第101話 霜銀の牙《シルバー・ファング》
街の外周付近にある民家の地下、生活感溢れる広大な地下室に招かれていた。
「ふいー、危ないとこだったな。あのままだったら、とんでもない目に合ってたところだったぜ! 俺たち“霜銀の牙”に感謝しろよな!」
追っ手を振り切ったと、先頭を走っていた少年を含めた面々が顔を晒す。更にそんな彼らと共に決して小綺麗とは言えないものの、浮浪者にない明るさを秘めた一団に迎え入れられた。
“霜銀の牙”と名乗った彼らは、独裁軍事政権に対抗する反抗勢力とのこと。
俺たちは、さっき接触した一団の主要拠点に招かれていた。
「……感謝と未来は知りません。情報が共有できるのなら……と立ち寄ったつもりだったのですが?」
「う、ぇっ!?」
俺たちも外套の帽子を取り去って素顔を晒すが、先の少年を筆頭に向こうの連中は顔を赤くしながら視線を右往左往させ始める。
ある者はセラに、ある者はアイリスに、またある者はエゼルミア陛下に――それと多分、女性からは俺やアムラスたちにも――。
エルフたちは認識阻害魔法によって、普通の人間に見えている。アイリスはツインテール、セラもポニーテールに髪を結い上げており、顔や雰囲気はともかく、格好自体は庶民そのもの。特段、珍しいものは何もない。おかしな反応だ。
皆揃って首を傾げていると、組織の統領らしい男女が豪快に声をかけて来た。
「こりゃまた随分な拾いもんだなぁ!」
「全く、今はそんなこと言ってる場合じゃないよ! それにしても見ない顔だけど、アンタたちは何者だい?」
「このお、方……を……っ!?」
「ふふっ、旅の商人ですわ。入国したところまではよかったのですが、突然変な集団に絡まれてしまい、あんなことに……」
エゼルミア陛下は、アムラスの頬を引っ張りながら、笑顔を張り付けて言葉を返す。此処までの経緯は、彼女の言う通り。身分を明かしていない以外、決して嘘は言っていない。
「そうですね。我々も腕に覚えはありますが、この都市の事情が分からぬ故、あのような状況に巻き込まれてしまいました。そういう意味では、貴方たちに感謝すべきなのでしょうね」
その上、こんな風に国元から離れての旅が初めてだったせいか、セラまでもエゼルミア陛下の悪ノリに乗っかっていく。混乱を避けて情報を引き出すとすれば最適解だが、後々でややこしくなること請け合いなしだ。
因みに、今のセラの発言には、“多分、自力で何とかなった”――という末尾が本来付くのだが、そこは彼女が省いた通り、言わぬが吉だろう。
万が一の可能性だが、この連中もさっきの奴らと別ベクトルで過激派であり、覇権争いをしている――なんて可能性は無きにしも非ず。
気を許すにはまだ早いが、刃を向ける相手でもないということ。
「俺は、イーサン・シュミット。こっちは嫁のマーサ。お前たちを助けに飛び出したガキは、ジャック・スミス。まあ、全員いい面構えをしてやがるし、歓迎するぜ! 一緒に戦おうじゃねぇか!」
そんな俺たちを尻目に、レジスタンスの面々は鼻息荒く笑っている。こんな状況ながら元気なものだと感心しながらも、それはあまりに一方通行な感情だった。
「いえ、味方になるかここを離れるかは、貴方たちの話を聞いてからだ」
「何……?」
一気に雰囲気が剣呑になるが、構うことなく言葉を紡ぐ。
「俺たちが余所者なのは、見ての通り。正直、この都市の現状を理解しているとは言い難い。とにかく今は情報が欲しい。全てはそれからだ」
現状俺たちが得たのは、浮浪者たちから得た情報とさっき目の当たりにした一瞬の光景だけ。個人的な感情としては、虐げられた彼らを信じたいところだが、一方的な情報だけを鵜呑みして理解もせずに突き進むのは危険極まりない。
選択を誤れば、人の命が消える。
普遍的な正義感など、何の役にも立たない。
アルバート・ロエルの一件は、俺にそんな教訓を残していった。
「レジスタンスはいいが、貴方たちは何処を終着点に活動しているんだ?」
現状、この連中と共同戦線を組んだとて、間違いなく空中分解するだろう。理由は、あまりに互いについて知らなさ過ぎるから。
それに明らかにしなければならないことは、もう二つ。
「何をって、連中の圧政を……」
「軍事政権の腐敗。そこに関しては、どうやら真実で間違いない。でも、その後は?」
「後だの先だの、どーでもいいだろ! 俺たちは今を生きるだけで精一杯なんだ!」
そうして確信に踏み込もうとした時、突如ジャックと呼ばれた少年が会話に割り込んで来る。
初対面の相手であっても、思ったまま感情をぶつけられる精神性は好ましいと思わないでもないが、今は鬱陶しいだけ。取り合う必要はない。
「俺は両親を殺された! ミリアは目の前で母親が辱められるのを見せつけられたし、イーサンたちが助けに来なかったらコイツ自身も……! テイルズは、父親を街中引き回しにされた挙句に殺された! 他の皆も虐殺と圧政で大事なものを失ってんだ!」
「そうか」
「は……?」
「不幸の自慢大会は後にしてくれると助かる」
話が逸れたとイーサンに向き直るが、視界の端から激高したジャックの拳が迫って来た。
「ふっざけんなぁぁぁっ!!」
レジスタンスは敵意と困惑を込めて睨まれ、こちらの面々は逆にジャックの心配をしながら我関せず。唯一アイリスはそわそわしているが、セラに止められていた。
どうして殴り掛かられていながら、落ち着いて周りを見る余裕があるのかといえば――まあ、余裕があるからだ。
「テメェ、絶対許さねぇぇ!!」
「そうか……」
これまでの戦いを思えば、ジャックの拳など止まっているも同然。
拳の側面に軽く手を添えて勢いを流せば、奴は俺の隣を抜けていく形で木の机に突っ込んでしまう。頭でも打って気を失ったのだろう。起き上がって来ることはない。
「ジャック!?」
「おい、大丈夫かよ!?」
まあ正当防衛は成立するはずだ。
「話を続けよう。もし軍事政権を廃したとして、貴方たちはアースガルズに帰属するのか? それともこのまま独立し続けるのか?」
俺の言葉が内包した意味。
それは仮にミュルク軍を打倒したのなら、街で唯一力を持つ存在となるレジスタンスの行方。
“アースガルズの敵となるのか”、“今の独裁政権になり替わるのか”――という二つの問い。
回答次第では、今ここで刃を抜くことにもなりかねない重要事項だ。
イーサンの答えは――。
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