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第108話 偽眼の行き付く先

「くそっ!? だったらよォ!」


 吹き飛んで全身が汚れ切ったイーサンは、地面を転がりながら腰のポーチに手を伸ばした。


「諦めの悪さも今は美徳にはなり得ないわね」


 しかし直後、紅桔梗の刃が飛翔し、その肘から先を割断する。


「ぐ、おおお――ぉぉっっ!?!? う、でがぁぁっ!?」


 巨体が地面をのたうち回る。

 口が開かれたポーチからは、小さな球形状の物体がばら撒かれた。


 それは紋様が刻まれた眼球――つまり魔眼。

 魔眼保持者を殺し、奪った眼球を好き勝手に弄んできたという何よりの証明。

 俺とエゼルミア殿下にとって、これ以上の侮辱はない。


「虫唾が走るわね、本当に……」


 恐ろしいほど冷たい声音と共に、紅桔梗の魔力弾が再び飛翔。イーサンを強襲する。


「ひっ、か、“叛逆眼(カルネージ・リベルタ)”は……ぐ、っ、ごおおお、ぁぁっ――ッ!?」


 零れ落ちた眼球の中から慌てて防衛手段を見つけようとするも、時すでに遅し。

 奴の左足は、脹脛(ふくらはぎ)の辺りからパシャンと弾け飛んだ。


「男の悲鳴なんて興味ないのだけど……」


 エゼルミア陛下の一撃は、弾丸形状をした炸裂攻撃。()えて殺傷力を落としてあるが故に、さっきとは比べ物にならない激痛が襲っているのだろう。


「ひっ、は、っ……ぐう、はううっ!!」


 だがそれでも(なお)、奴は魔眼に手を伸ばし続ける。

 使い捨ての道具を扱う様だったさっきまでとは違い、まるで死から逃れる奇跡をその手に掴まんばかりに――。


「覚悟無き力……これほど浅ましく、醜いとはな」


 奴を射抜いたエゼルミア陛下の魔力弾。

 俺を含めた本来の“叛逆眼(カルネージ・リベルタ)”保持者であれば、避ける必要のない攻撃だった。

 つまり魔眼の力を弄んだイーサン・シュミット相手だからこそ、必殺となり得たということ。


 俺は魔法を、エゼルミア陛下は本来の虹彩を失う代わりに、世界からこの力を押し付けられた。

 それは望んでもいないのに、大きすぎる代償を払わされたも同然。

 だからこそ、命と人生を懸けて魔眼と向き合わざるを得なかったわけだ。


 でも奴は違う。

 何の代償も払わず、他人の魔眼を奪い取った挙句、都合の良い道具として行使していただけ。

 所詮は紛い物。宝の持ち腐れとはよく言ったものだ。


「残った雑魚は、俺たちの仲間が制圧してくれている。アースガルズの正規軍も程なく到着するだろう」

「ここまで、ですね」


 先ほど吹き飛んだ衝撃でイーサンは、手持ちの武器の殆どを喪失している。

 その目前に転がる眼球は唯一打開策となりえるかもしれないが、最早担い手が奴では無用の長物。(もっと)も再び地面をのたうち回る奴には、そんな頭もなさそうではあるが――。


「見るに堪えないな」


 “レーヴァテイン”に漆黒を纏わせ、その切っ先を儚い光に向ける。

 奴が誰で何にせよ、この魔眼を残しておくわけにはいかない。


「そうね……せめて、魔眼の力で逝かせて上げましょう」


 エゼルミア陛下も同じ思いだったんだろう。

 目を覆うバイザーが外され、紫紺の光が完全に解放される。


「あ、ああ、あぁっっ!?」


 すると、突如として散らばった眼球が熱を放ち、時折二色の光(・・・・)を瞬かせる。

 それと同時、ようやく手が届く――というところで、イーサンの身体も吹き飛んで地面を転がった。もう奴の手が魔眼に届くことはない。


「過剰な進化の果てに待つのは破滅だけ……。此処で滅しなさい」


 猛烈な力の波動が周囲に拡散し、全ての眼球は虹色の炎に包まれながら天へ還っていく。


 対象物に進化を促し、時には破壊の力となる。

 これが“天召眼(アイテール・マター)”の真の能力。

 過ぎた力が身を滅ぼす――というのを、まざまざと見せつけられた瞬間だった。


 残ったのは、白灰色の球体――(ひび)割れた抜け殻だけ。


「せめて安らかに眠れ……」


 天頂に切っ先を向け、赫黒の剣を振り下ろす。

 漆黒の波に呑まれ、魔眼の抜け殻が無へと帰していく。


「さて、“呪眼兵器(カースアームズ)”、“魔眼狩り”……その他諸々、きっちりと話を聞かせてもらおうか」

「この街で貴方が何をしていたのかについてもですが」


 数を質で凌駕する戦闘はこれまでも行ってきたが、今回に限っては万に一つもこちらがやられる要素はない。

 これで決着――。


「うぐ、ご、おぉっ!? ごおぉ、おっ、ぁ■■■、■っっ――■■!?!?」


 しかし、地面を転がるイーサンに向き直った瞬間、“呪眼兵器(カースアームズ)”と呼ばれていた兵器から触手が出現し、奴の全身を刺し貫いた。

 舞い散る鮮血と共に、その肉体が形状崩壊を起こしていく。


「ふざけ、やがって! こ、こんな仕掛けを……アンブローンか!?」

「アンブローン、だと……!?」

「何が“神断の罪杯(カオス・グレイル)”だ! くそ、っ!? この俺を、使い捨てに……!?」


 触手を経由し、イーサンの身体に見覚えのあ(・・・・・)る紋様(・・・)が広がる。

 聞き逃せない単語と聞き慣れない単語。

 つまり奴は、何らかの形で俺たちの追い求める真実に接しているということ。


「もう人間(ヒト)の体すら成していない。これでは……!」

「あの触手を消し去ったところで手遅れか……」


 イーサンが懐に隠し持っていたであろう小剣――新たな“呪眼兵器(カースアームズ)”。

 その武器に翡翠の魔眼(・・・・・)が接合されているのを認識した瞬間、小都市全体が消し飛びかねない規模の炸裂に呑み込まれた。

第4章も残るは、後1話となりました。


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