第143話 神獣の裁き《Trident Judgement》
「これは……!?」
地中より現れたのは、大蛇の大口。
“クインコブラ”の比ではない強烈な毒臭を放ちながら迫り来る。
「ちぃっ!?」
瞬間、黒翼の推進力を最大にして、左に逸れながら急速横回転。
抜刀済みだった“デュランダル”を大蛇の側面に押し付けながら射線軸上より逃れるが、露わになった襲撃者の姿に思わず目を疑った。
「異形の怪物か。千客万来……だな」
大蛇、人間、虎――三つの首を持つ巨大な怪物。
更に先ほど襲われた大蛇は奴の顔というわけではなく、アンドラスが跨っている巨狼と同種の扱い。
何より、伝承に思い当たる節がある異形の姿。
全身を貫く、この戦慄。
突如現れた異形騎士の名を“アイム”。
神獣種の一柱。
アンドラスとの関係性は分からないが、少なくとも最低最悪の増援だった。
「ヴァン!?」
「旦那!?」
異形の出現を受け、戦場の上下から視線が注がれる。
「……悪いが、援護に迎えそうはないな」
俺とセラ、ニーズヘッグでアンドラスを封殺。残る騎士団で雑兵への対処と民衆の避難を行えば、何とかなるだろう――というところでの神獣種出現。
肝心の連携が分断され、各個で戦闘に当たる必要が出て来てしまった。
つまり戦場は更なる混乱に包まれるということ。
「う、うわああああ――ぁぁぁッッ!?」
「顔が三つ!? 化け物だァ!?」
アイムもまた、アンドラスと遜色ない威圧感を放っている。
故に民衆のようなド素人でも、はっきりとその脅威が認識できてしまうのだろう。地中から現れたというインパクトも併せて、戦場が悲鳴に包まれる。
「皆、落ち着いてください! このままでは誰も身動きが取れなくなって……く、っ……!?」
「ゲフィオン卿!? 何なの、次から次へと!」
すると、今度は民衆が集まっている方角から悲鳴が上がる。
アサレアを抱えているシェーレを弾き飛ばし、新たに参戦したコーデリアが矢を掃射する先――悲鳴の中心に現れたのは、更なる異形。
双翼を携える黒い天馬。
その上に跨る槍の甲冑騎士。
他の二体に比肩し得る威圧感を放っている辺り、正体に関しては考察の余地すらないだろう。
神獣種の一柱――“エリゴス”。
奴も神話に刻まれし怪物に他ならないということ。
「千客万来どころじゃないな。これは……」
直槍を携えるエリゴス、二叉槍を携えるアイム、三叉槍を携えるアンドラス。
三体の神獣種に囲まれた最悪の状況。
そもそも神獣種と遭遇する事自体、天災に巻き込まれるとかそういう次元の稀有さ。その上で三体同時遭遇ともなれば、天文学の数値だ。運が悪いとかそういう次元ですらない。
どれだけトラブルに巻き込まれるのやら――と、内心溜息が漏れてしまうのも当然の話。
「さて、どうするか……」
「■、■……!!」
刺突閃光。
“デュランダル”を用いて、赤褐色の炎が纏った二叉槍を受け止める。
「■■、■!」
その直後、槍騎士の直槍が突き出され、今度は“レーヴァテイン”を抜刀して受け流す。
「神獣種二体が相手とは……俺も高く見られたものだが……!」
更にアイムの毒蛇が溶解液を撒き散らしたかと思えば、間髪入れずエリゴスの連続刺突に晒される。
双剣での防御と黒翼の推進力を用いて何とか捌いていくが、最早周囲への被害など気にする余裕はないのは見ての通り。
「こうも地表付近で立ち回られては、引き離しようがない!」
俺の聖剣と魔剣。
連中の得物と特殊攻撃。
交錯の余波ですら高台がへし折れ、家屋が形状崩壊していく。
雲は吹き飛び、地表は罅割れ、聖冥教団の一件を乗り越えて栄華を取り戻したはずの街が廃墟へと変容してしまう。
戦場を駆け抜ける破壊の波動。
脅威と暴力で打ち壊れていく日常。
力無き者たちの悲鳴が戦場に木霊する。
「この陣容では、避難もままならない。街を守る堅牢な城壁が民衆を閉じ込める鋼鉄の檻になるとは……!」
「■、■■■……!!」
何百万、何千万という人間を巻き込んだ監獄デスマッチ。
最悪という言葉を三つ四つくっ付けても有り余る状況。
このままでは決着がつく前に、ニヴルヘイムが焦土と変わるのも時間の問題だった。
「だがこれ以上、出力を上げれば……」
「■■■、■!」
視界の端に映り込むのは、恐怖で固まる民衆の表情。騎士団も必死に頑張ってはいるが、神獣種どころか崩落する家屋の雨と地割れの対処で手一杯。
正しく人の領分を超えた戦い。
その最中、決死の避難活動を尻目に腕利きの騎士たちが動き出す。
「しゃらくせぇぇっ!!」
「そうそう好き勝手……させるものか!」
グレイブとリアンの斬撃がアイムを強襲。
だが蜷局を巻いていた蛇尾が伸ばされ、力任せに打ち払われる。
「“エアリアルシュート”――!」
次いではコーデリアの風矢が旋風纏いて飛翔。空中に佇んでいたエリゴスを狙い撃つが、天馬の羽ばたきによって掻き消された。
「このままでは、全滅……! させるものですか!」
「せやね、第七小隊の誇りを見せるときや!」
「戦闘、了解!」
今度は一般兵にアサレアの身柄を任せたシェーレ率いる第七小隊がアイムの前に立ちふさがる。
「神獣種は三体。セラを戻すより、どこかで押し切って早期終結ってのが、最良ではあるが……!」
「■■■■……!」
エリゴスには俺が相対する形となり、上空は言わずもがな。
こうしてニヴルヘイムの各所を舞台に、神話大戦とも称せる戦況となってしまっている。
だがこうして闘いが成立している通り、絶望に屈するにはまだ早い。拮抗している戦況を一気にひっくり返すべく、俺も切り札を使おうとしたが――。
「この、破砕音は……!?」
他よりも背の高い建造物であるが故に、戦いの余波で限界を迎えたのだろう。先ほどアサレアが上っていた高台の中腹が砕け、真横にズレ落ちていく。巨大な塊が向かう先は、正しく張本人――アサレアを含めた多くの民間人が、先のエリゴス出現から立ち直って集結し始めていた避難地帯。
皆が恐怖に目を見開き、呆然と落ちて来る空を眺めていた。
「破片が大きすぎて壊しきれないわ!!」
「ちくしょう! こっちだって手が離せねぇんだよぉ!」
「くっ、間に合いません!」
コーデリアの矢も焼け石に水。
グレイブやシェーレたちはアイムを押し留めるので手一杯。
「――!」
「■■――!」
「やはり厄介ですね……!」
そもそもからして、街への被害を食い止めるべく高度を上げて戦っているセラやニーズヘッグが間に合うはずもなく――。
「ちっ、これではこちらも動けない……!」
直槍を起点に放たれる砲撃を吸収する俺の背後でも、未だ多くの民間人が震えている。此処で俺が動けば、何万という人間の命が失われる。助けられるのは、二つに一つ――。
「――ぅ、ッ!?」
そうして目を硬く瞑るアサレアたちの上に巨大な塊が降り注いだ瞬間――翡翠の光が煌めいた。
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