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第2話 成長した無能

 俺が家を追放され、惨劇の夜を迎えてから六年の歳月が流れていた。


 まずこの六年間をどう過ごして来たかについてだが――。


 結局、あの戦いの末、生き残ったのは俺一人だった。

 だが俺には、生きるための目的などない。それどころか自分自身の生死すらも、どうでも良かったのかもしれない。ただ当てもなく、アースガルズ帝国を彷徨(さまよ)い続け、国境付近の辺境地に流れ着いた。

 その結果、一六歳となった今もそこに根付き、人里離れて生活している。


「“フラワ・アルラウネ”が五体、“トルマリン・スコーピオン”が三体……大型種の“アース・レオーネ”が一体……」


 俺の前に転がる数多くの(むくろ)

 それは一様にモンスターの死骸。


 人里離れた辺境地とはいっても、別に原始人のような生活をしているわけじゃない。惨劇の夜に目覚めた少々特別な力(・・・・・・)でモンスターを倒し、その素材を換金しながら日常生活を送っている。


「稼ぎは上々ってとこか。まあ今日は、換金に行けないわけだが……」


 俺の身体的特徴――例えば、周囲から目立つ銀髪などを上手く隠せばやりようはあるし、表に出ない業者を利用すれば、それなりに安定した収入を得られる。


 一方、そんなことを続けているからか、討伐が困難な高位モンスターの素材を定期的に仕入れて来る“名無しの少年”ということで、一部の筋では有名になっているらしい。

 俺が動くことで害をなすモンスター討伐に割く人員を削減でき、自動的に高位種族の素材も市場に流通する。今や世捨て人になった俺を好意的に思う人間がいるとは、何とも皮肉な話だろう。


 そういう理由で最低限自立した生活は送れているわけだが、そんな俺にも人並みの悩みは存在する。目下頭の痛い要因となっているのが――。


「ねぇ、ヴァン! 私の話をちゃんと聞いてるのかな!?」


 家に戻って来た俺を、膨れっ面で迎えたこの女――アイリス・アールヴだった。


 同い年の女子。

 初めて出来た友達。


 アイリスとの付き合いは長い。それこそ、出会いは七歳の頃まで(さかのぼ)る。

 言い方は色々あるだろうが、総じて腐れ縁――いや、幼馴染というところか。

 では何故、辺境地に住み着いている俺が年頃の少女と交流を持っているのかと言えば、そこには少々複雑な事情が関係している。


「きゃんきゃん騒ぐな、やかましい」

「もう! そんなツンケンしてると、会いに来てあげないんだからね!」

「別に会いに来てくれ……なんて頼んだ覚えはないんだが?」

「むー!」


 亜麻色の長髪に翡翠の瞳。キメ細やかな白い肌に均整の取れた身体つき。

 目の前のアイリスは、どこに出しても恥ずかしくない美少女だ。それも時折出向く街で見かける女性と比べても、確実に上だと断言できる程度には飛び抜けている。

 まあ本人の前で口に出す事は、未来永劫ないだろうが。


 だがアイリスが普通の美少女ではないというのは、彼女が身に(まと)っている金色混じりの豪華な鎧が証明している。その鎧は、名誉ある“アースガルズ帝国騎士団”の紋章が刻印された“勇者(・・)”専用の特別仕様。


「少し落ち着けよ。勇者殿」

「むっかー! そういう言われ方は心外なんだけど!」

「でも事実だろ? この間も強力なモンスターを薙ぎ倒したって、噂になってたぞ」


 そう、今目の前にいるアイリスは“勇者”と呼ばれている、アースガルズ帝国最強の戦士。


 では“勇者”とは何か――それは遠い過去から帝国に伝わる“聖剣”を扱う適性が高く、皇族に認められた者を指す。

 そして聖剣と言えば世界最強とされる武器の一種であり、扱える適性を持つ者は限られる。更にアイリスは、歴史上稀に見る適性を秘めているとして、俺が家を追放されて二年ほど後に徴兵されたらしい。


「周りが勝手に騒いでるだけだもん。私は自分のやることをやっただけだし」

「まあ、お前はそう言うだろうな。欲の無い勇者だことで……」


 ただ民間人から勇者として擁立(ようりつ)される代わりに、いくつかの交換条件(・・・・)を提示したとのことだ。その結果、通常の指揮系統から外れて、皇族直属の対モンスター戦の切り札として騎士団に所属しているのだと本人から聞いている。

 ということで、勇者の象徴たる聖剣――“プルトガング”を抜剣すれば、一騎当千なのだそうだ。


「それで今日は何の用だ? また騎士団の愚痴か? それとも俺の生存確認か?」

「うー、どっちも! っていうか、“うぜぇな、この女”……みたいな顔しないでよ!」

「よく俺の考えてる事が分かったな。超能力者(エスパー)か?」

「うにゃぁぁっ!!」


 ここで改めて、何故俺とアイリスが交流を持っているのかということに回帰するわけだが、幸か不幸か彼女は魔法が使えない俺に対しても、偏見(へんけん)を持たずに接してくれる唯一の人物だったからというのが最大の理由だった。


 まず俺が家から追放されたことによって、アイリスとの繋がりは断たれた。これは説明するまでもないだろう。

 そんな俺たちが再会したのは、三年ほど前のこと。既に勇者として活動していたアイリスだったが、その中で運命的な偶然が重なって再会を果たした。

 お人好しが服を着て歩いているような少女は、誰からも見放された俺との再会を喜んでくれた。そこからアイリスが気の向いた時にこの拠点に来ては、休暇を過ごしていくという奇妙な友人関係を続けている。


「……別にここに来るのは良いけど、そんな余裕があるのか? ご両親(・・・)のこともあるんだろう?」

「その辺はちゃんとしてるもん。それに街に残ってると食事に行こうとか、稽古をつけてくれとか、色んな人に声をかけられて全然休めないし」

「だからってなぁ……往復距離とか色々考えたら、オーバーワークも良いところだ。というか、護衛とかは付いてないのか?」

「やる事なす事全部に口を出して来るし、護衛っていうか監視みたいで気持ち悪いから街で()いてきちゃった」

「お前……」


 目の前で可愛らしく舌を出しているアイリスを前に、思わず頭を抱えそうになってしまう。

 実際のところ、こんな調子で定期的に近況報告や雑談をしにやって来る彼女に対して、最初の頃は懐疑的(かいぎてき)な印象を持っていた。家族に裏切られ続けた俺にとって無償の親愛や友情など、最早信じられるものではなかったからだ。

 でも、こうしてアイリスが会いに来てくれることは、今も死んだように生きている俺にとっていつしか唯一の彩りとなっていた。


 生きている。

 ただ、生きている。


 家族には捨てられ、友人はたった一人。

 目的もなく、夢を失い、愚かにも生き残ってしまった欠陥品の俺自身――。


 何もかも欠落して虚無だけが残ったのだとしても、こんな風に自分の足で生きて行く中で、国民のため、家族のために戦っている少女の英雄譚(えいゆうたん)を間近で聞きながら過ごしていくのも悪くない。


 いつしか、そんな風に考えられるようになっていた。


 いずれ、本当の意味でアイリスを支えてくれる相手ができて、俺から離れていくその時までは、ずっとこんな日々が続くと思っていた。


 三日後――轟く雷雨の中、煌びやかな鎧を泥水で汚して全身ずぶ濡れのアイリスが俺の前に姿を現すまでは――。

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