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第1話 魔眼覚醒

 物心ついた時から、俺の人生は最悪だった。


「ヴァン、貴様はこの家から出ていけ! 人間の出来損ないが!」


 酷く冷たい怒号を浴びせられ、殴り倒される。そう叫びながら拳を振るったのは、俺の父親。

 一〇歳の俺が大人に勝てるはずもなく、頭を守るので精一杯。容赦なく腹を踏みにじられる。


「ぐっ……!?」


 この異常なやり取りこそ、俺こと――ヴァン・ユグドラシルが繰り返している日常。ただ今回はいつも以上に激しい。本気の敵意が伝わって来る。

 更には起き上がれない俺に構うことなく、父――デロア・ユグドラシルは、何度も足を振り下ろしてきた。


「貴様の存在は末代までの恥だ! このゴミ虫が! 本当に汚らわしい!」

「ぐ……がっ!?」


 血肉を、骨を破壊せんばかりの衝撃に全身を貫かれる。

 その度に苦悶の声が漏れる。


 だが実の父親が自らの手で、血の繋がった子供を痛めつける。そんな異常な光景を目の当たりにしても、俺の母親――セルア・ユグドラシルと一歳下の弟――ユリオン・ユグドラシルは平然としているどころか、まるで楽しむかのように笑みすら浮かべていた。


 どうして同じ一家なのに俺だけがこんな扱いを受けているのかといえば、人間として致命的な欠陥があるから――。


「この初級魔法一つ使えない欠陥品めッ! 本当に理解に苦しむな! お前が世界に存在するという事実に対してなァ!」


 そう、俺は誰もが当たり前に使えるはずの“魔法”が全く使えない。


 “魔法”とは、人間の体内を巡る“魔力”という力を使って、様々な現象を引き起こす超常の力のこと。炎や雷を出したり、身体能力を向上させたり、怪我を治したりとその効能は幅広く、今や人間の社会生活に欠かせないものとなっている。

 つまり“魔法が使えない”ということは、誰もが使える便利で最強の力を俺だけが持っていないと言い換えることもできるわけだ。

 ガイア大陸に九つある国家の中でも最大とされる“アースガルズ帝国”で唯一、俺だけが――。


 なら魔法を使えるように努力すればいいのではと思ってしまうが、そもそも魔力量は生まれた時に決まってしまう。つまり後天的に魔力を増やすという努力自体(・・・・)が存在しない。

 これらが指し示すのは、俺は今後一生魔法が使えないという絶望的な事実だけだった。


「貴様なんぞ! モンスターどころか! 家畜以下の存在だ! その薄気味悪い銀色の髪と紅い眼は、出来損ないの証なのかもなァ!? 答えてみろッ!」


 父の罵倒が――。


「本当にこんなゴミ虫が、天才のユリオンちゃんと兄弟なの? 世の中、不思議なものねぇ?」

「お母さまもそんなホントの事を言っちゃダメだよ。こんなのでも一応生きてるんだからさ」

「あら!? ユリオンちゃんは優しいわねぇ」

「そりゃ、このゴミには謝って欲しいとは思うよ。生きててゴメンなさいってさ。だって、僕はこんなゴミと兄弟ってだけで、今にも吐きそうなんだからさァ!」


 母の嘲笑(ちょうしょう)と弟の侮蔑(ぶべつ)が、俺の心を見えない刃で斬り刻む。


「まあ、それも今日で最後(・・・・・)よ! ほら! どうでちゅかぁ? くやちいでちゅかぁ!?」

「それもそうだねェ! オラッ! オラァ!!」

「ぐっ、ぁ……!?」


 だがそんな俺には、お構いなし。母と弟も父親と共に身体を踏みにじって来る。この連中の奇行を止める人間など、誰一人としていない。


 それから程なく、度重なる暴力で限界を迎えたのか、俺の意識は闇に堕ちた。


 “今日で最後”という言葉の意味を考える間もなく――。



 ◆ ◇ ◆



 ガタンという不規則な振動を受け、固く閉じられていた(まぶた)が開く。

 どうやら意識を失って長い間、座らされっぱなしだったようであり、不自然な体勢で固まった全身が激しい痛みを発している。まあ、その半分以上が、家族から受けた暴行による痛みだというのは、言うまでもないが。


「はぁ……」


 あれから何時間・何日経ったのかは分からないが、とりあえず現状を把握しなければと、小さく嘆息をつきながら周囲を見渡す。


 まず視界に飛び込んで来たのは、白い布と木の柱。

 この景色を一言で表すなら、布で覆われた木造りの小部屋。


 木箱なのかとすら思える貧相な小部屋は今も不規則に揺れており、同時に車輪で石を弾くような音が聞こえる。どうやら俺たちが乗っているのは、地走の移動手段である馬車のようだ。

 だが、どこに向かおうとしているのかは相変わらずさっぱりだが、何の目的で移動しているのかは簡単に理解できた。

 家族が発した“今日で最後”という言葉の意味も――。


「そうか、俺は……売られたのか」


 馬車に乗っているのは、俺だけじゃない。両隣や前も含めて、一〇人ほどの子供が死んだような顔をして腰かけている。

 これまでの事実、俺の家族だった(・・・・・)人たちの発言が示す現象は単純明快。

 つまり俺たちは、奴隷として業者に売り飛ばされた子供。今は買い手が待つ場所に運ばれている最中だということだ。


「まあ、今更か……」


 今の俺は一〇歳。そこから逆算しても、周りの子供は同年代から四~五歳くらい上に見える。


 どこかで見世物にされるか。

 誰かの慰み者になるか。

 それとも労働力を期待されているのか。


 何にせよ俺たちの行く先には、(ろく)でもない未来しか待っていないということだけは確かだった。


 でも、そんなことは、もうどうでもいい。


 魔法も使えず、出会う人々からは馬鹿にされ、血の繋がった家族にすら家畜以下だと見捨てられた。今の俺には、もう何も残されていない。


 そうして絶望の中で全てを諦めた時、俺の顔の隣で鈍い銀光が(はし)った。


「――ッ!?」


 馬車の布を貫いて床に突き刺さったのは、鉛色(なまりいろ)の長剣。俺を含め、同乗している連中の顔が驚愕と恐怖に染まる。


「ま、待てっ!? 貴様、止め……ぐあああああ、ぁ――っ!?!?」


 直後、男の絶叫が中にまで響き渡って来た。同時に馬車の一部が破壊され、木が折れる音と共に淡い月光が差し込んで来る。でも、それは解放の希望じゃない。

 混沌を告げる鐘の音だった。


「へへっ! ちょこちょこ上玉もいるじゃねぇか! なぁ、おい!!」


 髭面(ひげづら)に大柄、見るからに粗暴な男が無駄にデカい声を出しながら馬車の中に入って来る。その手には、ガタガタに刃零(はこぼ)れした長剣が握られており、べっとりと鮮血が付着していた。大方、俺たちを移送中の奴隷商人を襲撃した山賊――ってとこだろう。

 さっき飛んで来た長剣は、悲鳴を上げた商人の手から弾かれたと考えるのが自然。


「な……ひっ!?」

「そう怯えた顔すんなや! 親や親族に売り飛ばされた可哀想(かわいそう)な子供たちを引き取ってやろうってんだからよぉ!」


 俺の隣に座っていた三、四歳ほど年上に見える少女が悲鳴を上げた。

 対する山賊は少女を見ながら舌舐めずり。下賤(げせん)な感情が全く隠しきれていない醜悪な笑みだ。


「というわけで、俺たち(・・・)はそんな親切なおじさんなんだぜぇ? なぁ、お嬢ちゃんよぉ!」

「おいおい! 皆で山分けって話だろうが! 先に手を出すんじゃねぇぞ!!」

「わーってるよ!」


 凍り付く馬車内の空気とは裏腹に、山賊は布の切れ間から他の仲間と楽し気に会話を交わしている。

 外に何人いるのかは分からないが、もう子供がどうにかできるような状況じゃない。(あらが)いようのない絶望を前に、俺たちは何もかもが()んでいた。


「どうせアジトに着くまでは暇だし、ちょっとした味見だっつーの。まあ、声を出さなきゃバレやしねぇし、どうせそこのお嬢ちゃんは俺が貰う予定だからなァ……」

「――ッ!?」


 ねっとりと絡み付くような視線と潜められた声音。最低な感情をぶつけられることに耐えられなくなったのか、男から見えない角度で隣の少女に手を強く握られる。

 右手を包む温かい感触。

 でも俺達は知り合いでもなければ、恋人でもない。ただ隣り合って座っていた。それだけなのに――。


「ちょっくら可愛がってやるから、こっち来いや。怖さを忘れるぐらい気持ちよくしてやるからさァ」


 少女の悲痛の叫びを嘲笑うように、山賊はでっぷりとした口の端を吊り上げた。美しく淡い月光と醜悪な山賊が凄まじい対比(コントラスト)(かも)し出し、大きな身体がこちらに近づいて来る。

 多分、この場にいる誰もが、後に起こる最低最悪の行ためを脳裏に(よぎ)らせた。

 そんな時、再びガタンという物音と共に馬車が大きく揺れる。


「っ、と!? もっと丁寧に走れや!!」


 その揺れは、俺たちの身体が一瞬浮いてしまうほど激しいものであり、この山賊は尻を(さす)りながら、外にいる仲間を怒鳴りつけた。

 でも返答はない。それどころか今度は急ブレーキをかけた馬車の後輪が跳ね上がり、さっき以上に激しく振動する。


「ぐぁ……ッ!?」


 振動が収まった直後、身を強張らせていた俺は、自分に起こったことを認識しきれずに茫然と声を漏らしていた。


「これ、は……」


 身体の右半身に降りかかる生温かい感触。

 俺の手を取ったまま、(ひじ)から先だけが残っているだけの右腕。少女がいたはずの隣には誰もいない。


 そうして目の前で起きた現象に理解が追い付かないでいると、再びの衝撃に襲われる。今度は振動だけではなく、激しい破砕音までもが馬車中に響き渡った。


「ぐおおお、っああああ、ぁ――っ!? なんなんだよ、テメェらはッ!? は、離しやが、れぇっっ――ッ!?!?!?」

「■■■■――!!」

「ぐ、っがああああ――ぁっ!?!?」


 何事かと思えば、さっきの山賊が巨狼のモンスター――“ヴェアウォルフ”に両腕を食い千切られ、血濡れの馬車の中を転げ回っている光景が目に飛び込んで来る。


「モンスター!? ぐっ!?」


 巨狼の出現で限界を迎えたのか、とうとう馬車は完全崩壊。俺は外へと投げ出された。痛みで(きし)む体に鞭を打ち、周囲を見回せば――。


「なんだよ……これ……」


 馬車の外に広がっていたのは、悲鳴と鮮血が彩る地獄絵図。三〇体は越えているヴェアウォルフの群れによって、山賊の一団が蹂躙(じゅうりん)されている光景だった。


「や、やめっ!? たすけぇ……っ!?!?!?」

「ぐ、ぎゃあああああああ――ッッ!?!?」


 血に染まる白い毛並。剥き出しになった巨大な犬歯。

 雄々(たけだ)しい巨狼によって、屈強な男たちは次々と命を散らしていく。“異常”――なんて言葉で済ませていいわけがない。


「ひ、ぃっ!?」

「し、死にたくない!? きゃああ、あぁ――ッ!?!?!?」


 悲劇の中にあるのは、俺たち奴隷も例外じゃない。同じ馬車に乗っていた少年少女も狂牙を突き立てられ、次々と喰い散らかされていく。

 凄惨にして残酷――そんな猟奇的(りょうきてき)な光景を目の当たりにしても、俺の心は平静を保ったままだった。

 それは何故(なぜ)か――。


「家族に売られ、山賊に襲われ、今度は魔獣に喰われかけている。全く……大した人生だな。本当に反吐が出る」


 俺の精神(ココロ)は、最初から絶望に染まり切っていたから――。

 だから自分が死ぬのは怖くない。


 ただ、さっきまで俺の掌を包んでいたあの少女が――あの温かさが、こんな不条理で(うしな)われたことに対する憤りだけが、心の中で渦巻いていた。


「■、■■■■――!!!!」


 そうして最後、とうとう戦場の真ん中で(たたず)んでいた俺にも、巨狼の牙が向けられる。でも出来損ないで欠陥品の俺には、屈強な山賊が蹂躙された相手に対抗する手段などない。


 己の無力さと不条理な惨劇を前にして、精神(ココロ)に立ち昇る赫怒(かくど)の炎。それだけが俺自身を燃やし尽くさんばかりに勢いを増していた。


「■■――!!」


 狂獣の牙が首元に迫ってくる光景が永遠にも感じられる。このまま鋭利な牙で喉元を噛み千切られれば、全てが終わる。

 何の意味もない最低最悪な人生が、やっと終わる――。


 そう認識した瞬間――俺の中で何かが弾けた。



 ◆ ◇ ◆



 そこから先は、何も(おぼ)えていない。気が付いた時には、全てが終わっていた。


 鮮血の海に倒れ伏す、ヴェアウォルフ。

 惨殺死体と成り果てた人間だったモノ。


 ただ一つ――確実に理解しているのは、最終的にこの状況を引き起こしたのが、俺自身であるということだけ。


「……」


 身体が(なまり)のように重い。未だ現実に追いついていないのか、鈍り切った思考では何も考えることが出来ない。そんな時、足元に広がる鮮血の水たまりに反射して映し出される誰か(・・)の姿が視界に飛び込んで来た。


 それはたった一人、静寂に包み込まれる戦場で幽鬼(ゆうき)のように立ち尽くす俺自身の姿。

 その瞳には十字を思わせる紋様が浮かび上がり、禍々(まがまが)しい蒼穹(そうきゅう)の光を放っていた。

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