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第119話 最強の戦士

「“破滅衝く黎明の剣(ロストエンジェル)”――ッ!」


 斬滅天尖。

 全出力を攻撃のみに転化した一撃。

 俺の放てる最強の技。


「“巨人の剛天撃(ティタン・ブレイク)”――ゥ!!」


 銀斧裂撃。

 これまでとは別次元の魔力を纏って、戦斧が巨大化。上段から振り下ろされる。


「――ッ!!」


 滅破激突。

 破壊の波動が渓谷の奥底にまで轟く。

 閃光が世界を包み込む。


「……見事だ」


 左腕から鮮血を(したた)らせながら、オージーンが呟く。

 それは赫黒の魔剣が白銀の波動を突き抜け、奴に届いたという証明。

 だが――。


「どうやら限界のようだな」

「ち、っ……!」


 鮮血を滴らせているのはこちらも同じ。

 いや、同じどころか奴以上のダメージを負って、地面に膝をついている。つまり俺の剣は奴の腕を掠めただけ。


「ほう、周囲の空間から魔力を喰らって自らの傷を癒すとは……だが、それも焼け石に水というものだ!」

「相変わらずの馬鹿力が……!」


 闘いは何も終わってなどいない。

 大気中に散布されている魔力残滓を喰らって自分の治療を始めるものの、戦斧が地面を砕きながら迫り来る。

 咄嗟に“レーヴァテイン”を割り込ませて事なきを得たが、俺の身体が再び宙を舞う。


「良い反応だ! 強き心を持つ勇士よッ!」


 銀の戦斧が戦場に轟く。

 再び双剣と黒翼を用いて対処せざるを得なくなり、さっきまでの焼き直しのような戦いを繰り広げる。だが明確に違う点もあった。


「まだこれだけの出力を……!」


 それは変わらず荒々しい剣戟を繰り出して来る奴に対して、俺の動きが鈍くなり始めているということ。


 身体強化を限界以上にまで高めざるを得ない激しい戦闘。

 大技の連発と傷の治療。

 更に全てを(まかな)う為の大規模魔力吸収。


 これらを並行かつ同時フル回転させているのだから、術者への負担はこれまでの戦闘の比ではない。現に能力の根幹である、魔力吸収効率までも落ち始めている。

 正しく過負荷突破(オーバーロード)

 限界など、とっくの昔に超えてしまっていた。

 まるでそれを証明するかのように、両眼から流れ落ちた鮮血の涙が頬を伝っている。


「“巨人の裂撃(ティタン・ブラスト)”ッ!!」

「“我、迷いを断ち穿つ牙(クルセイド・ファング)”――!」


 どうにか斬撃を受け流すが、余波だけで地面が割断された。


 あちらの出力は据え置きどころか、未だ底が見えない。

 対してこちらは、悪化の一途を辿るのみ。


 出力(パワー)機動力(スピード)は奴の方が上、戦闘経験など比べるまでもない。対抗できる可能性があるとすれば、“叛逆眼(カルネージ・リベルタ)”の能力のみ。

 つまり先の最大出力同士の激突が、唯一の勝機だったということ。

 奴を討てなかった弊害(へいがい)が、ここに来て俺を(むしば)んでいる。


 そうして状況が悪くなっていく最中、彼方より蒼銀の光が飛来した。


「大した射程だ。しかし、威力が減衰していることを差し引いても、我には効かん!」


 それは今も巨人族と戦っているセラからの援護だったが、戦斧の一閃によって薙ぎ払われ、大地を消し飛ばすに留まる。続くように黄金と紅桔梗の光も飛来するものの、やはり戦場の大地を焦土と変えるのみ。

 肝心のオージーンは爆炎を背に悠然と立っている。


「……それでも、一瞬は稼げたさ」

「まだ立つか、小僧……」

「生憎とまだ(・・)死ねない」


 両手の剣に漆黒を灯し、焦土の大地に立つ。

 今の一瞬で行えたのも、焼け石に水程度の治療。能力の過負荷突破(オーバーロード)が解消されるわけもない。それでもまだ――。


「貴様が我らの同胞であれば……と思わざるを得ないな。心から残念なものだ」


 セラたちの奮闘もあり、背後の戦況は五分。

 このままであれば、当初の予定通りの展開に持ち込むことは可能だろう。

 でも、ここで俺が倒れたのなら、それは叶わなくなってしまう。しかも、闘争を楽しむこの男の性質から考える限り、セラたちに待つ未来は――終焉。

 エルフの国が滅ぼうが、世界が滅ぼうが、それだけは絶対に認めるわけにはいかない――と大地を踏みしめるが、この生きる世界は力なき叫びを聞き入れてくれるほど優しくはない。


「我らの栄華の到来……貴様の死は、その狼煙(のろし)となろう。せめて光栄に思いながら散るがいい!」


 天に掲げられた戦斧に白銀の光が集う。

 それは先ほども見た光景であり、終幕を告げる絶望の宣告でもあった。


「“巨人の剛天撃(ティタン・ブレイク)”――ゥ!!」


 白銀剛天撃。

 暴力的な魔力が極光となって飛翔する。


「……ッ!」


 極光が世界を覆い尽くさんばかりに迫って来る。そんな光景が一瞬にも、永遠にも感じられる。


 元より誰からも見捨てられた意味のない人生。

 自分が死ぬことなんて、何も怖くない。

 ただ俺が家族から捨てられたあの日、この掌を包んでいたあの少女が――あの暖かさが、(うしな)われたことに対する憤りにも似た感情が蘇り、心の中を渦巻いている。


 魔眼()を得たから日常(全て)を失ったのか。

 日常(全て)を失ったから魔眼()を得たのか。


 それは未だに分からない。


 だがセラたちを(うしな)うということは、あの日の惨劇を繰り返すも同然。

 月下の夜を繰り返さないようにと走り続けてきたのに、そんなことを認めるわけにはいかない。


 自分の無力さとかつての惨劇、これから起こり得る絶望の未来を前にして、精神(ココロ)に立ち昇る赫怒(かくど)の炎。

 己すら燃やし尽くさんばかりに勢いを増す、そんな感情を認識した瞬間――俺の中で何かが弾けた。

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