第132話 少女の慟哭
俺とグレイブ、シェーレの三人は、皆の訓練から抜け出し、訓練場備え付けの武器庫へとやってきていた。
規則正しく並んでいる訓練用、実戦用が入り乱れる武具の数々。
そんな風景の一角――木箱の影へと身を隠している者を追う為に。
「おいおいおい! 何してんだ!? お嬢ちゃん!」
「ぐ……っ!?」
ばつの悪そうな表情を浮かべて木箱の影から出て来たのは、先の一件で保護したカールナイツの一人。皆が一喜一憂する傍ら、鋭い眼差しが印象的だった少女だ。
そして、薄金の髪をした名も知れぬ少女の手には、月華騎士団の紋章が刻まれている長剣が握られていた。
「ハーナル卿、顔が怖いです」
「なんとぉ!?」
「それはさておき、どうしてこんなことをしたんですか?」
巨漢のグレイブが困惑の中に怒気を潜ませているのだから、初見の印象として最悪なのは言うまでもない。加えて、この間の聖冥教団やレジスタンスの一件然り、俺もこの手の普通の人間には好かれることは少ない。つまり消去法でシェーレが対応している。
「私は、それは……!?」
一方、この国でも屈指の常識人であるシェーレには最適の場面かと思われたが、目の前の少女は別の意味で圧倒されていた。まあ、長身のシェーレが頭一つ半以上背の低い少女に目線を合わせるべく屈んだ所為で、意図せずセクシーポーズとなってしまっているのが原因なのは言うまでもない。
とはいえ、この会話に時間をかける意義はないのは自明の理。シェーレに一蹴されて地味にショックを受けているグレイブを尻目に、無理やりにでも会話を進める。
「……お前たちのリーダーにも言ったが、隠し立てしない方が身の為だ。最悪、カールナイツ全員の首が飛ぶ事態にもなりかねない」
「っ、そんな!?」
「少なくとも今のお前を見れば、誰もが他国からの諜報兵だと疑うだろう。自分たちがどういう立場にいて、そこから先どうなっていくか……説明の必要はないと思うが?」
少女はそのまま俯いて固まってしまう。
何にせよ、こちらの主張は今言った通り。
大人しく引っ込んでいるように言われた人間が勝手に抜け出した挙句、最高機密の一つである軍施設に忍び込んだ以上、お咎めなしなんてありえない。
ましてや彼女の手にこちらの武器が握られているのだから尚更だ。
「事情は向こうで聞いてやるから、持ってる武器を寄越しな。そいつは素人にゃ、過ぎた代物だ」
「ふざけないで! 私はあの悪魔を殺す為にここに来たんだ!」
その一方、少女は突如として顔を上げ、憤激を爆発させるように両手を振るった。まあ、癇癪を起こした子供のような動作では、こちらにとって脅威足りえないわけだが――。
「っと、だから素人が適当に振り回すんじゃねぇぜ」
「このっ!?」
鞘に収まった長剣はグレイブの大きな手に掴まれて動きを止める。
完全に虚を突かれる形となったが、この程度では不意打ち以前の問題。単純に表すのなら、戦闘経験以前に地力が違い過ぎるということ。
現に少女が脱出を試みようと腕を左右に振るも、グレイブの腕はビクともしていない。
「両親も弟も、村の皆も私の国も……皆アイツに壊されたんだ! だから私がやらなきゃいけないんだ! 家族が肉片に変わったのを目の前で見た私の気持ちなんて、こんな所でぬくぬくと騎士なんて名乗ってる奴らに分かるはずない!」
少女が感情を爆発させる。
無力な己への赫怒。
やはりこの少女は俺と同じ。
そして、以前レジスタンスで顔を合わせたジャックとも面影が重なる。
「……復讐か、それもいいだろう」
「は……?」
「止めてくれるとでも思っていたか? 別に復讐という行為自体を否定するつもりはない。全てはやり方と覚悟の問題……要は筋を通せということだ」
だがこの少女は混沌の乱世に身を置く俺や、一方的に非を擦り付けてミュルク軍を手にかけたであろうジャックとは違う。
まだ手遅れではないはずだ。
「ここにあるのは、ニヴルヘイムの所有物。言うなれば、この国の人々の血税、労力の結晶。お前のエゴで利用していい物じゃない。ましてやこの武器を持ち出して逃げるのは、ニヴルヘイムへの背信行為であり……お前が復讐の為に出奔した後、裁きを受けるのは……」
「そ、れは……っ!」
「つまり現状、お前の行動一つで、あまりに多くの人間が理不尽な迷惑を被る状況にあるということだ」
少女の瞳が僅かに揺らぐ。
「でも、私は……!」
「他人へ理不尽な犠牲を強いてまで、エゴを押し通す復讐に正当性などない。それでも感情が抑えられないのなら、復讐でも何でもすればいい。自身だけではない、他者を犠牲にする覚悟を持って行動するのなら……。自分が犠牲にした者たちに恨まれる覚悟があるのなら……」
自分で強くなって、自分の力で目的を成し得るというのなら、俺は文句を言うつもりはない。
復讐なんて間違っている――というのは、ただの奇麗事だと思うから。
一方、復讐なんてのは、当人と関係者以外からすれば、正しく他人事。理不尽に巻き込まれるなんて御免被るし、自分が被害者だから何をやっても許されるわけじゃない。それでも犠牲を顧みず、修羅となってでも確固たる信念と覚悟を持って移した行動こそが、真に復讐と呼べるのだろう。
正しいとか間違っているとか、そういう次元の話じゃない。
無論、それは当人にとってだけの正義であり、他者が許容などするはずもない。
故に現状――。
「お前が一人で出ていくのなら止めもしない。勿論、支援はしないし、今の様にニヴルヘイムへと刃を向けるなら、ここで叩き潰すしかないがな」
「違う、私はそんなつもりじゃ……!」
「今お前がやろうとしていたのは、子供の八つ当たりと何ら変わらない。生き残った君が、人生を懸けてまで成すべき事なのかを現実的に考えてみることだ」
実際問題、神獣種と遭遇する確率なんて、無限に広がる砂漠の中で砂粒程度の大きさをした宝を見つけるようなもの。ましてや狙って特定の神獣種と遭遇したい――ともなれば、天文学的な確率となってしまう。
その上で、達人すらも一蹴してしまう様な災害級の相手を倒すともなれば、どれだけ超難度なのか考えるまでもないだろう。
少なくとも、この少女では天地がひっくり返っても不可能だ。それは多分、彼女自身が誰よりも理解しているはず――。
「私は……私、は……っ!」
自分の行動で、共に討ち延びて来た仲間がようやく手に入れた安寧を失ってしまうかもしれない。
でも何かに怒りの矛先を向けなければ、自分自身が壊れてしまう。
そんな感情の奔流の中で板挟みとなり、少女は床に崩れ落ちていく。
彼女の手に剣は無く、その身体を支えているシェーレの胸で泣きじゃくるのみ。
一体誰が悪かったのか。
彼女たちは当然の生を謳歌していただけだ。
だが人間が勝手に“魔獣”と呼んでいる彼らも、自らが生きる為に行動しているだけ。それを悪と断じることはできない。
なら侵攻活動を始めた巨人族が悪い――という単純な問題でもないだろう。
彼らとて不本意ながら薄氷の平和に甘んじていたはず。そもそも平和崩壊の引き金となったのは、アースガルズのニヴルヘイム侵攻。逆に言えば、それさえなければ、今も平和が続いていた。
だがアースガルズが動いた原因を辿れば、各国で深刻化していたモンスターの襲来によって国内経済が逼迫し、貿易ラインが絶たれ始めていたから――という事実に回帰してしまう。
結局は堂々巡りだ。
それはつまり、この少女の様な存在は何も珍しくなどないということ。
実際、かつて全てを失った俺や国是を背負わされたセラ、勇者という偶像の果てに人として殺されかけたアイリス――いや、誰もが乱世の渦に呑み込まれている。
混迷の時代の中、誰もが痛みに呻いている。
きっとこの少女の様な存在は、これから先の未来も腐るほど生まれてしまう。
ならそうならない未来を、世界を切り拓くことこそが、乱世の中心に位置する戦士の役目なのかもしれない。
だが、もう生まれてしまった悲劇に対してどうすればいいのか――その答えを、今の俺は持ち合わせていない。
この身に宿ったのは、消滅と破壊の力。
俺には戦うことしかできないのだから。
そして、止めようのない少女の慟哭は、戦士たちの在るべき場所に響き渡り続けていた。
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