第152話 闘いの跡《Broken City》
激戦を終え、朝――。
フヴェルゲルミルの街には、額に大粒の汗を浮かべながら多くの人々が行き交っていた。
理由は勿論、廃墟と化した首都復興の為。
多くの人々が今日の寝床にも困る有様ということもあり、月華騎士団までもが復興作業に駆り出されている。
それは皇帝足るセラであっても例外じゃない。俺たちは完全に再利用不可能となった住居の破片などを消滅させながら街々を巡っていた。
「改めて目の当たりにすると、これは……」
「破壊の跡には再生有り……となれば、良いのですが……」
宮殿付近が無事だったのは不幸中の幸いとはいえ、街全体が被った被害は聖冥教団の比じゃない。アイムが地中を食い破ったことで揺らいだ地盤関係まで考えれば――首都復興というか再建レベルの被害でですらあった。
「犠牲は避けられませんね。多分、これからも……」
それこそ、この一件と聖冥教団の事件が前後していれば、あの連中にニヴルヘイムが支配されていたかもしれない程の被害。人々の不安や傷は計り知れない物がある。
現に少なくない人命が失われているのだから。
「しかし、あの少女が“恤与眼”の保持者とは……先の狂信者の暴走も彼女が関係していたのでしょうか? とてもあんな狡猾な手段を取るようには見えませんでしたが……」
「“神断の罪杯”と“恤与眼”……そんな言葉が横並びなんだから、可能性はゼロじゃない。だが魔眼が珍しいとはいえ、所有者が複数人いないとも限らない」
「“呪眼兵器”……これまでの一件に関わっている可能性もあると?」
「神獣種が三体同時に現れた挙句、融合するぐらいだ。もう何があっても、不思議じゃない。でも……」
何が正しいのか分からないのなら、自分が正しいと思う道を進むしかない。
とはいえ、今は復興第一。
誰もが自分に立ち止まって、自分に出来ることをやっている。
鮮血と炸裂で彩られた惨劇の跡を見つめながら――。
「ヴァン?」
「いや、なんでもない」
実際、神獣種一体で国が亡ぶとされているのだから、三体+αを退けたともなれば、後世まで語り継がれるレベルの異業。犠牲が出たとはいえ、今の状況は奇跡に近い。
数日もすれば、前回の借りを返すと張り切っているエルフの国々から補給物資も到着するだろうし、生き残った連中も疲労困憊ながら、それぞれ救護活動に勤しむだけの強さを持っているのだから尚更だ。
でも安堵はあっても歓喜はない。それは誰も同じだろう。
勝利と敗北。カールの一件と差はあっても、失った物が大きかったことには変わりないのだから。
「――!」
そんな時、空から現れたニーズヘッグがセラの肩に降り立つ。しかし、いつもとは違って、その表情はしょぼくれたままだった。
「あら、今日はお休みかと思っていましたが、寂しくなってしまいしたか?」
「――」
遊び相手がいなくなった所為か、セラが統べる国がこんなことになってしまった所為か――理由は分からないが、落ち込むなという方が無理な話だろう。
いくら気まぐれとはいえ、いつものニーズヘッグならセラまでも出張っている状況でサボタージュなんてありえない。今朝、寝床で丸まったまま動かなかったのも、きっとそんな理由から。
まあ結局飛び出して来てしまった辺り、ニーズヘッグの心持はセラの言う通りなのだろうが――。
「……さて、近辺の瓦礫は粗方消滅させました。一度、指揮を任せている父上や姉上たちの元へ戻りましょうか」
「そうだな。遺体の身元証明に関して言えば、俺たちは戦力外。ここに残って出来ることはもうなさそうだ」
フヴェルゲルミルの街は、未だ瓦礫塗れ。
少しでもマシにする為には、適材適所でこなしていくしかない。
よって現状最優先は生存者の把握とライフラインの確保。
そして、対外への警戒と“神断の罪杯”、神獣種についても考えなければならない。退屈しないと言えば聞こえはいいが、やらなければならないことが腐るほど残っているわけだ。休んでいる余裕などあるはずがない。
「ん、貴女は……」
そうして別の場所へ移動しようとした時、瓦礫の影に見覚えのある人物が佇んでいることに気が付いた。
「あ、あの……その……」
ばつが悪そうに視線を右往左往させているのは、アサレア・ハインツ。カールナイツの一人。
更に先の戦闘では、見事にやらかしてくれた少女だった。
「その、昨日はすみませんでした。私……」
アサレアは並行より下まで頭を下げる。
昨夜の所業については最早説明の必要もない。結果的に彼女の行動で直接死者は出なかったとはいえ、普通なら謝って済む話じゃないはずではあるが――。
「己の自制を悔いるのであれば、その気持ちを忘れないことです。二度目はない。私から伝えることは他にありません」
「えっ? でも……っ!?」
「貴女の闘いは、もう終わったのですから……」
ただあくまでも裁くのは、普通ならの話。
「どうして怒ったりしないの? 普通なら……」
「お前は兵士じゃない。そして色んな偶然が絡み合った結果ではあるが、お前の行動では何の悲劇も起こらなかった。つまりそういうことだ」
だが普通でない状況なら話は別。
謝って済む話ではなくとも、何かが起こったわけじゃない。
正確に言えば、俺たちが起こさなかったわけだが、それは兵士であるなら当然のこと。己の役目を果たしただけだ。
つまり非戦闘員の難民であり、民間人を軍法会議にかけること自体がナンセンスということ。
戦いで傷付くのは、俺たち兵士だけでいい。
いずれは他の兵士も傷付かない世界を――とは思わないでもないが、今はそこが妥協点だろう。
「ありがとう」
失った物もあったが得られた物もあった。
今はそう信じて進むしかない。
「それと、マーズのことなんだけど……」
そんな最中、聞き覚えのある――そして、ニヴルヘイムでは聞こえるはずのない声によって、アサレアの言葉が遮られた。
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