最終話 魔眼ノ叛逆者
「とはいえ、あまり他国の安否まで気にしている余裕はありませんね。我が国も大きな傷を負っていますから……」
確かに決戦自体は神界で行われたが、そもそもからしてニヴルヘイムが甚大な被害を負ったままの状況であることには変わりない。
神獣種三体による襲撃の傷は、未だ根深く残っているということだ。
「そうだな。先代皇帝とオーダー卿を散々働かせてるんだ。俺たちが動かないと示しがつかない。ギックリ腰でもやられたら目も当てられないしな」
「――!」
だがこの目を回してしまうような慌ただしい日々こそ、俺たちが勝ち取った未来。
命懸けで取り戻した日常。
ニヴルヘイム軍の犠牲も決して少なくなかったが、セラを始めとして中枢戦力がほとんど生き残っていたのは不幸中の幸いだし、これまでの事件を経験した人々なら、今の様に逞しく復興活動に勤しんでいけるはずだ。
そして俺たちがすべきなのは、ニヴルヘイムの平和維持と他国の争いをなくすこと。これから先、その為の方法を考えていかなければならない。
「奴の時代を、俺たちの時代に……。そして次の世代へ……か」
「随分と大きな物を背負ってしまいましたね。でも、全ては私たちが選択したこと」
「背負って歩くさ。何もない退屈な日々より、そっちの方がいい」
オーディンが最期に残した言葉は、俺たちの心に突き刺さり続けている。
だがその言葉こそが、神々によって管理される完璧に近い世界ではなく、自分たちの手で不安定な世界を選んだ、俺たちが背負う責任なのだろう。
何が正しいのかは分からない。
それに今この状況は、正義と悪が闘った結果でもない。
正義の味方が巨悪を倒して終わり。そんな勧善懲悪で解決するのなら、この世界はとっくの昔に平和になっていただろう。
そうならなかった理由は、誰もが正義と悪の両方を持ち得ているから。
だからこそ、俺たちが正義で神々が悪というわけじゃない。
逆もまた然り。
誰もが譲れない想いを抱いていて、それがぶつかり合っただけ。
多分それは、これからも地上を生きる者が滅び去るまで永遠に続いていく。
何故なら、今この世界は神々を倒して、一生続く平和を勝ち取ったわけではないからだ。
ただ神々を倒す為に世界が一つになって協力した結果、傷を癒す間はとりあえず平和になっているだけ。
まだまだ火種は燻っているし、これからも争いは起こるだろう。
故に絶対的な正義など存在しない。
何が正しいのか分からないのなら、自分が正しいと信じた道を突き進むのみ。
いつだって、どんな時だって――。
俺にできるのは、それだけなのだから。
「――ん、んッ! まあ国営問題は常に付きまとうものですが、それはそれとしてもう一つ大きな問題がありますね」
そんな会話の最中、セラはらしかぬ様子でわざとらしく咳払いをした。その頬には、少しばかり朱が差し込んでいる。
しかし、あまりに唐突だった為、俺とニーズヘッグは二人して首を傾げることしか出来ない。
「で、ですから! もう少しばかり国力を取り戻した時には……その、世継ぎなど、必要になってきますから……」
「世継ぎ? ソフィア殿下に相手でもできたのか?」
「――?」
「全く、貴方という人は! 本当に、全く!」
直後、視界をセラの顔で占拠される。しかも距離感が近い。
その所為で、ぐにゅうううううっと、セラの巨大な胸が押し当てられており、自分の鼓動が早まったのを感じた。
「最後の月夜……私を傷物にしたのですから……。その……あの……」
セラのらしからぬ様子には、更に拍車がかかっていく。
それは俺も同様であり、普通の若者カップルが醸し出す甘ったるい空気が部屋中に充満していくのが、はっきりと分かった。
大戦を終えて少しばかり気が緩んでいる所為か、本当にらしくない。
ただ皇帝と騎士という関係から、色々と変わりゆくものがあるという証明でもあったのかもしれないが――。
「……」
しかしそこは、やはり俺たち。
こんな平穏が長く続くはずもなく――いきなり扉が開け放たれたかと思えば、グレイブ、コーデリア、リアンの三人がズカズカと部屋に入って来た。
俺とセラがスペックの無駄遣いとしか言えない高速機動で、不自然に距離を空けたのは言うまでもない。
「旦那ぁ! 緊急事態ですぜ!」
「ええ、前線から援護要請が来ているわ」
「モンスターの軍勢が押し寄せているそうだぞ! ちょっと、ヤバい感じ……」
「――! ――!」
直後、ぴゅーんっと、飛んで行ったニーズヘッグは、三人の頭を尻尾で叩いた。すると、何やら呆れ顔で説教をし始める。
「なんか前にも……」
「似たようなシチュエーションがあったような気もしますね。ということは……」
同時に俺の部屋へ皆が大挙してくる状況にデジャヴを感じていた。
「私たちもご一緒します!」
「久々に暴れられそうやからなァ! ウチも付き合うで!」
「右に同じ」
更に扉が開け放たれ、第七小隊の三人も姿を見せる。
一方、開かれた扉はシェーレの腕力で完全にぶっ壊れてしまった。前回は傾いただけで済んでいたことを思えば、ある意味成長が感じられる――のか。
「ヴァン、緊急事態だって!」
「もう突っ込まないぞ、俺は……」
その後にアイリスが来たことすら、最早予想の範囲内。
以前は目を白黒させていたアイリスもすっかり順応しているし、俺自身もガヤガヤと騒がしくなっていく現状に戸惑うことすらない。
しかし窓脇から部屋の中を覗き込むように顔を見せた、エゼルミア陛下に関しては話が別。
誰もが驚きを隠し切れないでいた。
「あら、続きはやらないの?」
「貴女は……!?」
「せっかくの機会だったのにぃ?」
当の陛下は、魔導の杖に腰かけて宙に浮かんでいる。
ニタニタという言葉はこういう時に使うのだ――と言わんばかりの表情を浮かべているばかりか、この口ぶりだ。
つまりセラとのやり取りを見られていたということであり――。
「どうやらモンスターと戦う前に、滅さなければならない相手がいるようですね……!」
「いやん、こわーい!」
「大丈夫。記憶がなくなるまで、蹴り続けるだけですから」
セラは怒髪天。
事情を知らない面々が首を傾げる中、気まずくなって視線を逸らせば、頭を抱えるアムラスの姿が視界の端に映り込む。
因みに事情を聞けば、支援物資を持ってくる部隊に引っ付いて遊びに来たのだそうだ。
あちらはニヴルヘイムより復興が進んでいることもあって、幾許か余裕もあるのだろう。こういう揶揄いがなければ、非の打ち所がないお姉さんなんだが――。
まあ少々騒がし過ぎる気がしないでもないが、これが俺の日常。
決して悪い気分じゃないのは事実だ。
「……ともかく出撃するというのなら、早急に決着を付けましょう。よくよく考えれば、今まで帰還の宴どころではありませんでしたからね」
「仕事が終わったら、宮殿主催の宴ってことですかい!?」
「ええ、ですので全力モードで頑張って下さい。当然ですが、貴女たちにも付き合ってもらいます。馬車馬のように働いていただいて貰いますから」
「あらあら、物騒ねぇ」
そんな俺を尻目に皆は盛り上がりながら部屋から立ち去っていく。
何とも勝手な連中だが、今ばかりは大目に見よう。
「――!」
そして、自分も忘れるなと頭に乗っかって来たニーズヘッグを一撫でしてアイリスの後を追わせると、窓の外に広がっているニヴルヘイムの景色を一瞥する。
「どうですか? 命を懸けて取り戻した日々は?」
「退屈する時間すらないな。色んな意味で」
「ふふっ、それならよかったです。私も、同じですから……」
そうして少しばかり呆けていると、セラから不意打ち気味に唇を重ねられる。しかし、それは一瞬のこと。
「では、続きはまた別の機会ということで。これから先も、私たちの未来は続いていくのですから」
頬を赤くしたセラは出会った頃より少し大人びた笑みを浮かべると、蒼銀の髪を揺らしながら去っていく。
無論、最後室内に残ったのは俺たち二人だけであり、他の連中に今のやり取りは見られていない。そうじゃなければ、お互いに憤死確定の恥ずかしさだ。
「本当に……退屈する暇もないな。これから先も……」
これが虚無に生きていたはずの俺が得た、そして護り抜いた日常。
まだ見ぬ未来は分からない。
でも、今此処に在るものは、何度だって護ってみせる。
神々に示した覚悟を確かな物とする為にも――。
そして俺も、瞳から蒼穹の残光を瞬かせながら、新たな一歩を踏み出した。
俺に宿った魔眼は災厄の力なんかじゃない。こうして未来を紡ぐことだって出来る。
誰に恥じることもなく胸を張り、自らが勝ち取った明日へと――。
『魔眼ノ叛逆者』 ‐完‐
‐あとがき‐
まずはここまで読んで下さった皆様に感謝をお伝えいたします。
紆余曲折ありながらも、なんとか全て書き切る事が出来ました。間違いなく読んで下さる多くの方々がいたからこその完結だと思っております。
更には沢山の方に感想・評価を頂いたおかげで、連載開始から一ヶ月半ぐらいの間はランキングの世界を体感する機会もありました。
多くの方の目に留まる機会ということで、大変ありがたかったです。
また新作のアイディアも練っていたりするので、そちらを投稿した際にはお見通しして頂けると大変嬉しく思います。
ですので、私こと『リリック』の名前も覚えていて下さると、さらに嬉しいです。
最後になりますが、この作品・私自身としても、これからの活動への大変励みになりますので、よろしければ評価・ブックマークなど頂けたら幸いです。
では改めまして。
ご愛読、誠にありがとうございました。