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第131話 皇女と神の名を冠する獣

 晴天の下、ニヴルヘイムの騎士たちが整列している。

 それは月華騎士団(ヴァーガルナイツ)の訓練模様であり、俺としても最早懐かしすぎる光景。ニヴルヘイムに来た当初以来という、あまりにも久々過ぎる参加となったのだから、当然というものか。


「対アンドラスを想定ってことで、皆気合が入っているみたいだな」

「当たり前ですぜ。奴さんの名前は、俺たち月華騎士団(ヴァーガルナイツ)にとって、屈辱の烙印みたいなもんなんですから……」


 このニヴルヘイムに再び神獣種が来襲すると決まったわけではないが、先のアースガルズ、エルフの二国の件を思えば、国防に力を入れなければならないのは自明の理。

 セラの指示を待つことなく騎士団が動いたことには、聖冥教団事件以来の良い変化を感じざるを得ないが、少々過敏過ぎるというのも事実。皆が訓練へと散っていった傍ら、その答えとなりそうなグレイブの反応に思わず首を傾げる。


「何せ、前に(やっこ)さんがこの国に来た時、俺たちは何もできなかったんだから」

「そうですね。私たちが抗おうとも、流れる血は増えていくばかり。その所為(せい)で皇帝陛下……いえ、セラフィーナ皇女殿下を戦場に立たせてしまいました。騎士団としては、不徳の極みです」


 そんな最中現れたシェーレの表情からも、グレイブと同様に強い無力感が伝わって来る。


 当時の戦況としては恐らく、この二人とオーダー卿辺りが主戦力として相対したんだろう。一方、自分の身を守るので手一杯となってしまい、有効打を叩き込むことができなかった。その上、必死に迎撃している間、一般兵士が屠られていたというところか。

 アンドラスとインフェルノケルベロスの差異は分からないが、同格のモンスターというのなら、それくらいの力を秘めていても何ら不思議じゃない。


「それも初陣であんな滅茶苦茶な戦いを見せられちゃ、たまったもんじゃねぇぜ。一応、年下の女子だってのによォ……」

「ええ、援護どころか、盾になることすら出来ませんでしたから……」


 端的に言ってしまえば、闘いの次元――規模が根本から違う。

 安っぽい言葉で表すなら“神話の闘い”というところか。


 実際、形骸化していない俺たちの知り得る歴史において、神獣種を単騎で撃破したとされているのは、オージーン・ウートガルザのみ。

 もしかしたらゼイン・クリュメノスも同じことが出来るのかもしれないが、この連中はイレギュラーの中でも、特に異常な力を持っているが故――。


 新たな領域へ足を踏み込みつつある今の俺であっても、対面で神獣種と戦って絶対に倒せるかと聞かれれば、首を縦に振れないというのが現状。無論、今のセラであっても単騎撃破は容易じゃない。少なくとも相対して戦いが成立する最低条件が勇者の力を取り戻したアイリス並の実力というのは、異常極まりないが確かな事実だ。


 つまり普通の人々からすれば、神獣種はモンスターというか自然災害に近いレベルということ。そもそも戦おうとする前提自体が間違っている。


「初陣、ね……。道理で肝が据わっているわけだ」


 これらの事実を総称すれば、初陣で神獣種を撃退したという聖剣の皇女の生い立ちは、相も変わらず他と隔絶していると言わざるを得ない。単騎で戦況をひっくり返す様を見せつけられたのだから、騎士団が無力感を抱くのも当然だろう。


「確かにお高く留まって何にもしねぇ役人よりも、一緒に戦場に立ってくれる皇女殿下の方が何倍も頼りになるし、信頼出来る。でも皇族を戦場に立たせるなんてのは、本来ありえねぇことだ」

「ええ、我々騎士団が何千死のうが、何万の民衆が消し飛ばされようが、皇族さえ生き残れば、国は存続できる。本来は後方に控えて執政を行ってもらうことこそが、最善の在るべき姿ですから……」


 二人の言う通り、戦場に立って無双するのは、本来勇者や将軍、騎士の役割であり、皇族、国家元首に求められるのは救世主としての力じゃない。

 彼らの最大の役目は、為政者(いせいしゃ)として自らの国を豊かにすること。

 そして、例えどんなことがあっても生き残って、世継ぎを残し続けること。


 故にその口で“私の為に死ね”――と、部下や民衆に向かって言える王こそが、覇道を歩むに相応しい。皆の為に自分を差し出すなど二流のやり方だろう。

 一見、非人道的であっても、彼らは“王”。

 替えの利く“(ただ)の人”ではないのだから。


「そうだな。それが理想ではあるが……」


 故にセラやエゼルミア陛下、オージーンなどの存在で感覚が麻痺しているが、王が最前線に出てくるなどありえない――という言い分には、全面的に納得しかない。

 逆に言えば、最上級の上役が動かなければならない乱世の異常性を現しているわけだが――。

 ただこの連中が皇女殿下万歳と陶酔(とうすい)するようなことが無くて、少し安心した自分がいたのは確かだった。


 アルバートの一件どころか、皇女時代のアースガルズとの戦争を見ていても、セラが自分の立ち位置や国の現状を理解しているのは明白。故に皇女として、皇帝として国に必要な自分を演じて来た。決してアルバートが言ったような夢見る少女じゃない。


 では何故、誰よりも為政者(いせいしゃ)であったはずのセラが前線に出張って来ざるを得なかったのかと言えば、騎士団の力不足に帰結してしまう。つまりこの連中は希望的観測ではなく、今目の前に広がる現実が見えているということ。


「……ともかく、今は戦力も増えたはずだ。敵はアンドラスだけじゃないし、熱くなり過ぎない様にしておくことだ。何と戦うにせよ、力を高める以外に道はない」


 今は背中を任せるに足り得る味方がいる。

 一歩ずつ前に進むしかない。


 セラとアンドラスの因縁を改めて知り、一方でグレイブとシェーレが決意を秘めたような表情を浮かべる傍ら、ふと向けた視線の先には、騎士団を揺るがしかねないとんでもない光景が広がっていた。

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