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4魂







「…………何で?」

「私が特許を持っている事柄に関しての質問をお受けしていた関係で知り合いました。名を呼ぶ権利を頂いておりますが、特に使用してはおりません」

「あー、成程な。あいつも王子でさえなければ魔術師として名を馳せただろうな……ん? つまり……」


 両手で私を指さす王子の目がきらりと光った。


「さてはお前、結構な腕の魔術師だな?」

「魔術師としての腕前は三流以下です」

「駄目だろ……死ぬだろお前……王妃の刺客どうするんだよ……俺の腕じゃ自分一人守るだけで手一杯だぞ……」


 がっくり項垂れ、ぶつぶつ呟く王子を見つめる。


「クレイ、クレイがどこまで……あいつは優秀だけど、王妃を止める権限まではないからなぁ……どうするんだよ。いくら俺の所為で死ぬ人間を大量に見てきたとはいえ、俺だって目覚めが悪いんだぞ」

「私が死んだ場合王子も目覚めませんのでご安心ください」

「何を? 何を安心するの……? 安心って言葉の意味知ってる? ねえお前…………お前の名前、俺聞いたっけ?」


 私に会話とは何たるかを説いていた人だが、私が言うのも何だがこの人も相当なものであると思う。自分でもそう言っていたから、自己紹介通りの人である。


「エリーニ・ラーニオンです、王子。どうぞお見知りおきください」

「エリーニ・ラーニオン!?」


 王子との距離が一気に近づいた。机を乗り越える勢いで身を乗り出した王子の髪が私の頬を擽る。目の前で星が散ったような気がした。


「ここ数年よく名前を聞いたが、そうか、お前だったのか! 15才と聞いていたが、そうか、確かに若い!」


 初めて、初めて王子の瞳に光が入ったように思えた。それまで、どれだけ怒鳴っていても、笑った顔をしていても、どこか冷めていたこの人の色に熱が灯された。


「雷雨のおかげで前線に出されず済んだ。あれは本当に助かったぞ! 感謝する!」


 子どものようにはしゃぐ王子が言っている雷雨とは、私が開発した兵器だ。





 この国は一年前まで隣国リューモスと戦争をしていた。

 元々セレノーンとリューモスは、和平を築きかけては残念な結果に陥るという関係を長年続けてきた。今回戦端を開いたのはセレノーンだ。五十年前リューモスに奪われた国境沿いの領土エルビスを取り戻したのである。

 戦争はようやく長年の悲願である和平が成ったが、結果としては勝利に等しい。何が何でもエルビスを返すまいと意気込んでいたリューモスが、渋々和平を受け入れたのだ。そのまま続けて敗戦するよりはという判断で成った和平だった。

 リューモスが敗戦を危惧した要因となった存在の名が、雷雨。私が作った兵器である。

 一度の発射で数百から、下手すれば、いや上手くいけば、千の敵を屠れる兵器だ。何せ頭上に向けて多数の弾を発射し、敵陣に雨の如く降り注がせる。弾は魔術で防げない特別仕様だ。

 完成した日が大嵐だったのでそう名づけたが、リューモス軍は悪魔の咆哮と呼んでいたらしい。

 兵器とは須くそうあるべきだが、我ながらえげつない物になった自負がある。


 戦争が膠着状態になって数ヶ月後、王妃は第一王子を自爆前提で特攻させる案を出した。生き生きと。流石にそれにつけられる兵士が無駄だからとやんわり押さえられていたが、一年膠着した段階で、それもありかという空気になってきたのだ。名ばかりであろうと第一王子が殺されれば、士気を集めやすいからだろう。


「膠着状態にいい加減焦れた連中が王妃の言に乗りかけやがった所に雷雨だ! おかげで無駄死に前提で俺につけられた一軍が助かった! あの時ばかりは神がいたのかと思ったぞ!」

「お役に立てたのなら何よりです。神はいないとは思いますが」

「まあそうだな」


 自分で言っておきながらけろっと笑い肯定した王子は、どっかりと椅子に戻った。背もたれを乗り越えた腕を背後に垂らしながら、天を仰ぐ。


「エリーニ・ラーニオン……エリーニ・ラーニオンなぁ……流石に稀代の魔術師を殺せば王妃もまずいと思ってくれるだろうが……どうだろうなぁ。あの方は俺に関することだけ理性ぶっ飛んでるからなぁ。二課丸ごとは宰相が止めるだろうが、お前個人となると……」

「稀代の魔術師ではないのでその件に関してはお答え致しかねますが、もし私が死んだとしてもそれはそれなので、どうぞお気になさらず」


 天を仰いでいた顔が戻ってくる動きに合わせ、金糸がさらりと流れていく。


「俺の所為でこれ以上人が死ぬのは、流石に後味が悪いだろう。これまでの人生で、一体何人王妃に殺されたと思ってるんだ」

「存じ上げません」

「だろうな。知っていたら怖いわ!」


 それはそうだろう。誰だって初対面の相手が自分の過去を知っていたら、恐怖か不信感を覚える。だから調べていない。




 なんとなくお茶が欲しくなったが、ここには試験薬と自白剤が合わさった味覚破壊兵器しかなかった。そういえば王子もこのお茶を飲んだわけだが、私が飲んだお茶と若干色合いが違うので、自白剤は後から私にだけ入れたらしい。ならば王子の味覚はまだ生存している可能性がある。そして私の味覚は死んだままだ。


「それはともかく、私は王子と恋仲ということで宜しいでしょうか」

「待て! 早まるな! それ以外の理由をいま必死に考えている所なんだ!」


 そうは言ってもどうしようもない面もある。

 何故なら、私達が欠魂した事実は内密にせよと、王から命じられているのだ。そう命じられている以上、私達は一緒にいる理由を他へ見つけなければならない。他の王族であれば何かしら無理矢理理由をこじつけられたかも知れないが、王子の場合は難しい。何故なら、私に命令できる権限がほぼ皆無だからだ。だから、私のほうから王子の傍にいる理由を提示しなければならなかった。


「何なら字が違う結婚をなさいますか」


 一通り考えたが適切な理由を思いつけず、一番手っ取り早い方法を提示してみた。すると、瞳を極限まで見開いた王子は、次いで哀れみに近しい形へと変えた。


「お前……せっかく才ある美人でしかも年頃の女なのに、どうしてそんな残念な情緒しか持ち合わせていないんだ……どうして、どうして……」


 そんなにさめざめと嘆かなくてもいいと思うのだ。







「なんと驚くなかれ! 食事は他の王族と同じ物が供給されるんだ!」

「当然ですね」

「し、しかも、この魔道具を使えば毒が入っているかどうか分かるんだぞ!」

「中の魔石に人体にとっての危険物と危険量を刻む作業が死ぬほど大変でしたし、新情報が出ると随時更新が必要なので、その手間をどうにか出来ればと思っております」

「………………お前が作ったの?」

「学生時代に」


「俺の手を縛り、目隠しし、なんなら気絶させてくれたら尚いいぞ。一応これ、窓につけてた防衛魔道具を扉側にもつけとくから、安心して入れ」

「それ、新型に交換してください。現在の物より軽くしたので扱いやすいはずです。そして、別に私の入浴にそんな手間をかけて頂かなくても結構ですので、なんならご一緒にどうぞ。ただし、私は髪の手入れに時間がかかりますのでのぼせないようご注意ください」

「俺自分で気絶しとくわ」


「お背中流しましょうか?」

「お前を気絶させる必要があったのかよ!」


「この線から絶対入らないし、なんなら俺はベッドの下で寝るから安心していいぞ」

「寝返りを打てば意識不明に陥る距離とは斬新な度胸試しですね。抱き合った互いを縛っていてもいいくらいでは」

「…………何で俺が俺からお前の貞操必死に守ってるの?」






 自分以外の呼吸音に、不意に意識が浮上した。温かな温度は確かに心地よかったが、その体温の持ち主を見ようと目蓋を開く。

 薄暗い世界が周囲を覆っている。

 ふと思い出されるのは、今日初めて内部を見たこの家のことだ。一家族が生活する分には問題のない家だ。けれど、王子が住むにはあまりに不釣り合いである。

 威厳や権威を考えなければ広さとしては、一人の住処として申し分ないだろう。けれどそれは、彼に仕える人間がいないことを示している。彼の元に訪れる人間がいないことを、示しているのだ。


 目の前に、月があった。

 太陽より優しげで木漏れ日よりも黄金めいた光だ。

 夜中は外からの攻撃を警戒しているらしく、窓には鉄製の魔道具が嵌められている。部屋の中の灯りは小さな魔術灯だけだ。その光に照らされて、柔らかな月が静かな呼吸音で揺れる。

 恋人以外の設定が思いつかず、遅くまでうんうん唸っていた人をよそ目に、私は先に眠った。王子もその後眠ったようだ。ただ、ちゃんと布団を被っていないので、考え事の途中で眠りに落ちたらしい。

 互いの同意の下、私は杖を、王子は剣を装備したまま眠ったので、握られた王子の剣も剥き出しだ。

 手を伸ばし、腰より下の位置にある布団を引っ張り上げる。鞘に触れないよう気をつけ、王子の肩を布団に仕舞い込み、元の位置に戻った。

 さっきまで自分が眠っていた温度が残る位置に収まり、鼻の下まで埋めてしまった掛け布団に顔を埋めながら王子を見上げる。


 すぅすぅと穏やかに眠っているのに、時々魘されるように眉間に皺を寄せた。悪夢でも見ているのだろうか。何にせよ、目の下の隈を見れば日常的に眠りは浅そうだ。

 片手で胸元にぶら下げている杖を握りしめる。普段は大きくして使用するが、この程度の魔術なら小さいままでも大丈夫だ。伸ばした指を王子の額に当て、少し考える。どうしようかと寝ぼけた思考を回し、結局お茶の香りにした。

 花の香り、お菓子の香り、木々の香り。どれに楽しい思い出があって、悲しい思い出があって、幸せな思い出があって、つらい思い出があるのか。私には分からないのだ。

 お茶の香りが漂って少しすれば、王子の眉間の皺がゆるりと解けた。どうやら正解だったようだ。笑みとはいかないまでも、穏やかな寝顔を瞳に閉じ込めるように私も目蓋を閉ざす。

 閉じた目蓋の裏に映っていたのは、約束だった。



『君は、人を殺せるかい?』


 穏やかで柔らかな声が聞こえる。


『私の言うことをよく聞きなさい。ただ殺すだけではいけない。きちんと手順を踏まなければ、君は何も手にすることは出来ない。手順通り殺せたなら、君は未来を手に入れることが出来る。その時が来れば、私も君に協力するよ。……そうだね、その時互いが分からなくなっては困るから、合い言葉を決めよう』


 約束をした。


『覚えたね? じゃあ手順をしっかり守って、そうして』


 人生で初めて優しくしてくれた人と、約束をしたのだ。


『必ず、第一王子を殺すんだ』


 優しく笑う、あなたの声を覚えている。









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[一言] もしや、エリーニちゃんは王子のこと…(๑º艸 º๑)
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