第18話 しっかり者と不憫な騎士
蒼い空、乾いた大地、周囲を取り囲む観衆。
この場所は、首都フヴェルゲルミルに立地する大規模修練場。月華騎士団の本拠地であり、儀礼用の闘技場も兼ねているとのことだった。
そして闘技場の中心に立つのは、グレイブ・ハーナル。先ほどまでハーナル卿と呼ばれていた人物。
対する俺は、控え室でセラを含めた四人で集っている。何故、こんな所にいるのかと言えば、単純な理由。
「――それにしても、高官・騎士団の主要人物立ち合いの模擬戦になってしまうとは……。随分と盛り上がって来ましたね」
「おい、焚き付けたのはお前だろうが。国の為だのなんだのと、上手いこと建前を使いやがって……」
「ふふっ、何のことやら……」
全ての原因は、どこか楽しそうに笑っているこの聖女様にある。
端的に表すとすれば、セラが手っ取り早く実力を示すのなら、実戦が一番だろうと言い出したから。騎士団の連中もその提案に乗っかり、気づけばこんな状況というわけだ。
「ですが今の情勢を鑑みれば、ヴァンに下積みをさせて皆に信用してもらう時間を作る猶予はない。別に面白半分というわけではないのですよ」
「それは分からなくもないし、荒事になるのも折り込み済みではあったが……流石にこれはな……」
セラの主張は最適解であると断言できる。
逆に将兵の主張は感情任せで合理的ではない。
なら、セラの主張を黙って受け入れるのが筋なのだが、将兵が一方的に間違っているかと言えばそういうわけでもない。何故なら月華騎士団を構成するのは、機械や人形ではなく生身の人間。彼ら一人一人にも感情があるからだ。
つまり彼らを納得させるだけの力を示す必要があるということ。
「そもそも、対モンスターならともかく、対人戦闘はあまり自信がないんだが……」
「あら、意外ですね」
「辺境暮らしを嘗めるな。都会生まれの皇女とは育ちが違うんだよ。勿論、悪い意味でな」
「辺境でも都会でも、ヴァンは今のままの気もしますが」
「そりゃどういう意味だ? おい、セラ……」
「――いい加減にしてもらおう! 我らがセラフィーナ皇女殿下は、斬滅聖女の異名を執る英傑……本来なら、お前風情が拝謁に預かるだけでも大罪なんだぞ!? それなのに、なんて無礼な口の利き方をしているんだ!? これ以上は限界だ!」
「ちょっと、リアン!? 殿下の御前なのよ!」
「止めてくれるなよ、コーデリア! コイツの立場がどうであれ、最高位たる殿下への侮辱は許されない。なら、僕が動く理由にもなり得るはずだ!」
俺とセラが会話を繰り広げる最中――憤慨した様子で騒ぎ出したのは、短い緑髪が特徴的な少年騎士――リアン・グンスラー。
困惑しながらも、そんなリアンを止めようと奮闘しているのは少女騎士――コーデリア・ユルグ。薄赤の髪を一纏めにして左肩口から前に垂らしているのが特徴的であり、見るからに良いとこのお嬢様という風貌をしている少女だ。
何故この二人が知った風な顔をしてここにいるのかと言えば、蒼水晶の遺跡でセラと交わした会話の通り、俺についた監視だからという理由だ。
因みにこの数日の間でセラの年齢も俺と同じ一六であることが判明していたりもするが、大人びている雰囲気とのギャップに一瞬戸惑ったのはここだけの話。
「状況に付いていけてないのは、私も同じだけど……!」
「皇女殿下への無礼は騎士団だけならず、この国の全てに対しての侮辱だ! ハーナル卿の手を煩わせるまでもない!」
「分かるけど、ちょっと落ち着きなさい!」
怒りと困惑。そんな感情がはっきり伝わって来るやり取り。
これでも他の連中よりは大分マシだというのは、何という皮肉なのか。とはいえ、どちらも俺と同年代であり、セラなりに人選の配慮はしてくれたのだろう。コーデリアに関してはそれなりに友好的に接してくれており、この数日間で唯一の救いだった。
そうして若い騎士二人が寸劇を繰り広げていると、思案顔をしていたセラが口を開く。
「ふむ……グンスラー卿。少しいいですか?」
「は、はひっ!? 皇女殿下、勿論でございましゅ!?」
あ、噛んだ――という感想を抱く間もなく、セラは長い髪を揺らしながら騎士たちの方へ歩み寄っていく。
「卿の剣を見せてもらえるか?」
「も、勿論です!」
騎士二人の表情は、セラが近づくに連れて硬直していく。
対するセラは、そんなことにすら気づいていないのか、もう慣れたものなのかは分からないが、顔色一つ変えずにリアンの長剣を受け取って眼前に掲げた。
「良き剣です。キチンと手入れも行き届いていている」
「は、はっ! 有りがたき幸せ!」
二人の内、特にリアンは頬を紅潮させており、緊張というかどこか浮ついている様な印象を受ける。テンションの差からして間違いないだろう。
だが次の瞬間、そんなリアンの表情は絶望に染まることとなった。
「卿の剣、少し借りますね」
「はい! は……い?」
「ヴァン、今の貴方は丸腰です。この剣を使ってください」
「え、えぇ……ぇっ!?」
セラは俺に剣を差し出し、それを見たリアンはさっきまでと真逆の要因で凍り付く。そんなやり取りを目の当たりにしたコーデリアは気の毒そうに顔を背け、俺は首を傾げるしかできない。
四者四様。正しく混沌。
「模擬戦が終われば、皇族御用達の鍛冶師にしっかりと鍛えさせ、今以上の状態にして返しします。何も狼狽えることはありません」
「は、ははっ……有りがたき幸せ、です」
セラの回答は最適解なんだろうが、恐らくリアンの求めるモノではない。両者の思惑は綺麗にすれ違ってしまっている。だとしても、反論の余地はないのは明白。
だからこそというべきか、リアンは大きく肩を落として消沈しており、コーデリアに励まされている。
気付けば、俺の手には鋼鉄の剣が収まってしまっていた。
「それで……剣は、何の真似だ?」
「私の“聖剣”を使っても構わないのですが、武器の性能でゴリ押しできてしまいます。つまり間を取った折衷案ですね」
「なるほど、向こうも丸腰相手じゃ戦う気も起きないってことか」
「ええ、きちんと白黒つけなければ、この戦いの意味がなくなってしまいますからね」
セラが顔を覗き込んで来る傍ら、しれっと妥協案にされたリアンが石になったように固まった。
薄々感づいてはいたが、セラは容姿通りの魔性の女ということなのかもしれない。しかも天然というか、完全に素でやっている。それも普段の女騎士然としたギャップと相まって魅力になっているのが、質の悪さを際立てているわけだ。
加えて、もう一つ分かったことがある。
「いつもながら、どんまい……」
それはリアンとコーデリアの関係性。
手慣れたコーデリアの対応からして、貧乏くじを引くリアンを慰めるというシチュエーションは、それほど珍しくないのだろう。
正直さっきまでは、やたら当たりが強くてイラつくことも多々あったが、今となっては不憫さへの同情の方が大きくなってしまっていた。
「まあ、その……なんだ、正直すまんかったと思っている」
「う、うぅ……そんな目で僕を憐れむなァ!!」
とりあえず謝罪してみたが、涙ながらの怒号が返って来るのみ。心からの言葉だったのだが、傷口に塩を塗り込んでしまったらしい。まあ多分、良くも悪くも夢見がちな若者というだけで、根はそんなに悪い奴じゃないんだろう。
「――さて、向こうも待ちきれないようですし、お話はここまでです」
そんなこんなで緊張感の欠片もない雰囲気が漂い始めていたが、セラの言葉で鋭さを取り戻す。
「ハーナル卿は我が国でも腕利きの部類に相当します。ですから、どうか怪我をさせないように全力で手加減してくださいね。貴重な戦力ですので」
「ふぇ……!?」
いや、取り戻したはずの緊張感は一瞬で四散してしまった。
突然のセラの言葉によって、リアンは大口を開けて驚き、コーデリアは素っ頓狂な声を上げている。
「まあ、何とかして来るよ」
対する俺は、セラを一瞥して踵を返すと、そんなリアンたちを置き去りにする形で闘技場に足を進めていく。
これから始まるのは、ニヴルヘイム皇国所属となった俺にとっての初陣。己が想いを貫く為、ここで退く理由は存在しない。掌に剣の重みを感じながら、光と歓声溢れる闘技場の大地を踏みしめた。
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