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呪われた辺境の地


 辺境の地へ派遣。

 表向きはそうなるが、現実は紛れもない「追放」だった。


 帝国領ヴラントの元領主、ウェイン・ルーク・シュナイダーが統治を任されたのは、ドルヴァエゴという辺境の地。


 ドルヴァエゴは別名「呪われた地」とも言われている。


 昔から山岳地帯には蛮族が住み着き、殺しや略奪を繰り返しているばかりか、やせ細った土地からは僅かな農作物しか採れず、その僅かな農作物でさえも獣達が食い尽くしてしまう事もあるという。


 さらに、海に面した土地の為に、人をさらう海賊まで出るという話もあるのだ。




 ウェインを乗せた荷馬車は5日間かけて、ようやく辺境の地ドルヴァエゴにたどり着いた。



「旦那、ドルヴァエゴの領主邸に着きましたぜ」

「ああ、ご苦労だったな。お前には随分と迷惑をかけちまったな」

「いやいや、あと6年の服役がこの仕事で自由の身になれたんだから、旦那には感謝してるくらいですぜ」

「そうか、そう言ってくれると有り難いな。……あ、そうだ、これを持って行って金に換えてくれ。家族に何か買ってやるといい!」



 そう言うとウェインは、身に付けていた懐中時計をキースに差し出した。

 キースは驚いて躊躇したものの、ウェインは彼の手にそれを握らせてやった。


「……旦那、このご恩は忘れません!」

「何言ってるんだ、懐中時計くらいで大袈裟だぞ? それにこれも何かの縁だからな!」



 キースは溢れ出た涙を袖で拭い、ウェインに別れを告げる。


「じゃ旦那もお達者で。旦那ならきっとまた成り上がれますよ!」

「おう、お前も元気でな。もう悪い事すんなよ」



 御者を務めたキースはウェインを荷馬車から降ろすと、笑顔で来た道を引き返していった。




♨♨♨




 呪われた土地―――ドルヴァエゴの領民達は、長老の家にて新しく赴任してくる領主について話し合いを行っていた。



「くそっ! やっとあの最悪な領主がこの地からいなくなったと思ったのに!」

「まったくだ! 今日やって来る新しい領主も『悪徳領主』と呼ばれていた人間らしいじゃないかっ!?」


 どの領民の顔にも、怒り、憎しみ、といった感情が滲み出ている。



「生きて行くのが精一杯のこの地で、また無理な税を納めねばならないとは」

「もう俺達の我慢は限界だ! 新しい領主なんかぶっ殺してやろうぜ! 死んでいった者達の敵だ!」



 ドルヴァエゴの領民達は、前領主の悪政により飢えて死んでいった者達もいたため、帝国を激しく憎む人間しかいなかった。



「みんなの気持ちは良く分かるわ! 私もまったく同じ気持ちよ! 」

「そうだろリアナ! 帝国は敵だっ!」

「待って。でも今は待つべきよ。 きっとステファンさんが情報を教えてくれるだろうから、それを聞いてからでも遅くはないわ!」



 怒りに震える領民をなだめているのは、10代の若い女だった。


 名前はリアナ。

 リアナはこの地の長老の孫に当たり、やや男勝りではあるが領民思いの優しい娘は、優れたリーダーシップもある事から、領民からの信頼も厚かった。



「では、長老はどういうお考えですか?」


 領民の男が、目を閉じて腕組みをしている長老に尋ねた。しかし、長老は沈黙を保ったままだ。


「ちょ、長老! お言葉を!」


 領民の男が催促すると、ようやく長老の目がゆっくりと開かれた。


「んあっ!? ……も、もう晩飯の時間かっ!?」

「ちょ、ちょっと、お爺ちゃんっ! さっきお昼ご飯食べたばかりでしょ!」


 長老の言葉に、領民達からは深い溜息が漏れた。



「とりあえず、リアナの言う事はもっともだ。まずは領主がどんな奴なのか、どれだけの家来を連れて来ているのかを確かめようじゃないか」


 リアナの言葉によって領民は何とか落ち着きを取り戻したが、新しい領主とは一触即発の状態であるのには変わりなかった。

 


 

♨♨♨



「ほう、ここが領主邸か。辺境の地にしてはまずまずの邸宅じゃないか。誰かいるのか?」


 ウェインは領主邸の正門を通り、正面玄関のドアを叩いた。 

 しばらくするとドアは開かれ、中から初老の執事風の男が姿を現した。


「お待ちしておりました。ウェイン様ですね?」


 執事風の男はウェインの後方を見渡すが、家来や付き人の様な人間が見当たらない。



「ああ、ウェインだ。今日から俺がこの地の領主だ」

「存じ上げております。私は執事のステファンと申します。ウェイン様のお世話をさせて頂こうとこの地に残った者です」

「え? 前の領主に付いていかなかったのか?」

「はい。どうしてもこのドルヴァエゴに未練がありまして……」

「そうなのか。変わった奴だな。まあいいさ、俺はたった1人でこの地に来たからちょうどいい」

「ひ、1人ですと!?」


 ステファンは驚き、ウェインは事情を説明する。

「信じていた家臣に裏切られた」と目の前の新領主は言っているが、ステファンはそれを鵜呑みにする事は出来なかった。



 しばらくして、ウェインはステファンから屋敷を案内され、領民の貧しい暮らしぶりなどを聞かされた。


「なるほどな。やはり噂通り農作物が採れないのか」

「はい。しかも前領主様はとんでもない重税を課していましたので、餓死者も出た程なのです」

「悪い奴がいるんだな」


 ステファンは、ウェインの言葉を聞いて疑念の目で彼の顔を見た。


 するとウェインの口から、全く予想外の言葉が出たのだ。



「じゃあ当分の間、ドルヴァエゴの税金は無しでいいんじゃないか?」

「……は!?」


 ステファンはウェインの言葉が理解出来なかった。


「いやだから、税金無しでいいよ」

「いやそれでは、この屋敷の維持どころかウェイン様の生活もままならないかと」

「屋敷なんていっそ売却したらどうだ?」

「……は!?」

「その金で領民に食糧を買い与えるといい。それから、ステファンも執事なんてやってないで農業を手伝ってもいいんだぞ?」

「な、な、なんと……!!」


 目の前の新領主からは、まったく予想していなかった言葉が次々と発せられた。



「俺は元々平民出だ。しかもスラム街育ちだぞ? ミドルネームも帝国からもらった物なんだよ。だから野宿だって問題ないし。……あ、野宿久しぶりにやってみたいな!」

「ウェイン様、本気でおっしゃっているのですかっ!?」

「そうだよ。だって俺は税金の計算だって出来ないし、税がどうのこうので前の領民とトラブルになったからさ、そういうのはもう懲り懲りなんだよ」


 ステファンは立ち止まり、ウェインを呆然と見つめている。



「あ、ただし、俺に内緒で税金を搾取するなよ! 俺は領民に確認とるからな。裏で税金や農作物を搾取するような奴はすぐにこの剣で斬り捨てるぞ!」

「さ、搾取など、このステファン、神に誓ってこの地の者から搾取など致しません!」

「……そうか。まあ、俺はもう人の言う事は信じないけどな。まあ、今はそういう事にしといてやるさ」


 そう言うとウェインは屋敷の正面玄関を出て行こうとする。


「ウェイン様、どちらへ……!?」

「ああ、久しぶりに野宿して来るよ。ちょっと1人になりたいんでな。明日の朝ここに帰ってくるから、屋敷の売却の話を進めようじゃないか」


 そう言い残すと、ウェインは本当に屋敷を出て行ってしまったのだった。


 執事のステファンは、想像していた悪徳領主の姿とあまりにかけ離れたウェインと出会い、未だ彼の言葉が信じられずに立ち尽くしていた。





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