1. 塚見 真実(※1)
宜しくお願いします。
番外編の、「わりと良くある(無い)先生と生徒の放課後」も宜しければ是非。
シリーズから飛べます。
※2/14 真実ちゃんのイメージイラストを後書きに追加しました。
私、浦島太郎になったのかしら。
いえ、そんな事を言ったら失礼にも程があるよね。
だって助けたのは亀じゃなくてとっても可愛らしい、当時小学校五年生の女の子だもの。
でも、どうしてこうなったの?
私は竜宮城じゃなくて、現実とよく似た別の世界に連れてこられたのでは?
私―――塚見 真実(※1)―――は目の前に繰り広げられた光景を見て、ボンヤリとそんな事を考えていた。
「いっくん! 騙し討ちなんて汚いわ! 私だって真実ちゃんと登校したいのに!」
「騙し討ちなんかしてないよ。先に行くって言っただけじゃないか」
「真実ちゃん家の最寄り駅で降りて待ってるって教えなかったじゃない!」
「那紗の方こそ何でこの駅で途中下車して待ってるんだよ」
言い合いをしている二人は、幼馴染の関係。とても絵になる美男美女。
女の子は、小笠原 那紗さん。
男の人は、白馬 伊吹君。
私と同い年の高一で、二人とも芸能人になれるくらいの美形。
その目立つ二人が駅前で口喧嘩をしている。周りの人達も通りすぎながら何事かとチラチラ見ている。
一見してカップルの喧嘩に見えるが、違う。
この二人は信じられないことに、地味で平凡な私と一緒に登校する為に喧嘩をしているのだ。
「こうなったらあいつらは長いから、ほっといて先に行こう」
二人の幼馴染でもある進堂 翔太朗君が、ボーッと見ていた私と親友の横槍 千早ちゃんに声をかけてきた。
千早ちゃんが不思議そうに言う。
「え? いいの? だって進堂は那紗っちとここまで来たんでしょ?」
「俺は小笠原を守る為だけど、伊吹がいれば大丈夫だし。……それに、俺はできればこの三人で行きたい。……駄目か?」
さらりと「守る為」って高校一年の男子が言うのも珍しい。聞いてるこちらが照れてしまう。
でも無理もない。小笠原さんは凄い美少女。
しっかりと誰かが付いていないと通学時になにが起きるかわからないから、昔から幼馴染のどちらかが守るようにお互いの親に言われているそう。
最近小笠原さんは合気道を習っていて、少しは自衛できるようになったみたいだけど。
「駄目じゃないけど……」
「じゃあ行こう」
そのまま進堂君は踵を返して改札口に向かってしまう。
「わ、アイツ歩くのも早いな。流石はスポーツ万能」
千早ちゃんがそう言いながら私の手を取って進む。
私もかけ足になって進堂君に追い付いた時
「真実ちゃん! しょーちゃん! ひどい!」
「塚見さん! 翔太朗、あいつ……!!」
後ろから二人の大声が聞こえてきた。
思わず振り返るが、進堂君が「無視して」と言って先に行ってしまう。
何故か千早ちゃんも進堂君の味方らしく「いこいこ♪」と私の手を引いていった。
進堂君は私達をホームの一番端に連れていく。
ここは朝の時間は女性専用車両が停まる所だ。
電車がホームに入ってくると、進堂君は
「じゃあまた後で」
と言って隣の車両に向かっていった。
「進堂、アイツも何考えてんだかよくわかんないよね。武士みたいでカッコいいけど」
電車に乗り込みながら言う千早ちゃんの言葉に、私は思わず目を丸くした。
「千早ちゃんが男の子をカッコいいって言うの初めてじゃない?」
確か、小学生の時にクラスの女子の殆どが白馬君、残りちょっとの女子が進堂君がカッコいいと言ってた際、千早ちゃんだけはどっちにも属さなかったのを覚えてる。
今度は千早ちゃんが、その猫のようなつり目を丸くした。
そして次の瞬間、赤いリップを塗った唇が花びらのように綻んだ。
「アッハ! そういう意味じゃないよ。アタシは漫画の武士っぽいキャラがカッコいいと思ってるだけ! どっちかって言うと……」
電車のドアが私の後ろで閉まったタイミングで千早ちゃんが私の横に手を付いた。
ドアと千早ちゃんに囲まれて身動きが取れない。こ、これ、壁ドンってヤツ?
「アタシは現実なら真実が一番綺麗で素敵だと思ってるけど?」
いたずらっぽい笑みで見上げられて、恥ずかしくて顔が赤くなるのがわかる。
「ちょっと、ちはやちゃん、からかわないで……!」
「ふふっ。かーわいいー」
もう。電車内で何やってるのよ。周りの視線が痛い。
しかも私みたいな大した取り柄のないひょろひょろガリガリな地味女子を捕まえて。
私の周りで一番綺麗なのは千早ちゃんだと思う。
小笠原さんは非の打ち所のない美少女だけど、千早ちゃんは派手な美女って感じ。
小学生の時の私と千早ちゃんの二人は教室の隅っこにいて、漫画や小説の話をする目立たないタイプ同士だった。
それが、私が小学五年生の1月に引っ越して、4年後の高校受験を期にこちらに戻って来てビックリした。
ぽっちゃり体型をダイエットした! とは聞いていたけど、出る所は出て引っ込む所は引っ込んでるナイスバディだし、メイクやピアスはがっつりしてるし(でも校則違反だと思う)、言葉遣いも違うし交遊関係も広いし、別人かと思ったくらい。
そう、私が別の世界に連れてこられたかと思ったきっかけは千早ちゃんの変わりようだった。
その千早ちゃんに、昔は殆ど交流の無かった筈の白馬君と小笠原さんと進堂君を『アタシの友達』として紹介されて、更におかしな事になったのだ。
電車が隣の駅に着いて反対側のドアが開く。千早ちゃんの肩越しに、ホームが見えた。
そこを素早く小笠原さんが横切る。もしかして隣の車両から移動してきた?
進堂君が後ろからさりげなく付いてきてる。
「真実ちゃんとチハちゃんたらヒドイ! 私も一緒に来たかった!」
プンプン! と膨れっ面をしながら車両に乗り込む小笠原さん。
ハーフアップにした黒髪が風になびき、長い睫に縁取られた大きな黒い目には星がいくつも煌めいていて、つい見惚れそうになる。
彼女は怒っていても美少女。昔からそうだった。
そして昔から、私と千早ちゃんはそれを遠くで眺めるだけだったけど、他の女子からは彼女はちょっぴり妬まれていた。
私は小5の時、ちょっとだけ他の女子のイジメから小笠原さんを助けた。
もとからモテる小笠原さんと私なんて接点がないし、助けたといっても本当にちょっとの事。
だからそんなに感謝される事でもない筈なんだけど、小笠原さんは私と友達になりたいって言ってくれた。
その後、急に父の転勤が決まって私は引っ越しちゃったから、殆ど遊べなかったけど。
「ごめんごめん。でも一本遅れて来るかと予想してたから、まさか那紗っちが普通車両に乗るとは思わなかった。大丈夫だった?」
「追いかけてもホームの端まで間に合わなかったから~。でもいっくんとしょーちゃんが守ってくれたから平気!」
「そっかぁ~良かった。ゴメンね」
小笠原さんと千早ちゃんの会話を聞きながら、今しがたの事を思い出す。
小笠原さんが女性専用車両に乗ったのを見届けてすぐに戻る進堂君。本当に姫を守る武士とか騎士みたいだった。
やっぱり親に言われたからだけではなくて、進堂君は小笠原さんの事が……。
「ねえ」
考え事をしていて、気づくのが一瞬遅れた。
小笠原さんがうっとりしたような笑みで、白くて華奢な手をこちらに伸ばしてくる。
私の三つ編みのヘアゴムをするりと外された。
「なんでまた三つ編みなの? おろした方が絶対に似合う、って言ったじゃない」
小笠原さんが私の髪をほどく。私の茶色い髪を指に絡ませて、まるで口づけるかのように彼女の顔の近くに持ってくる。
「真実ちゃんの髪、綺麗……」
「お、小笠原さん……」
「やだ、那紗ちゃん、って呼んでくれないと」
「な、那紗……ちゃん」
「うふふ」
髪を絡めたまま、上目遣いで微笑む小笠……那紗ちゃん。
なんだかいけないものを見た気がして、一気に顔が赤くなってドキドキしてしまう。
「はいはい、那紗っち、それぐらいにして。真実の顔が真っ赤だから」
さっきまで私の事をからかっていた事を完全に棚に上げて、千早ちゃんが止めに入る。
「もう、チハちゃんの意地悪! チハちゃんはヘアアレンジさせてくれないし!」
「ごめんね。アタシ、この髪型が気に入ってるから」
千早ちゃんがワンサイドのストレートボブをさらりとさせていう。凄く似合ってて大人っぽい。
「じゃあやっぱり真実ちゃんのヘアアレンジさせて♪」
那紗ちゃんがニッコリして言う。美少女の笑顔には逆らえない。
「い、良いけど……電車の中じゃ迷惑だし……」
「じゃ、学校着いたら良いよね?」
「手早くお願いね。さっきみたいにゆっくりやったら校内に百合が咲き乱れちゃうから」
「?」「百合?」
千早ちゃんの謎めいた発言に、私と那紗ちゃんは同時に首をかしげる。
そして電車の中で誰かが「ブッ」って吹き出したのは偶然のタイミングなのかしら。(※☆)
千早ちゃんはニヤリとして言った。
「何でもないよ。コッチの話」
~・~・~・~・~
次の駅が高校の最寄り駅。
私達が電車を降りると、隣の車両から白馬君と進堂君が降りてくる。
「塚見さん! おはよう!」
白馬君が人混みを掻き分けてこちらにくる。多分爽やかな笑顔で声をかけてくれてるけど、顔が整いすぎてて眩しい。
私みたいな地味女子はとても目を合わせられない。
「おっ、おはよう白馬君……」
「おはっすー変態紳士!」
私が焦って挨拶すると、横で千早ちゃんがとんでもない事を言う。
周りに居た同じ高校の人達も、ぎょっとした様子でこちらを振り返った。
「ちっ!? ちはやちゃん、何を……?」
「横槍、それやめてって言ってるじゃん」
白馬君が困ったように笑った。でも千早ちゃんは動じる様子もない。
「じゃあ真実の前で言わなきゃ良い?」
「ん? まぁ……」
千早ちゃんが手のひらを上に向けてちょいちょいっと手先で白馬君を誘う。カンフー映画でよくある『来い』って動きかな。
白馬君が近づいて、二人はこそこそと内緒話をする。
那紗ちゃんと一緒の時ほどじゃないけど、白馬君と千早ちゃんの二人も美男美女で結構絵になる。
「……ね?」
「なるほど。そういう事なら」
二人はニヤリと笑みを交わす。仲が良い。白馬君のニヤリとした顔なんて初めて見た。
尤も普段は白馬君の顔をちゃんと見ることなんて少ないんだけど。あ、コッチと目が合っちゃった。
「……はぁ。塚見さん……今日も素敵だ」
「~~~ッ! お前なあ。言ってるそばから変態的な行動をするなよ」
「なんだよ。事実を述べてるだけだろ」
「真実は那紗っちと違って言われ慣れてないって言ってンだろーが!」
今度は白馬君がとんでもない事を言い出して、千早ちゃんがツッコミ? をしている。
でも千早ちゃんも微妙に否定してないような気がする。だから地味女子をからかわないで!
「ん? チハちゃん呼んだ? 今日の私ヘンじゃない?」
「うん。那紗は相変わらず可愛いな」
「那紗っちがラブリーじゃない日なんて無いね! 一日中見ていたいよ」
くるりと回ってポーズを取る那紗ちゃんに、腕組みをしながらさらっと誉める白馬君と千早ちゃん。
白馬君は元々顔だけじゃなくて行動もイケメンだけど、千早ちゃん、何でそんなにイケメン女子になっちゃったの……。
「うふふっありがとう。でも綺麗なのは真実ちゃんよね~」
「うん」「うん」
那紗ちゃんまで何を言い出すのー!皆してからかって!!
私はくらくらした。通学の間だけで何回真っ赤になるんだろう。心臓が持たない。
「大丈夫か」
ちょっとよろめきかけた所を、大きなスポーツバッグがぽふんと受け止めてくれた。
進堂君がバッグ越しに支えてくれている。
「あ、ありがとう。進堂君……」
背の高い進堂君を見上げて言うと、普段は殆ど変わらない涼しい目元がちょっとだけ表情を変えた。なんだか驚いてるみたい?
「辛いならこのまま支えようか」
「あ、そんな悪いし。もう大丈夫」
「……そうか。……俺はこのままずっと二人でも良かったがな」
「……え!?」
進堂君の発言に困惑する私の斜め後ろ上方から声がする。
「おい翔太朗、どさくさに紛れて塚見さんに変な事を言ってないだろうな」
白馬君の声が、心なしか冷たい。
「……するわけ無いだろ。俺は伊吹と違ってすぐに可愛いだの綺麗だの言えないからな」
「なんかお前ヤケにつっかかるな?」
「……気のせいだろ。行こう。塚見さん」
「翔太朗、まてよ」
「しょーちゃんズルい! 私も行く!」
「真実、待って待って~」
結局、なんだかわからないけど私の周りを4人が囲むような形で校門を通過した。
1年2組の教室に向かう。
那紗ちゃんと進堂君は1組なので教室前でお別れして、ドアを開けて中に入った途端……
「はぁ、長かった。……やっと二人きりだね、塚見さん」
白馬君が私の前に立って覗き込むように顔を近づけてくる。
近い近い近い!! 何でそんなに端正なお顔なの? そしてニッコリして見てくるの!? 直視できない~~!!
「いや、二人きりじゃないし。白馬、お前ホントに真実の前だと頭おかしくなるなぁ?」
千早ちゃんがドンッと白馬君をどつくようにして私との間に割り込む。
「ちは、ちはやちゃん~~~」
「おーよしよし。怖かったでしょ。真実」
「時々思うんだけど横槍って俺に失礼だよね」
「"なんだよ、事実を述べてるだけだろ"~」
千早ちゃんが白馬君の口真似をして、べっと舌を付き出した。
さっきも思ったけれど、二人とも本当に仲が良い。
いつも成績優秀で女子全員に親切で優しくて、小学生の時から紳士とか王子さまみたい!って人気だった白馬君。
その彼が、今の千早ちゃんにだけは仲の良い男子に接するみたいで、ふしぎ。
……それを言ったら、私への態度も白馬君らしくなくて、相当おかしいし不思議なんだけどね。
「真実ちゃ~ん、約束でしょ。髪を触らせて♪」
隣のクラスからポーチを持った那紗ちゃんが現れる。
その途端、教室の男子の多数がどよめく。なんか隅っこの数人はヒソヒソしてるけど、悪口じゃなくて嬉しそう。(※★)
やっぱり那紗ちゃんはモテるよね。昔からだもん。
中学の間は会えなかったけど、那紗ちゃんは私に手紙やメッセージをくれて、同じ高校に行こうねって何度も言われていた。
千早ちゃんとも私繋がりで凄く仲良くなったって聞いた時は嬉しかったな。
―――――手紙と言えば……。
「真実ちゃん?どうかした?」
私の髪を梳かしながら、那紗ちゃんが訊ねる。
「ううん、なんでもない。ちょっと昔の事思い出して……。なんか今、皆が私と仲良くしてくれるのが不思議だなって」
那紗ちゃんと千早ちゃんがポカンとして、お互いに顔を見合わせて、そして微笑んだ。
「なんだよ~。アタシと真実は昔からのガチ親友でしょ? 何いってんの!」
「わっ、私だって小学生の頃から真実ちゃんが好きなのに!」
二人が抱きついてくる。私はまた顔に血がのぼってくるのがわかった。
======(注釈:※1)======
塚見 真実、15歳。高一。
眼鏡に三つ編みおさげ髪の真面目な生徒。
小学生時代はクラスで目立たなかったのは事実だが、その色白で儚い雰囲気のほっそりした姿が中学生の間にとても美しくなった事をかけらも自覚していない。
また、彼女の周りが美形揃いかつ、彼らがあまりにもストレートに誉めすぎる為、からかわれていると思い込んでいる。
……という、ちょっとだけ残念な美少女。