレクサンドリアン本人はどこか得意げに言葉を紡ぐ。


「なら、アイリスが我らの要求に応えられるというのは、当然だろう?」

「陛下……?」

「何を疑問に思う必要がある? 件の皇女のような女傑(じょけつ)となるのは不可能だとしても、聖剣を用いて戦う程度のことはできて当然……というより、やり抜いて貰わなくては、勇者の名に傷が付くというものだろう?」

「しかし……!」

「了解しやした! このデロア・ユグドラシル自ら、勇者への話を付けて見せましょう!」


 アレクサンドリアンとデロアは、聖剣の勇者であるアイリスを見ている。

 フィンはアイリス・アールヴという個人を尊重し、勇者の称号は戦略上の付加価値としか見ていない。

 先ほどまでと同様に、互いの主張は平行線。むしろ、前者二人の意見が擦り合わさってしまった以上、半ば強引に結論が導かれてしまう。


「うむ、この件はユグドラシル大将軍(・・・)に一任しよう。そして、アウズン将軍、グリンブル大臣への処分は追って伝える」

「ぐ……ッ!」

「そ、そんなぁ!」


 デロアは口角を吊り上げ、フィンは苦虫を噛み潰したような表情、ブリミルは絶望に肩を落としながら、アレクサンドリアンの言葉を受け取った。正に三者三様。

 しかし、後者二人に弁明の機会が与えられることはなかった。


「これ以上の議論は不毛だ。出て行きたまえ」


 そうしてアレクサンドリアンの突き放すような言葉を受け、叱責(しっせき)を受けた三人を含めた全員が去っていく。



 これにて問題は解決。

 若き皇帝は椅子に深く座り直し、カップを手に取って冷めきった茶で優雅に(のど)を潤す――などということはなかった。


「くそっ! くそォ!? どうしてこうなるんだッ!」


 優雅さの欠片もない怒号と共に、高級そうなカップは勢いよく放られて砕け散る。更に新皇帝の狂行は、それだけに留まることはない。

 豪華な机に何度も拳を振り下ろし、書類の山が舞い散らせる。

 羽根ペンやオブジェを放り、無駄に背の高い椅子を蹴り倒し、(しま)いには執務用の机を力任せにひっくり返してしまった。


「どうして、何もかも余の思う通りにならない!? ふざけるなッ!」


 アレクサンドリアンは鬼のような形相を浮かべ、肩で呼吸しながら立ち尽くす。

 元より彼が優秀な人材だというのは、今の立場が指し示している。それを疑う者は、この国に一人たりとも存在しない。だからこそ、不和の元凶――というより、きっかけとなった出来事に心当たりが付いてしまった。


「全てあの時だ。あの時から……」


 どうして安全であったはずの北の辺境が激戦区になったのか。

 重鎮(じゅうちん)との会話で幾度(いくど)も論点となった、三ヵ月前という時系列。

 それに伴う、アイリスの変化。


 不明事項は多々あれど、これらに共通する要因など一つしかない。


「あの時から、全ての歯車が狂ってしまった! 完璧だった余の人生が……何もかも上手くいかない!」


 脳裏を過るは、銀の髪と真紅の眼を持つ少年。

 それは次期皇帝と優に一〇〇を超える兵士に囲まれながら、超然とした様子で佇んでいた異質な少年のことを示している。


「この余が威圧(いあつ)された!? 余が恐怖した!?」


 アレクサンドリアンは、何度も何度も執務机を蹴り上げて喚き散らす。まるで忌まわしい記憶を頭から追い出そうとしているかのように。


「そんな! ことは! ありえない!」


 勉学・武道・魔法・家柄・容姿――どこをとっても超一流。常勝無敗。天才の中の天才。それこそ、自他ともに認めるアレクサンドリアンという人物像。

 確かに、その道の専門家(エキスパート)であれば、アレクサンドリアンを一芸で上回る者は存在するし、それは彼自身も承知している。

 とはいえ、あくまで特化した一芸でしかなく、個の人間としての総合力ならば、誰にも負けないという自負があった。それこそ聖剣保持者に対してでも、自分が上だという絶対的な確信が。


 だがあの雷雨の夜、異質な力を放つ少年に対し、立ち(すく)み、膝を震わせてしまった。それは人間扱いすらされていなかった平民以下を相手に、完璧な存在であるアレクサンドリアンが心から(おく)したということ。


「あんな出来損ないに! 他の平民や臣下如きに、この余が(あわ)れまれるなど! (さげす)まれるなど天地がひっくり返っても許されぬ!」


 更には、その少年との邂逅(かいこう)を境に、負の連鎖に呑み込まれてしまった。

 鳴り物入りで新皇帝の座を掴み取り、栄光の道を歩くはずが――失政に次ぐ失政で国政悪化。自分への風当たりが明らかに変わったのを身に染みて感じているのは、他ならぬ彼自身。


 その上、失政と言われるものすら、本質的な原因が彼だけとは言い切れない。何故なら、モンスターの出現など、人間がどうこうできるものではないからだ。


 気運が悪かったと言ってしまえばそれまでだが、世論はそれで許してくれるほど甘くない。だからこそ、やり切れない思いが込み上げる。


「奴はもういない! アイリスを奪い、余が追放してやったというのにィィッ!!」


 原因が何処(どこ)にもないのだから憤怒の矛先を向けられるのは、あの少年しかいない。

 ある種、彼にとって災厄(・・)の発端となった、あの少年しかいないのだ。


「ああ、皇帝陛下……おいたわしや」

「アンブローン!? うるさい!」


 そんなアレクサンドリアンを見かねてか、宰相(さいしょう)(ポスト)に収まった大柄な女性――アンブローン・フェイが(なだ)めるように声をかける。

 他の重鎮を退室させて彼女一人残している辺りから、側近の名に嘘偽りなしというのは明白だが、皇帝の怒りが収まることはない。


「くそっ! 全部アイツに滅茶苦茶にされたんだァ!」


 ヴァン・ユグドラシルが消えれば、アイリスの懐柔(かいじゅう)など容易(たや)いはずだった。その後、アイリス(勇者)を妻として(めと)る――自らの利権を強化するという意味では、単純であるが完璧な計略だった。

 それにもかかわらず、そんな未来は訪れていない。むしろ真逆だ。


 確かに戦場が苛烈さを増したことで、よりアイリスが宮殿に姿を見せなくなったというのは事実として存在する。しかし、彼女に近づけない本質的な原因は別にあった。


「神聖皇帝たる余が、傷物の女など(めと)れるかァ!?」


 何故なら、ヴァンを追放して(・・・・)アイリスを手に入れたのではなく、ヴァンが出て行っ(・・・・)てくれた(・・・・)おかげで(・・・・)、アイリスを手に入れられるようになった――という大前提を理解してしまっているから。


 実際、平民に毛の生えた程度の家柄とはいえ、聖剣の勇者(アイリス)(めと)るなら、正妻以外は物理的にありえない。というか、臣下や民衆が許さないだろう。

 だが栄誉ある皇帝の正妻が出来損ない(ヴァン)に譲られた女であるなど、アレクサンドリアンのプライドが許すはずもない。

 故にアイリスを手に入れられなくなってしまった。


『――話はここまでですね。では、ごきげんよう。次期皇帝陛下殿』


 もしヴァンがこうなることを見越して、敢えてああいう形でアースガルズを出て行ったのだとしたら――。

 もしヴァンは自分が眼光に屈した裏で、大量の兵士に囲まれながらも、こんな悪魔のような計略を仕掛けて来たのだとすれば――。


「この余が、誰かの手の上で転がされている? 生まれついての支配者である余が、あんな人間以下の出来損ないに!? ふざけるなァ!!」


 実際の所、ヴァンとアイリスは、男女関係どころか恋人同士ですらない。

 しかし、一連の流れがアイリスをヴァンに譲ってもらったという事実に置き換えられ、アレクサンドリアンの脳裏に刻み込まれてしまっている。

 もう消えることのない最大の屈辱として――。


「……」


 そうしてアレクサンドリアンは、気の済むまで暴れ続けた。たった一人残ったアンブローンに(なだ)められながら――。


 だが、アレクサンドリアンが落ち着きを取り戻した直後、ニヴルヘイム皇国に派遣していた部隊が消息を絶ったという連絡が舞い込んできた。

 その後、彼がどういう態度を取ったのかは、最早言うまでもない。

第1章完結。

次話から第2章の戦争編となります。


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