第126話 戻って来た日常
ニヴルヘイムに帰還して以後、世界情勢に気を配り、“神断の罪杯”について情報を集めながらではあるが、俺たちは昔懐かしい日常を取り戻し始めていた。
「しかし、次から次へと厄介事に関わるものだな。セラフィーナよ」
「そう騒いでも仕方ないですわ、お父様。可愛い子には旅をさせよ……と言いますからね。今はセラが無事に帰ってこられたことを喜ぶべきでしょう」
セラはラウル先代皇帝、ソフィア殿下と政務作業、外交関係の擦り合わせを行いながら、国元を空けた期間を埋める形で忙しく働いていた。
よくよく考えれば、皇帝就任翌日からあの鮮烈な旅に出てしまったわけであり、やるべき事が溜まっているのは当然。というか、本来後方で全体指揮を執るはずのセラが実働部隊として動き回っていた事自体、イレギュラーであるのだから仕方ないだろう。
とはいえ、こればかりは俺やアイリスが肩代わりできることじゃない。少々心苦しいが、皇族本人に任せる他ないだろう。
「――!」
「ふふっ、貴女も手伝ってくれるのですか?」
そんな中、ニーズヘッグは忙しく働くセラの髪に抱き着き、結い上げるような形でパタパタと浮いている。その様は生きる髪飾りとでもいうのか――セラが政務作業をしやすいように、彼女の髪をポニーテールへと変えていた。
“セラティア・グレイスナーデ”としてミュルクで過ごしていた頃を思い出すが、愛すべき国で家族やニーズヘッグと過ごしている今と、ならず者一歩手前のレジスタンスに囲まれていたあの頃では、文字通り表情の温度が違う。
セラに気があった――らしいジャックには、何とも気の毒な話だ。
因みにそんな事など露知らず、囃し立てる様なレジスタンス連中の言葉の意味を理解したのも全てが終わった後、アイリスから耳打ちされてから。首を傾げていたら、ジト目をしたアイリスに頬を抓られたのはここだけの話。
尤も、張本人であるセラも同じように全く気付いていなかったようであり、その事に関してエゼルミア陛下と小競り合いを繰り広げていたのもここだけの話だ。
そして、こんなやり取りを見ながら宮殿を発った、当の俺はと言えば――。
「雑魚は任せる!」
「ちょっと、ヴァン!?」
「一気に本丸を狙い撃つ!」
セラの護衛をニーズヘッグに任せ、相も変わらず押し寄せるモンスターとの闘いに駆り出される日々を送っていた。
共に出撃しているのは、何の因果かニヴルヘイムに来た当初を思い出す面々――グレイブ、コーデリア、リアンの三人。
アイリスに関しては、戦力の一極集中を避ける為、別部隊でエースとして働いている。そんな扱いをされるアイリスに加え、セラとエゼルミア陛下、アムラスを始めとした腕利きのエルフ部隊――という編成が、どれだけ過剰戦力だったのかが分かることだろう。
それでも尚、世界を包む混沌に太刀打ち出来ていなかったことも含めて――。
「流石旦那だ、痺れるぜ!」
「そんなこと言ってる場合ですか!?」
そして、今戦っているのは、成人男性より巨大な蠍――“スコルイーター”。更にその奥には、より巨大な体躯をした“スコルデリンジャー”が控えている。
俺の狙いは、指揮官を叩いて連携を鈍らせること。よって、黒翼の推進力で最奥まで一気に駆け抜けていく。
「ああ、もうっ! “雷鳴のストレイン”――!」
直後、コーデリアの大弓――“ウィズダムゲイル”から、雷光を纏った矢が次々と飛翔。硬い外鎧を持つ“スコルイーター”に突き刺さる。
「これは……」
いや、正確には外鎧の繋ぎ目――関節部を狙い撃って飛来していた。
恐らく俺たちが留守にしている間に身に付けたであろう“雷”の属性魔法。
加えて、弱点を射抜く精密射手。
どこを取っても、以前のコーデリアとは別次元の領域に達していた。
とはいえ、如何に矢の正確性が向上していても、相手が動いている以上、全てが間接部に命中するわけじゃないというのは自明の理。
だが雷の特性上、感電した相手は動きを鈍らせる。
そうして痺れたところを間髪入れず、ブレイブとリアンが狙い撃つ。
「カサカサ動き回るんじゃねぇぜ! どっせいッッ!!」
大柄なグレイブと比較しても大差ない“スコルイーター”ではあるが、大剣の一振りで一〇匹ほどが破片に変わる。
「“ブレイバースラッシュ”!!」
対するリアンも見事な兜割で硬い外鎧を断ち穿っていた。少なくとも、以前の奴ならこんな力押しは出来なかったはず。
身のこなし、魔法の精度と破壊力――三人とも以前より、遥かに力を増している。
つまり強くなったのは俺たちだけじゃないということ。
「何とも頼もしいことで……」
三人の援護で“スコルイーター”の群れは機能不全を起こし、大物の元まで容易に到達できた。力任せに戦線を引き千切ろうとしていた労力を戦闘に割り当てられるわけだ。
立ちはだかるのは、上位種モンスター――“スコルデリンジャー”。
相手にとって不足はない。
いや、むしろ好都合。
「それなら俺も……色々と試せそうだ」
瞳の紋様が十字架から剣六芒星へと変わる。
“禁忌魔眼・解放”――黄金が薄く混じると共に、鞘から抜き去った“レーヴァテイン”に蒼い炎が灯った。
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