第142話 痛みの天空《Pain Sky》
「アイツ、何を……!?」
さっき街を灼き払おうとした刺突が再び放たれ、双剣を交差させながら鍔是り合せていると、アンドラスの背後から魔力の塊が放たれる。
何の変哲もない魔力弾。
新米兵士にも劣る弱々しい光。
「お前だけはァァ!!」
俺と奴が互いに得物を押し合う形で動きを止めている所為か、対処するまでもないとアンドラスが動かなかったおかげかは定かじゃないが、アサレアの魔力弾は見事着弾する。無論、アンドラスが微動だにすることはない。
「この……絶対にッ!!」
その後も連続で光が煌めき、激しい空中格闘戦を繰り広げる俺たちの戦場に魔力弾が降り注ぐ。
だが拙い攻撃は、俺が吸収しても大した足しにもならず、アンドラスの硬質な皮膚に通用するわけもない。つまりは戦いの土俵にすら上がれていなかった。
「■■、■……?」
とはいえ、下手な攻撃も数を撃てば当たる。
アンドラスは顔面直撃コースの攻撃を三叉槍で掻き消すと、煩わしそうにアサレアの方を一瞥。旋回の振り向き様に漆黒の斬撃を放ってしまう。
「ひ、っ!?」
「ちっ、間に合わないッ!?」
現状、俺とアンドラスは対角線上の位置関係にある。互いに背後を取らせないよう立ち回っていたのだから、正面から向かい合うのは当然だろう。更にアサレアはアンドラスの向こう側の高台におり、対角の延長線上。
そんな位置関係のアンドラスが振り向き様に攻撃を放つということは、俺から見て最も遠い方角へと斬撃が炸裂するも同じ。この状況で魔眼を開放しても、最早手遅れ――。
否、それどころか漆黒の残滓を纏いて、右方から三叉槍の刺突が迫り来る。
「“天柩穿つ叛逆の剣”――!」
右の“デュランダル”に漆黒を纏わせて一閃。
破壊の波動が戦場を駆け抜けた。
互いの足が止まり、戦闘が再開してしまう。
よって、鳥獣騎士と相対する俺が防御に向かえるはずもなく、そもそもアサレア個人が神獣種の攻撃に対処することは不可能。
絶体絶命――。
「――!!」
瞬間、白い灼炎が天を舞い、少女の絶望を消し飛ばした。
「やれやれ、随分なご挨拶ですね」
戦場に現れたのは、真の姿を取り戻した白の竜皇。
そして、竜皇を駆る蒼銀の聖女。
「■、■■■■!!」
「街中混乱しています! 突破されないでください!」
「り、了解!」
更に城壁の彼方で黄金の光が瞬き、押し込まれかけていた戦況に一石を投じた。常駐している兵士と鳥獣騎士の部隊の戦闘にアイリスが介入した傍ら、アンドラスとセラは互いを一瞥する。
正しく因縁の再会といったところか。
「もう顔を合わせることはないと思っていましたが」
「■■、■■■……」
とはいえ、この二人が来たのであれば、神獣種と臣下が相手でも戦力的に不足は無い。先ほどグレイブが突っ込んできた辺りからして、騎士団も混乱を脱しつつあるのだろう。
つまり周囲への被害を気にせず、ようやく全力で戦える。
まあ、もう一つばかり懸念事項があるわけだが――。
「化け物め……また私の居場所をっ!?」
「頭に血が上り過ぎだ。戦場は、お前の領域じゃない」
「何を……!?」
「覚悟と道理を通すなら、復讐でもなんでもすればいい。でもそれがお前の答えなのか? 無駄に玉砕するだけの戦いに命を懸けるのが……」
「無駄、なんて……!? うぇ、っ!?」
アサレアの首根っこを掴み、黒翼で飛翔。
突出して来た小さな鳥獣騎士が振り下ろした刃を躱すと、展開した黒翼から刃状の波動を撃ち放って迎撃する。
「■、■■■……!?」
「ひぅっ!?」
破断、炸裂。
命が散る光景を前に、アサレアの表情が凍り付いた。
「戦うってのも意外と大変なもんだ。それに一度その手を血で汚してしまえば、もう戻れない。そこにどんなに高尚な大義があっても、どんなに醜い理由なのだとしても……」
「でも……!」
「暴力に正義も悪もない。残るのは痛みだけだ。そして刃を振り下ろしたのなら、今度は自分が誰かに痛みを与える者となる。間違った自分の行動を正当化するのも醜悪極まりないが、被害者だから何をやっても許されるわけじゃない」
更に突っ込んで来た別の鳥獣騎士を“デュランダル”で叩き斬る傍ら、ニーズヘッグを駆るセラとアンドラスの闘いが始まった。そして今も尚、アイリスを加えた騎士団と鳥獣騎士たちによる闘いは続いている。
これが闘い。誇りと信念と矜持と――命を懸けた戦い。
「お前にはあるのか? 勝利の重圧と責任を受け止める覚悟が……」
「それは……出来ないって分かっていても、私がやらなきゃって思ったから……!」
「出来ないと分かっている……か。人智を超えた仇と戦っているセラの姿を見て、逃げ惑う民衆を守ろうとする連中や死んでいく者たちを見て……少しでも及び腰になったのなら、お前は正常だ」
「え……?」
「復讐も戦争も、馬鹿じゃなきゃ出来ない。それに平和な世界で生きるべき人間が手遅れな馬鹿になる姿を目の前で見たくない。これも俺のエゴだがな……」
話はここまで。
足元にやって来ていたシェーレに向け、アサレアを投げ捨てる。
「ユグドラシル卿……」
「そいつの避難を頼む。どこもかしこも大惨事だからな……」
少しは頭が冷えたのだろう。
シェーレに受け止められたアサレアの表情には、困惑はあっても憎しみの感情はない。
本当の復讐者なら、仇を前に俺の話に耳を傾けなどしない。例えどんな状況に陥ろうと、誰が犠牲になろうと、問答無用で飛び出していくはず。
それはつまり、アサレアを突き動かしているのは、“復讐したい”という想いではなく、“復讐しなければならない”という、破れかぶれの強迫観念でしかないということ。
なら、まだ手遅れじゃない。日常という名の平和へと戻れるはずだ。
「一度冷静に考えて、それでも足が止まらないなら戦場に戻ってくればいい。決めるのは自分自身だ」
「決めるのは、私……」
シェーレに抱えられて離脱するアサレアを一瞥すると、戦場の空へと視線を向けた。
人智を超えた戦いは、既に激戦の様相を呈している。だが二対一とはいえ、街への被害を気にしなければならないセラたちの方が不利なのは自明の理。
ここで戦線を立て直すべく、黒翼から放射線状の波動を振り撒いて加速しようとした瞬間――。
「な……ッ!?」
「■■■――!!」
全く理外だった地中より、狂気の牙が顕現する。
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