第11話 叛逆ノ剣
「おい貴様! どうしてこんな所にいるのかと、天才であるこの僕が聞いてやっているんだぞ!? さっさと答えろよ!」
「何故かって言われても……成り行きというか、厚意というか?」
「ええ、そんなところでしょう。こちらとしては喜ばしい限りですが……」
突如現れたユリオンからの糾弾。
明確な答えを持ち合わせていない俺は、隣のセラフィーナと視線を交錯させて肩を竦め合う。
しかし、そんな反応がお気に召さなかったのだろう。脳内お花畑カップルが騒ぎ始める。おかげでセラフィーナの最後の言葉を聞き取れなかったのは、ここだけの話だ。
「だーかーら! 僕の質問に答えろと言っているんだ!」
「そうよ! 第一、アンタ如きが……この私を蹴り飛ばすなんて……! そんなの許されるわけないじゃない!」
「き、貴様、アメリアに手を上げたというのか!? この腐れ外道がッ! 恥を知れッ!」
幼稚な怒りが爆発する。
すると、ユリオンが抜刀。指揮官の号令を待つことなく、突撃をかけて来た。
灰色の魔力を剣に纏わせ、こちらに突っ込んで来る動作には一切迷いがない。曲がりなりにも様になっている辺り、“天才”の名に偽りはないのだろう。
「以前の僕への仕打ちと合わせて一億倍返しだ! も・ち・ろ・ん! 僕たちが満足するまで痛めつけた後に殺してやるよォ!」
ユリオンが銀閃を奔らせる。
しかし肩口を狙った長剣が、俺の骨肉を断ち穿つことはなかった。
「なに――ッ!?」
鈍い炸裂音。
鋼鉄同士の激突によって、振り抜かれた剣は俺の目前で止まっている。更には接触と同時に、奴が刀身に纏わせていたはずの魔力が喪失していた。
「僕の……剣が……!?」
攻撃を防がれ、得意気だったユリオンの表情が一変する。余程自信のある一撃だったんだろう。ムキになって押し込もうとして来るが、咄嗟に地面から拾い上げて防御に回した俺の剣は微動だにしない。
それどころか、ユリオンは剣の鍔迫り合いに意識を割き過ぎており、完全な無防備状態を晒していた。頭蓋、眼、首、胸部――今なら、どこの急所でも狙い打てる。空いた片手で急所を穿てば、ユリオンを絶命させるのは容易だった。
尤も、今は殺すわけにはいかないわけだが――。
「初撃を防がれたぐらいで足を止めるなよ。仮にも敵の前だぞ」
「ぐ……っ、くそっ!?」
そうして右手で持った剣で斬撃を受け止めていると、流石に分が悪いと察したのかユリオンは後方へと距離を取った。奴の顔にありありと浮かんでいるのは、屈辱と憤怒の感情。目をギラつかせながら、納得がいかないとばかりに地団駄を踏み始める。
その姿に関しては間抜けの一言だが、奴の驚愕は当然のもの。何故なら、俺は魔法が使えないいからだ。
「ど、どうして、僕の魔法が奴に防がれたんだ!? 一体どうなっている!?」
魔法は世界で最強の力。
だからこそ、魔法が使えない俺は迫害されたばかりか、家族からも追放されたわけだ。
魔法に勝てるのは魔法だけ。
つまり魔法を使えない俺がさっきの攻撃を防げるはずがない。それがごく一般的な思考。故に俺を知るユリオンとアメリアは完全に平静を失っている。
「妙に落ち着いてるのも、それが理由なの!? どうなの……答えなさい!?」
「そうだッ!? この僕の一撃が貴様なんかに……!」
「良い一撃だったとは思うが、俺には通用しない。止まって見えたぞ」
「な……ふざけるなッ!? そんな嘘を……!」
確かにユリオンの斬撃は、人体どころか巨岩ぐらいなら破壊して余りあるだけの破壊力を秘めていた。
でも、それだけだ。
災害級のインフェルノケルベロスには言うに及ばず、俺がこれまで戦って来た屈強なモンスターにも到底通用しない。
ましてや、セラフィーナの超斬撃。神話の化物すら斬り伏せた流麗で剛裂な剣とは、比べることすら烏滸がましい。
一般的には凄くても、脅威ではない。
一言で表すなら、そういうことだった。
「答え合わせの必要はないな。天才なんだから自分で考えたらどうだ?」
「な、な……なッ!? 貴様……きしゃまあああああぁ――ぁぁぁッッ!!!!」
別に嘲笑ったつもりはない。ただ事実を伝えただけ。
だとしても、自慢の剣を俺に一蹴されたのが余程許せなかったのか、ユリオンが激昂する。
「だ、大丈夫よ! 落ち着いて!」
「僕の一撃を受け止められるはずがないんだ!! もう一回ッ!」
どうして俺が平然としていられるのかについては単純明快。
足元に落ちていた住民の剣を蹴り上げ、手に取って攻撃を防いだから。更に接触の瞬間、“叛逆眼”を即時発動。ユリオンの魔法を吸収して、ただの鉄塊と化した剣を受け止めたということ。
“ヴァン・ユグドラシルは魔法を使えない”。
連中はその固定観念があまりに強すぎて、他の可能性には行きつかない。だから、目の前で起こった事実を認められないでいる。
「あ、あの剣に何か仕掛けがあるんだわ!」
「そういうことか! このペテン師めッ!!」
「今ここで拾った剣にどう細工すればいいんだ?」
「黙りなさいよ! アンタは黙って私たちの言う通りにすればいいの! それ以外に価値なんてないんだからさァ!!」
だが会話もそこそこに、二人は左右に分かれて突っ込んで来た。連中の刀身からは、目に見えて分かる出力で灰色と橙の魔力がそれぞれ噴き出している。斬撃魔法の発動。さっきまでの一撃よりも出力は上だ。
「挟み撃ちってわけか……子供騙しだな」
数の利を生かした同時攻撃で相手を仕留める。戦いの定石としては、間違っていない。
突然魔法が四散したという現実から目を背けて、脳死で突っ込んで来たわけではないのなら――という大前提があってのものだが。
「せめてもの慈悲だ。三億倍返しで許してやる! 受けよ! 正義の一撃を!」
だがコイツらが起こしたのは、考えるまでもなくただの蛮行。
何より、保持者が魔法を使えないという“叛逆眼”の性質上、運用を突き詰める上で求められるのは、術者自身の地力。それも主眼に置くのは、近接格闘戦。こんな直線的な攻撃など、二対一でも脅威たりえるはずもない。
「言ったはずだ。止まって見えると……」
吸収したユリオンの魔力を薄く張り巡らせ、片刃の長剣を強化。刀身周りが薄い光を帯び、夜闇に漆黒が溶け込む。
「今度は直に打ち込んでやるぞッ!」
「ブ・チ・殺・し……確定なんだからッ!」
大国が誇る若手騎士二人と魔法一つ使えない欠陥人間。
夜を照らす二つの光剣と満足に手入れもされていない鉄の棒切れ。
どちらが優勢なのかについては、議論の余地すらない。
猛々しく迸る最強の力が、無能な俺を断ち穿つ――誰の脳裏にも、そんな未来が過っているはずだ。
対する俺は長剣を背後に回して居合いの構えを取り、猛然と迫って来る二つの斬撃を見据えるのみ。
「“ガレアスラッシュ”――!」
「“ディバインスラッシュ”――ッ!!」
そして、終焉を告げる斬撃魔法が夜に煌めいた。
「“魔法”、か……」
眼前で輝く光は、俺が求めた力。
どれほど願っても手に入れることの出来なかった力。
全く思う所がないと言えば嘘になる。この連中や家族――俺を蔑んで来た者たちにされたことを笑って許すなんて、到底出来ないからだ。
外を歩けば石を投げられる。同年代に見つかれば、一方的な言いがかりで悪絡みされ、道の真ん中だろうとお構いなしに手を挙げられた。子供だろうが何だろうが、どう考えても異常な状況だったはずだ。
でも周りの大人たちですら、止めに入るどころかニタニタと笑みを浮かべているだけだった。一方的に殴られ、蹴られ、挙句の果てが見せつけんばかりに魔法を使って暴力を振るわれる俺を蔑むだけ。いや、それどころか囃し立てるように声を上げて、時には参加してきたこともあった。
嘲笑と侮蔑。
世界を蝕む憎悪。
まるで人間ではない“ナニカ”を見るかのように濁った眼差しを向けられた。
それは子供も大人も、気の良いと評判の老父や老婆であっても変わらない。
では唯一、無条件で味方になってくれるはずの家族はどうだったのか――など、最早考えるまでもない。家族は血の繋がった他人とは、よく言ったものだ。
そうして自らが無価値であると、まともな人間ですらないのだと、深層意識が歪む程の日々を過ごす中で辿り着いた結論は一つ。
人間はあまりにも醜く、利己的で脆弱な存在でしかないということ。
自分とよく似た理解不可能な存在――それが俺。
そして人間は自分と違う存在を何よりも恐れ、排除しようとする。
それも俺が反撃する力を持っていないからこそ標的にした。世間一般で言うところの善人までもが、嬉々として正義の名の元に排斥行為を正当化し続けて来た。
その結果が、二度に渡る追放劇。果てに生み出されたのが、ヴァン・ユグドラシルという存在。
もう俺には何も残っていない。生きる理由も、還るべき故郷も――。だからこの手が掴める物は、もう何もない。生きながらにして死んでいる。ただ空虚な幽鬼のように世界を彷徨うだけ――。
「……」
いや、こんな俺にもたった一つだけ、譲れない想いが残されているのかもしれない。
脳裏を過るは、月光の夜。
左手に残るのは、あの少女の想いと温もり。鮮血が夜天を染め、命が消えていく喪失感。
己の中で燃え上がった赫怒の炎。
それは何も出来なかった自分への怒りと歪んだ世界への憎しみ。
俺の瞳は、蒼穹の十字光を刻んだ。
「なんだ……瞳は!?」
「光の加減よ! でええぇぇぇいッ!!」
この身に宿ったのが、怨念や呪い、災厄だとしても構わない。
今俺が成すべきことは、ただ一つ。
「これで終わりだァ!!」
二人の声が重なり、騎士の剣が降りて来る。
俺は僅かに腰を落とし、赫黒を纏う刃を奔らせた。
「“天柩穿つ叛逆の剣”――」
黒閃、滅撃、斬破。
鞘無き抜刀術。
剣の一閃を以て、全てを斬り伏せる。
「なに……ィ!? ぐ、ああぁぁ――ッ!?!?」
「き、きゃああああ、ぁっ――ッッ!?」
そうして最強無敵の力は騎士の剣ごと砕け散った。本来、持たざる者であったはずの異端者の手によって。
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