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7魂







 頭痛を覚えたような顔で黙りこくった王子と一緒に、目的の場所を目指す。早くしないと、朝日が強くなってきている。日陰が浸食されきる前に魔術二課の巣と呼ばれる塔に辿り着かなければ。少し歩調を速め、周囲の視線が絡まる廊下を突き進んだ。

 人気はどんどん失われ、整えられていた庭の草木は伸び放題で鬱蒼としている。いつの間にか復活していた王子は、それらを興味深げに眺めていた。この辺りは来たことがないのだろう。

 城勤めの人間でも用がなければ近づかないし、そもそも二課の場所を知っている人は少ない。忌み嫌われているわけでも制限されているわけでもなく、ただただ用事が無いのだ。

 魔道具の修理は受付場所が別にあり、整備や魔力の補充、簡易な修理はそこで済まされる。そこでどうしようもなかった物だけが回されてくるので、二課へ直接持ち込むわけでもない限り、二課を訪れる必要はないのだ。


 続く壁の中、唐突に現れた長い渡り廊下が二課への道になる。入り口には詰め所があり、廊下を挟んで左右に警備兵も立っていた。彼らは私へちらりと視線を向けただけで微動だにしなかったが、隣にいる王子に気付き不審な視線を向けた。

 しかし何も言わない。私が何も言わないからだ。

 警備兵の横を通ってすぐ、詰め所の中からいつもの兵士が書類を渡してくる。それを受け取り、歩きながらざっと目を通す。

 通り過ぎてから、王子が耳元に口を寄せてくる。


「俺のような部外者が入っていいのか? 二課の技術は国家機密だろう?」

「色々魔道具が設置されていますから、危険物の持ち込みや、魔術が起動していれば分かります。それに、王族の方が何を仰っているんですか。何より二課の人間と一緒なら構いませんよ。二課に連れてこられないような人間と、二課の魔術師が付き合うとお思いですか。普通の人間とさえまともに付き合わないのに」

「…………何だこの説得力は」


 そういうことだ。

 たとえ用事があったとしても、さっさと済ませる為に外の廊下で話をするだろう。何も生み出さない無意味な時間に長居無用。させるもするも、無用の産物だ。




 渡り廊下はやがて地下へと沈んでく。なだらかに下っていく通路は朝日を遮断し、いつだって闇を飼っていた。けれど歩を進めるごとに灯りがついていく。人の気配を察知し、遙か先まで光が灯る。雑多に積まれた荷が左右を塞ぎ、通路は狭い。光は荷の影を細く長く映し出したが、そこに私と王子の影はない。


「凄いな」


 どこか楽しそうにきょろきょろしている王子は、子どものようだ。


「この辺りで欲しい物があればどうぞご自由に。私宛の荷ですから」


 実は何がどこにあるか、意外とみんな覚えている。これでいて秩序だっているのだ。個人の荷を置く範囲は何となくであるが決まっていて、その中に収めている。外部の人から見れば全てごちゃ混ぜなのだろうが。


「いや……俺が持っていても何の役にも立たないからな。有効活用できる人間が持っていたほうがいい……ところでこれは何に使うんだ?」


 小箱に収まった小瓶を持ち上げた王子の手からそれを受け取り、魔術灯に透かせる。少しとろみのある液体が透明な瓶の中で揺れた。


「さあ……」

「さあ!?」

「これは私が用立てた物ではなく、私宛に届いた物ですので中身までは把握していません。ここにあるのは検査を経て通った物ですから危険物ではないでしょうが、何かまでは」


 瓶の蓋を開ける。きゅこっと摩擦音がして、中の液体が揺れる。匂いを嗅ぎ、指に乗せて嘗める。


「おい!?」

「平気ですよ。毒物は検査を通りませんから、私達が直接持ち込むか取りに行かないと駄目なので。ああ、媚薬ですね」


 甘苦い味を膨らませる酒精の香り。典型的な媚薬だ。


「――は?」


 王子の眉間に皺が寄った。


「甘みが一番強いのでそれなりに値が張る上級品ですね。ご入り用でしたらどうぞ」

「……いらんわ」

「そうですか」

「お前、平気なのか」

「王子は酒を一滴嘗めて酔いますか?」

「そういう問題なのか……」


 蓋を閉めて、小箱の中に収め直す。かちゃんと静かな音が通路に響いてすぐに消えた。


「王子が必要なければ二課の誰かにあげます」

「……そうか。いや、その誰か、受け取るのか?」

「みんな、お酒代わりに紅茶へ入れて飲んでいます」

「二課――!」

「はい、魔術二課です」


 答えたのに、王子はぎゃんっと怒った。


「教育に悪すぎるだろう!」

「現状作成されている媚薬は、興奮、覚醒作用のある成分、抑圧を妨げ理性を解くクリサンセマムのような自白剤としても使用される成分を酒精で回している物が主です。酒となんら変わりません。そして、二課は基本的に義務教育を終えた人間が揃っております」

「まあ、酒といえば酒だがな……基本的に?」

「環境が成長にそぐわない場合、平行するか卒業扱いにして軍に所属する場合もあります」


 そういう面子は天才と呼ばれる。突出した才能が平均を知る場で悪目立ちし、潰れるか流出する前に囲い込む。まあ、よくあることだ。

 ちなみにその手の制度を利用して、天才ではないが天才の振りをしてさっさと卒業する学校嫌いもいる。二課には結構いる。間違いなく天才もいるが、面倒くささのあまり間違った方向に頑張る者も多い。



「大体何だこれ! お前、なに送られてるんだ!」

「よくありますが」

「よくあるの!?」

「他にも夜の営みに使用される、俗に卑猥と呼ばれる道具や本も多種多様に。その一角がそうですね。後日纏めて処分に出しますし、ご入り用でしたらど」

「いらんわ」


 最後まで言う前に断られた。では処分だ。

 送られてきた物はリスト化されている。詰め所で渡された書類だ。私が注文した物以外が大半である。二課にはよくある。皆で適当に分けるが、要らない物は次第に分かってくるので、分ける前に処分していく。現金は問題になるので滅多にないが、高価な物ならざらにある。そこに転がっている小さな箱には大きな宝石が入っている。

 しかしそこは二課。豚に真珠、鳥に金貨、二課に宝石。大抵価値と見合った扱いは出来ない。


「お前、怒っていいんだぞ。これは下品な行いだ」

「はあ」

「はあ、じゃあない!」

「以前、どういう心理でこういった物を送ってくるのか分からなかったので調べたんですが」

「調べたの!?」

「はい。その時の送り主は男性九割女性一割。男性の六割が女性は九割が嫌がらせ目的、残りは私に使用したい、私と使用したい、私に送り主自身へ使用してほしい、でした」


 特に役立ちそうな情報はなく、興味を失ったことまでは覚えている。その後は調べていない。送られてくる行為の何が嫌がらせになるのかは、よく分からないままだ。送る手間も金銭の用立ても全て向こうがしているのだ。私は処分に出すだけなので、大した手間でもない。むしろ送る人々が嫌がらせされているのではないだろうか。定期的に送っている人はマメな性格だとは思う。大変だ。

 それらを伝えると、王子は疲れ切った虚ろな目で私を見ながら、やんわり微笑んだ。


「…………………………何だか、うん、お前凄いな」

「ありがとうございます」

「うん……そうね……」


 何だかぐったりしている王子が心配になり、前がよく見えているか確認がてら、目の前でリストをぺらぺら降ってみる。すると伸びてきた手がリストを掴み、そのまま虚ろな目で読み始めた。よかった。元気だ。そして流し読みが早い。

 王子としての仕事から外されてきた人だが、宰相から仕事を渡されるイェラ・ルリックの手伝いをしていたというのでそれで鍛えられたのだろう。


「まあ、何というか……俺に常識を語られるのはこいつらも業腹だろうが、碌でもないな。お前、あんまり酷いようなら二課長に相談するんだぞ。ちなみに俺は、相談されても何一つ解決できる術を持たん!」

「別に何も思わないのでどうでもいいんですが、王子が私の相談に時間を取ってくださるなら嬉しいですし、相談放置してお話ししてくださるなら更に幸せです」

「あ、そう……ところでこの、ロドキシンって何だ?」

「神経毒の一種です。武器に使用できないかなと思って注文しました」

「あ、お前が一番物騒なのね」


 品薄になっている毒だったので、注文から時間がかかった。ようやく届いたので、何から試そうか頭の中でざっと予定を建てていく。

 しかし全部、欠魂がどうにかなってからだ。






 廊下はまだ続いているが、途中で立ち止まった。不思議そうに私を見た王子の背後の壁を蹴りつける。ぴゃっと悲鳴を上げて飛び上がった王子の後ろ、何の変哲もない壁がとろけるように変化し、ぽっかり口を開けた。


「何!?」

「近道です」

「あ、そうなの……。次は予告してね。俺の繊細な心臓の為にも是非」

「王子が死んだら私の生きていく意味が失われ後を追いますので、頑張って生きてください」

「俺は二人分の命を背負っているの!? 妊婦でもないのに!?」

「その通りですので、どうぞ張り切って生きてください」

「無理言うぅ……」


 めそめそ嘆き始めた王子の歩みが遅くなったので、四歩以上離れないよう気をつけて進む。壁に空いた穴を二人で潜って七歩。廊下の魔術灯の灯りが届かなくなった瞬間、目の前が開けた。途切れた光が急速に世界へ広がっていくような錯覚を受ける。


 光が隅々まで行き渡れば、徐々に影が配置されていく。当然だ。光だけの空間なんてこの地上にあるわけがない。


 ほんの瞬き一つの間に変化を終えた先にあったのは、部屋だった。最初に感じるのは匂いと風と音だ。草と花と薬と鉄と木と獣と食事と。ありとあらゆる匂いが混在し、不意に現れた風に流されていく。柔らかい物を、固い物を、打つ音。水分が混ざり合う音、揺れる音。何かを繋げる音。裂く音。練る音。落とす音。人が二十人近くいるのに、会話より物音の方が断然多い。建物内にいるのに森を歩いているような、祭りの夜を歩いているような、そんな場所。


「ここは……」

「魔術二課です、王子」


 呆然と佇む王子に答えながら、その顔をじっと見つめる。王子の表情はくるくる変わる。けれど実のところ、本当に心から表れた表情はとても少ない。

 瞳に光が宿る。熱が灯る。その色が、瞳を輝かせた。

 無邪気に、素直に、溢れ出た感情を表情として表すことを、この人がいつ止めてしまったのか。私には分からない。だからこそこうして大袈裟ではない彼の感情が零れ出た瞬間が、堪らなく愛おしかった。



 王子の視線が部屋の中を撫でていく。

 部屋自体はとても広い。しかし通路はとても狭い。何故なら物が多すぎるのだ。そして置かれている机が大きい。

 二課は机での作業が多いので、事務作業を主とする課で使われている机の二倍近くあった。ちなみに前後……いや、前左右の机との仕切りに使われているのは魔道具の防御壁だ。あっちこっちで爆発や飛散が起こるのである。

 一応それぞれの研究室もあるが、寝食忘れて研究に没頭する人間が集まっているので、研究室に籠もった結果行き倒れが続出したこともあり、簡単な作業は共同作業場である二課室で行うようにとの厳命が出ている。

 大きな被害が予想される危険のある作業は、王子の居住区画の側にある倉庫で行われた。勿論厳重に対策が施され、もしもそれらを突破するほどの規模で何かが起こった際は、絶対に周囲に漏れないようになった。した。










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