第19話 歴戦の騎士VS叛逆の瞳
円型の闘技場、客席に押し寄せた多くの観衆、眼前の大男。
俺は降り注ぐ視線を鬱陶しく思いながらも闘技場の中央まで歩き、対戦相手であるグレイブ・ハーナルの前に立つ。
「やっと来たみてェだな!」
「不承不承ながらな」
前方に突出したリーゼント。
大柄な体躯を包む豪勢な鎧。
肩に担がれた太い戦棍。
改めて相対すると、確かに風格のある出で立ちだ。
「この状況でも涼しい顔をしている辺り、余程腕に自信があるのか……それとも、超弩級の馬鹿なのか……」
「そうか、騎士様のお眼鏡に叶いそうで何よりだ」
「褒めてねぇよ!? まあどっちにしろ、テメェはここで終わりだ。いや、ここでテメェ一人ぐらい捻り潰せねぇようじゃ……騎士の名が廃るってもんだ!」
更にグレイブが纏う闘気は、膨大で鋭利。それこそ、ユリオンを始めとしたアースガルズの連中とは比べ物にならない力強さを秘めている。セラの言葉通りだ。
一方、そんな俺たちを尻目に、審判を務める騎士が闘技場の中央に立って声を上げる。
「武器の破損、もしくはこちらが戦闘不能と判断した場合に試合は強制終了となる。両者準備はいいな?」
「ああ!」
「了解」
「では、試合開始!」
決闘承諾の合図を送れば、模擬戦の火蓋が切って落とされる。
「ここまで来て余裕そうな面を崩さねぇか。まあ何にせよ、皇女殿下の周りを飛び回る羽虫をプチっと潰すだけだッ!」
開幕爆裂。
鈍色の太い戦棍に橙の光が灯り、豪快に振り下ろされる。後方に飛び退いて無傷で済んだものの、硬そうな地面はいとも容易く砕け散った。
「牽制でこの破壊力……」
「よく躱した! でも、逃がさねぇぞッ! オラッ!!」
グレイブが即座に跳躍。
引き続き魔力を宿した戦棍を縦横無尽に振り回しながら、回避行動を取る俺を追い立てて来る。
「迅やさも十分……か」
それも闘技場に響き渡る炸裂音は、一度や二度ではない。この数秒の間で、既に一〇回は超えていた。同時に地表の陥没・破砕の度合いも激しさを増しており、攻撃に掠りでもすれば、骨の一本や二本は砕け散ること間違いなしだ。
セラ曰く、手加減しろとのことだったが、とんだ指令を任されたものだと辟易せざるを得ない。
「ちぃ、意外と動けるじゃねぇか!」
「お褒めに預かり光栄です。先輩?」
「だから、褒めてねぇ!」
結果、こちらは回避一辺倒。向こうは連続で追い立てて来るのみ、という展開になっていた。
「どうした? 逃げるばっかりかァ!?」
「どうした? 当ててみろよ」
実際問題、相手を排除・殲滅するのであれば、今すぐにでも可能。
しかし、この戦いの目的は、“俺の力がニヴルヘイム皇国にとって有益であること”を示すというもの。力任せに相手を叩き潰すだけでは意味がない。
それ故の“手加減”。
「事ある毎に人の神経を逆撫でしやがって……こんだけアウェイなんだから、ちょっとは動じやがれ!」
「それは失敬。そういえば、つい最近似たようなことを言われたよ。これでも自然体のつもりなんだが……」
「尚更質が悪いわ! 大体、性格の悪さが目つきに出てんだよ!」
恐らくセラが欲したのは自ら考えて行動し、単騎で戦況をひっくり返せるだけの能力を持つ私兵。
その理由は彼女が軍事の切り札でありながら、皇族であるという一面を持つからだろう。
セラが最前線で戦っている時、後方の護りが手薄になる。
逆に彼女が政務や皇族のしがらみで出撃不能な場合、前線の戦力が心許なくなってしまう。
そもそも皇族が前線に立つ事自体、異常事態ではあるが、アースガルズを始めとした国々の侵攻・神獣種の襲来を予期すれば、それでも戦力が圧倒的に足りていない。
多分それは、セラ以外の皆も心の奥底で抱いている感情。そうでなければ、俺一人の存在程度でここまでの事態にはならないはず。
なら、成すべきことは一つ。
この身に宿った力で連中の想いを受け止め、その上で蹴散らすのみ。
「ちぃ! テメェと話してると調子が狂うんだよッ! コイツでさっさと終わりにしてやる!!」
「ああ、全力で向かって来てくれ。多分、そうじゃないと意味がない」
グレイブの全身から橙色の魔力が放出され、戦棍の柄から先が魔力を纏って膨張していく。
これまでとは明らかに様相が違う。リアンとコーデリアを始め、セラを除く他の連中も驚愕を隠しきれていない。恐らくこれから放たれるのは、グレイブにとって代名詞とも称せる一撃であり、模擬戦で使っていいような魔法ではないのだろう。
「減らず口を……叩きやがってッ!」
迸る魔力を宿した戦棍が勢いよく振り下ろされる。
上方の視界全てが橙に包まれた。
「“壊劫すべし、剛天裂断”――ッ!」
炸裂、激震。
鋼鉄が地面を砕き、砂塵と衝撃が闘技場を包む。
グレイブの一撃は魔法の使えない俺が剣一本を持っている程度では、どうあっても受け止められない勢いだった。
そう、まともに攻撃を受けたのなら――。
「な、に――ッ!?」
グレイブの表情が驚愕に変わる。
それは多分、自らの一撃に手ごたえを感じられなかったからだ。
「これ、は……!?」
「どう、なってるの?」
リアンとコーデリアを始めとした面々も闘技場内の異変を悟ってか、困惑を隠しきれないでいる。
一方のグレイブは、戦棍を振り下ろした体勢のまま叫んだ。
「――テメェの、それが……一体、何だってんだよォ!?」
蒼穹の十字光が、砂塵の中で煌めく。
漆黒の一閃で視界を遮る全てを薙ぎ払う。
「お前たちが言うところの魔眼だ」
爆心地の中心に佇むのは無傷の俺自身。両瞳に蒼穹、手にした剣に漆黒を宿している。
「一体、何をしやがった!?」
「魔力を吸収、それを自らに還元する。それがこの力の本質」
「ってことは、俺の……!?」
「ああ、お前の魔法は、俺の力の糧となった」
先ほど俺が取った行動は単純明快。
戦棍本体の射線軸上から外れ、膨張した魔力を吸収したというだけ。その後、ただの鋼鉄の塊と化した戦棍本体が俺の隣を素通りし、地面だけを砕いて砂塵を巻き起こしたということだ。
「なんだ、よ!? それ……反則じゃねぇか!? え、消え……ッ!?」
直後、蒼穹の残光を残し、俺の姿が掻き消える。
対するグレイブは狼狽えながらも、背後へ武器を振り抜いて迎撃を図った。咄嗟の行動で反撃して来たのは流石だが、所詮はそれまで。
空振りした戦棍を右足で踏み抜き、地面深く陥没させて身動きを封じる。
そして生まれたのは、致命的なまでの隙――見逃すはずもない。
「そんなに便利な力じゃない。少なくとも、|術者が自分の魔法を使えない《相応以上のデメリット》を一生背負わされるんだからな」
そして、手にした長剣を逆手に持ち変え、漆黒を灯す刀身をグレイブの首元へ突き付けた。
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